岩場
「にしても、この辺歩き辛いな…」
俺はゴツゴツとした岩の剝き出た地帯を、足元を崩さないようにえっちらおっちら慎重に歩いていた。
そうして歩いているときに、ふと思った。
俺は何故歩いているのかと。
いや、歩いているのは飛べないからなのだが、別に足場が悪い時にちょっと宙に浮くくらい別にいいじゃないかと、今更そんなことを思い出した。
というか、そもそもカトリーナを抱えて飛ぶことができないだけであって、俺が勝手に飛ぶこと自体は誰も禁じてはいないじゃないか。
俺は無意識のうちに自分が周りに合わせて一緒に歩いていたことを思い出し、なんとも言えない気持ちになった。
別に周りの事を考えて一緒にすることが悪いとも思ってないが、そのせいで自分が不便していれば世話ないだろう。
「よし」
俺は垂直に浮遊し、足場の悪い道を平行線上にスイーッと移動する。
「…………?」
カトリーナは変な顔をしていたが、これが一番安全だ。
「ここって街道じゃないの?馬車ぶっ壊れない?」
「馬車が通れる道はもう少し遠回りしたところにありますの!」
少し遠くなってしまった俺に、カトリーナは声を張って言った。
「じゃあここは何!」
俺も負けじと声を張り上げた。
「近道ですわ!」
「あの世への!?」
「違いますわよ!」
領地への近道らしい。確かに、土地に問題があると言っていたのが分かる気がする。
直線状に移動できないとそれだけでかなり時間がかかるわけだし、実際遠回りをしようと思ったらかなり遠くまで回らなければならないだろう。
そんなところをわざわざ超えてまで商人たちがモノを売り買いしに来るのだろうか。いや、ないな。それこそその手間をかけてでも手に入れたいと思わせる何かが無ければ、それも仕方が無いのだろう。
物や人の行き来が困難な地が発展することは難しい、という事だろうか。
そうでなければそれこそ内需などで賄っていかなければならない訳だが、それが出来ていれば彼女の言うような事にはなっていないのだろうし。
別に俺はそんなことを考えなければならない様な立場にはいないのだが、それでもこうも暇だとあれこれ考えてしまう。
俺は一度平らな面に降り立つと、後ろから歩いてくるカトリーナを待つ。
ぜぇぜぇと息を吐きながら、道なき道を懸命に歩いてくる。
まるで秘境を旅する冒険家の様……じゃあないんだよ。急いでるんじゃないのか。何で頑なに飛ばないんだ。
「はぁ……はぁ……護衛、対象を、置いて……行かないで、くださいまし……」
「この道を選んだのは他でもないザコでしょ。しばらくは頑張れ」
「ザッコ……ですわ……!」
「…………はぁ…休憩しよっか」
昼過ぎでもあったということで、俺たちは休憩を取ることにした。
「カエラ、起きて」
「んん……」
これまでずっと背負ったままのカエラを下ろすと、夢の世界から引きずり戻す。
「………………っ!!」
カエラはゆっくりと瞼を開けると、口元を拭っていた。
「ハヤテさん、寝起きの少女をそう見つめるものではないと思いましてよ?」
水をがぶがぶと飲んでいたカトリーナは、そんな俺をジト目で咎めた。
俺はそれに対して何も言うことなく、昼の用意を始める。
「何にしようかな……」
岩の上で食べる物と言ったら何だろうか。
考えても分からなかったのと、机を安定して置けないことに気が付き、簡単に出来るサンドイッチで済ますことにした。
3人で終始ピクニック感覚で何種類かのサンドイッチを食べていたのだが、俺は1つ目のそれを飲み込むと、口を動かしていたカトリーナに問いかけた。
「なぁ、領地に戻ったら滅んでましたみたいな事ってないよな?」
「んぐっ……じょ、冗談は顔と体と手足だけにしてくださいまし!」
「ふざけんな、それ全部じゃねぇか!」
あ、でも心はキレイって認めてくれてるのかな。
△▼△▼△▼△▼△
「なぁ、ザコちゃんよぉ、いい加減ラクにならねぇか?」
「だ、ダメですわよ、そんな事……いけませんわっ……」
「良いじゃねぇかよちょっとくらい、誰にもバレやしねぇって。だから、な?」
「ダ、ダメなものはダメですわ……!」
「誰にも言わねぇからさ、天にも昇るような気分になれるぜ?」
「そ、そう……なんですの?」
「あぁ、超気持ちよくなれるんだよ、カエラだってもう何回もトんじまってるんだぜ?なぁ?」
「う、うん……」
「で、でも……そんなの……いけないことで……」
「大丈夫だって、誰にも言わないから。だから1回だけ試してみよ、1回だけ。な?」
「あっ……だ、だめ……ですわ……」
「ハヤテ、無理矢理はダメだよ」
「分かってるって。けどあの快感を知らないってのは可哀想じゃん?」
「や、やっぱりダメなんですの!」
「ねぇもうじゃあどうすりゃいいの!この先もまだかかるんだよねぇ?飛んで行った方が速いんだって!」
「何度も説明したじゃありませんか!あとザッコですわ!」
「今更訂正すんな!」
夕方、やっとのことで足元の悪いあの地帯から脱した俺は、代わり映えのしない景色に飽き、カトリーナに詰め寄っていた。
いい加減飛んでいこうよ、と。
カトリーナの事情もあるのだろうが、それは緊急事態だというこの状況でも守らなければならないことなのだろうか。
それとも、そういう矜持を守れるからこそ貴族は貴族なのだろうか。貴族というのはもっと我儘な生き物なイメージがあったが、これはこれで面倒だな。
楽したいという意味ではなく、何が何でも自分の処女性を確固たるものにしなければという思いが先行するのは、ある意味では我儘と言えるのか。
こうなったら夜寝ている間にでも……いや、それはダメだな。犯罪臭が凄い。
その後、辺りを見回って野営地を決めて夕飯を食べ、体の汚れを流して寝ることになったのだが、案の定というか俺とカトリーナは揉めた。
「私が寝たら最後、朝まで起こしませんわよね?」
昨日の今日で忘れるほど馬鹿なわけもなく、俺に対して先に寝ろと言ってきた。
「……いや?今朝怒られたばっかりなのに同じことするわけないじゃん。ちゃんと起こすよ」
俺は努めて笑顔でそう言った。白々しいにもほどがあったが、カトリーナの返答は俺の顔を引き攣らせるに足るものであった。
「確かにそうですわね。じゃあ今日こそはちゃんと起こしてくださいますわね?」
まじかコイツ。そんな事を思ったが、口にも顔にも出さないよう我慢した。
「うん、今日はね。安心していいよ」
そう言うと、カエラの寝ていたテントに入っていく。
その背中を見送り、俺は息を吐いた。
「………………」
まだ日は跨いでいない。もう一度言う、まだ日は跨いでいない。
俺は今日は起こすと言った。だがもうすぐ日を跨ぐ。そうすればその約束は期限切れだ。
明日はこれで──あぁ、今日か。今日の言い訳はこれで行こう。
「にしても、久々にスマホ見たな……」
時間が合っているのかは分からないが、地球から来て以降何も弄っていないのだから、そのまま動き続けているはず。
もうそろそろ9月も中旬に差し掛かる。姉さんが上手いこと誤魔化したとして、流石にこれだけ行方知れずで騒がれない訳がない。騒がれて無かったらへこむ。へこむというか死ぬ。
人は認識されなくなった時、本当の意味で死ぬのだ。
「はぁ……」
朝になれば怒られるであろうことが確定している中、俺はそれでも焚き火を眺めていた。




