叛逆
時刻としては分からないが、日が真上に来てから少し経った頃、俺達はいくつかの人影を見つけた。
久しぶりと言うべき人との出会いであったが、それはすぐに最悪なモノへと変わってしまった。
その人影は光に照らされて輝く白い鎧を着ていた。
それを最初に見つけたのは俺で、しかし、その人影が何者なのかを説明したのはカトリーナであった。
彼らは王国騎士団のとある部隊所属の兵だそうで、それは鎧の色を見ればわかるとのこと。だが、それを説明する彼女の眼には疑念というのか、そういった物が滲み出ていた。
俺はその人影を6人だと説明した。まぁ、こんなところを1人で歩いているわけもないが、彼女に言わせてみれば、やはり少ないと。
彼らは本隊から逸れた兵士たちなのか、そうでなければ何か事情があって別行動をしているに違いないという。
そしてそれがこの場合、わざわざこんなところにいるということから、彼らはカトリーナにとって都合の悪い事情で動いている可能性があるとのことであった。
「私が援軍を要請したのが聞き入れられたのとは確実に違いますわね……早すぎますし、私達より前にいる理由が分かりませんもの」
「お前の領地にも王国騎士団とやらはいたって言ってたよな?そいつらが捜しに来たとかじゃなくて?」
俺達は身を隠していた。どちらにせよ接近しなければならないのだが、状況を把握し整理しなければならない。カエラも今は口を押さえて静かにしていた。
「えぇ。音信不通になっていたはずの……ですが、彼らではないハズです。それに、こんなところで待ち構えている理由が分かりません」
「慎重だな。いつものお前を見てたらそれこそ、助けが来たって向かっていくかと思ったのに」
「私のこと何だと思ってますのよ」
「…………ザコ」
「ザッコですの!…………あ」
「──おい、今声が聞こえなかったか?」
この場合、誰が悪いのかと問われれば誰しもが俺を指差すのだろう。だが俺はそれでも、ただ1人この女を指差し続けるに違いない。
白い鎧の騎士達は声のした方へと──つまりは俺達のいる方へと向かってくる。
目が向いている今この瞬間に移動できようはずもなく、俺達はあえて堂々と、彼らと対峙するように表に出ていった。
すると、ある程度の距離で立ち止まり、彼らはこちらにいる人物を認識した。
「おおっと、これはこれは。ザッコ伯爵家のカトリーナお嬢様でしたか、ご機嫌麗しゅう」
「それが分かっていて、私に剣を向けることの意味が分からない貴方達ではありませんわよね?」
「もちろん、それはもう。貴女がこうしてこれまで生きていたことは驚きでしたが、やはり天は我ら聖騎士正義同盟に味方するようです」
「何ですって……?」
「この王国には、いえ、世界には常に変化が必要なのですよ。そのための足掛かりとして、貴女と、それからザッコ伯爵家には滅んでいただきたいのです」
「その口で何を言っているのか…分かっていらして…!?」
「ええ。そのための覚悟はもう済ませているのですよ。本当なら当主や第一後継者を先に始末するべきで、本来なら貴女など放っておいてもよかったのでしょうが……いやはや、まさか我々の目を盗んで王都へ向かうとは驚きでしたよ。肝が冷えるというのはこういうことを言うのでしょうね」
「父様や兄様に何をしましたの!まさか……貴方達は…っ!」
「今更気が付いてももう遅いのですよ。そう、何もかもが」
「ま、まだ、まだ終わってなんかいませんわっ!」
「そうでしょうか?……そこの冒険者よ、ここまでの道中を無事に護衛しきった貴方のその力量に免じて、1つ選択肢を与えようではありませんか」
俺の方に騎士達全員の目が向いた。
俺はそれを聞いて考えていた。選択肢と言うからには1つじゃなくて最低でも2つは与えるべきじゃないのかと。
「何でそんな上からなの。殺すよ?」
「貴方にこれから提示する選択肢は2つ」
「さっき1つって言わなかった?噓ついたの?殺すよ?」
「そうでしょうとも。どちらにせよ、選べるのは1つしかないのですから」
「あぁそう。早く言えよ鬱陶しいな。ぶっ殺すよ?」
「その女を守って死ぬか、こちらについて助かるか。こちらにつくというのであれば、その少女共々見逃すことをお約束いたします」
「へぇ……」
俺はチラとカトリーナを見た。若干の不安がその顔には表れていた。
「でもさぁ、そうするとここまでの報酬がもらえなくなるんだよね」
「でしたら倍の報酬で貴方をこちらが雇い直しましょう。因みにお幾らで?」
「え?えぇーっと…金貨30枚」
そう答えると、連中は大声で笑った。何か言っただろうか。
「ははは…あぁ、いや、失礼。流石は水呑伯爵と言われるだけはあると思いましてね…」
カトリーナは悔しそうにしていた。それを見てなるほどと、今更ながらに笑った理由を理解した。
「それにしても30枚ですか…だったら倍など貧乏くさいことは言わず、10倍と言っても良かったですね」
「ふぅん……そうすると300枚か…………いや、安いかな」
静かに、呟くように答えた。
「ほぅ。安いですか。まぁ確かに、これ以上でもお支払いできるだけの資金力をどこかの誰かと違って持っているわけですが。それでも決して安いとは思えませんがね」
「あぁ、何、安いっていうのはそっちじゃなくてさ」
俺はその男の目の前にまで移動した。一瞬の事で、誰も反応はできなかった。
「人に剣を向けたことの命乞いにしては安いなって、そう言ったの」
反応できないのだから当然、対応など出来ようはずもない。
鎧の上から何発か殴りつけると、白い鎧にいくつもの凹みが出来た。
「あ……がっ……」
騎士はその場に崩れ落ち、血反吐を吐いた。上手く息もできなくなってしまったか、小刻みに血を吐き出していた。
「ダメでしょ?自分の命を金貨300枚なんて安く売ったら。あぁ、6人だから1人当たり50枚か」
「きっ、貴様ぁッ!我らと敵対するというのか!」
「敵対……?俺に剣向けといて今更敵対って何?そっちでしょ、敵対したのは」
俺はそいつを締め上げて言った。首の締め方はいつもやられてきたから知っている。
「は、放せッ!私を誰だと…!」
「誰でもいいでしょ。死んだ人間が誰かなんて」
持ち上げた騎士を地面を踏み込みながら勢いよく遠方に投げ捨てると、何度かバウンドしながらその身を転がしていった。運が良ければ一命はとりとめるかもしれないが、時間の問題だろう。
もう1人きり掛かってきた女騎士は剣を掴んで圧し折り、そのまま剣を握っていた腕の骨を握り潰した。叫び声を上げていた頭を蹴り上げると、顔面が歪んでしまった。
そうして3人ほどになったところで、カトリーナからストップがかかった。
カエラは目を閉じ耳をふさぐよう言われたのだろう。今更感もあったが、そうしていた。
「何?敵でしょ?」
「ですが、仮にも王国騎士団です。これは王国に敵対することになり得ますわ」
「そ、そうだ!お前らはもう終わりだ!我々にこんなことをして、ただで済むと──」
「スターライト・レイ」
「ひ、ひぃぃッ!!」
「大丈夫。こうすれば証拠も残らない」
「そ、そういう話ではありません!それに情報だって引き出さなければならないのですから…!」
「…………ねぇ、まさかとは思うけど、これ連れて帰るつもり?」
「え……?」
「こいつら縛って、同じように徒歩で領地に向かうつもりかって聞いてんの」
「そ、それは……」
「ただでさえ遅いのにこんなの引っ張っていけるわけないじゃん。それにこういうのがこうして出てきたっていうのは、もうこっちの想像以上にマズいんじゃないの?」
「そうですけど…でも…!」
「でもじゃないでしょ」
俺は2人のうちの片方の両手足を折ると、少し遠くの森に投げ捨てた。
「こうしておけば何かしらの魔物が食ってくれるでしょ。強い魔物と戦ったけど、あえなく敗北し死亡。俺らがやったっていう証拠も、目撃証言もない。だからこれで────」
「ハ、ハヤテさん……っ!」
「何?」
「分かりましたから、無理を言いました。それは謝りますから、だからせめて最後の1人とは少しだけ話をさせてください。……お願いしますわ」
俺は逡巡し、仕方が無いと渋々頷いた。
カトリーナは騎士からは少し距離を取りつつ訊いた。俺は動いたら殺すと、そんな目線を向けていた。
「この国を守るはずの王国騎士ともあろう貴方達が、何の目的でこんなことをしているのですか!」
「……言っただろう……この国には変化が必要なのだ…!」
「その変化が何かを言えって言ってんだろうがタコ」
「……っ」
「言えよ。さっき聞いてもないこと自慢げにペラペラしゃべってたコイツみてぇによ」
息も絶え絶えに未だ蹲っていた騎士の頭を踏みつけ、地面に押し付けた。
そうして聞き出していくと、どうやらこの国の王国騎士団の内の一派がクーデターを試みているらしく、その為に王国の各領地に潜り込んでは工作活動を進めているとのこと。
いよいよもって面倒臭いことこの上なくなってきたが、それを聞いて、カトリーナは俺に依頼をした。
しかし、その依頼は俺の予想とは異なるものであった。全く異なっていたわけでもなく、半分正解半分外れと言ったところか。
「自分で言っておいてなんですが、私を今すぐに領地まで送ってください」
「どんな方法を使っても?」
「どんな方法を使ってもですわ」
俺はそう来ると思っていなかった。
てっきり、領地を救ってくれと、この国を助けてくれと、そう言うんじゃないのかと思っていた。
俺は少しなんとも言えない気分になったが、首を縦に振った。
「……あ、逃げるなっ!!」
そうしているうちにいつの間にか俺たちが歩いてきた方向に逃げてしまっていた騎士を狙うように魔法を放った。少し魔力を込めすぎたか、かなり遠方まで大地が抉れていった。
俺はその後、カエラを抱え、カトリーナを背に乗せ、残り4日の道を飛んでいくことになった。
ここまで歩かせておいてとも思うが、目の前でその事情を全部見ている以上、声を荒らげて怒るような真似もできない。
本当ならそうすべきだったのかもしれないが、これは恐らく、一緒に行動しているうちにそれなりに愛着とでもいうものが沸いた、その証左なのかもしれない。
もちろん音速など超えようものなら2人がどうなるかもわからないので、それなりの速度でしか移動もできなかったが、結局、夜が来るまでに1日と半分くらいの距離を進むことが出来た。
「だからザコ、お貴族様が地面に抱き着くな」
「だ、だって……」
高所恐怖症だったのだろうか、明日はもう少し低空飛行を心掛けようと、そう思った。