枯木鳥
「は、ハヤテっ!」
「あれは……ジュオナヴァス…!………ですわ!」
俺達の真上を飛んでいたそれは、まるで木の根っこが鳥の形をしているかのような、そんな生き物であった。
名前は多分今カトリーナが言っていたジュオナヴァスという単語がそれなのだろう。
「こっち見てるな」
「あれは高い再生力を持つ魔物です。獲物を根で絡めとって絞め殺して狩りをする、厄介な相手ですの」
「やっぱ植物か」
アレは流石に食べられなさそうだ。ゴボウみたいな生き物の可能性もあるが、俺は木の根っこにしか見えないものに齧りつくほど雑食ではない。
「……ハヤテさん?そういえば、武器とか持っていませんの!?」
「ザコも武器なんて持ってないじゃん」
「ザッコですわ!それに、武器は逃げる時に投げつけてきてしまいましたから…」
「そう……じゃあ、これでいい?」
俺はこれまた盗賊団の拠点で見つけていた状態の良さそうな剣や、装飾の施された儀式用みたいな剣の中から、比較的軽めのものを取り出し、カトリーナに渡した。
「………どこにどう入っていたのかは聞かないことにしますわ」
「それが賢明。じゃ、カエラの事は任せた。カエラ、ザコの後ろに隠れとけよ?」
「へ?」
「どうせああいう奴は木の根っこ伸ばして攻撃してきたりするんでしょ?」
「え、えぇ……そうですけれど……ハヤテさん、あなたの武器はどこにありますの?」
その問いかけに答えるように俺はステッキを構える。
そしてそれを紅い戦斧に変える。血塗られた色をしたそれは、ハルバードの形をした両手斧であった。
癪ではあるが、これはエルゼが渡したあのペラの中に記されていた武器の1つ。
「フレイムアックス。木を切るのには斧がよさそうだし」
俺は地を蹴り空を駆けあがる。
戦斧に魔力を込めると刃先が光り、燃え盛り始める。めらめらと燃え盛るそれは命を刈り取る斧として、炎で弧を描くようにして振り払われた。
「ジュァァァァァァァァッッ!!!」
近付いていく俺を阻むように伸ばされた根を払い、切り落としていく。
意外にもサクサクと切れるものであった。
切れた断面に着火して燃え始めると、その炎はジュオナヴァスの再生を阻害しているようである。
が、自らその個所を切り落として再生していった。どこに脳があるのかもわからないが、それくらいは判断できるのか。
何本か切り損ねた根がカトリーナ達の方へ向かっていったが、彼女もまた応戦していた。
「魔力……身体強化か」
魔力を体に通して戦う彼女のその戦い方には覚えがあって気になったが、戦闘に集中することに。
「せぇぇいッ!」
空中で一回転し、俺を絡めとろうと伸ばされた根を回避しながらの袈裟斬りを放つ。
「ギジャァァァァアアアアアアア!!!!」
普通の人間ならあり得ない体勢から強引に叩き込まれた一撃が効いたのか、どこから発声しているのか全く見当のつかない、けたたましい叫び声が耳を劈いた。
「うるっせぇ馬鹿!!」
俺は戦斧を振り回し、伸び続ける根を切り裂きいていく。
すると今度は身体の蔓を伸ばし、上から叩きつけてきた。
それを薙ぎ払うと、今度は葉を刃のようにして吹き付けてきた。
まともに受けるつもりもないが、その1枚1枚が岩をも刻むようなそれである。流石にこれはカトリーナでは受けきれないだろうと、戦斧を旋回させた。
風が起こり、火の粉が飛び交い、葉を燃やしていく。俺が炎を使っている内はこちらの方が有利と見えるが、ここらで決めきらねば長引くだけでいつまで経っても終わらないだろう。
一頻り葉を燃やし尽くすと、戦斧を突き出した。
「キュアーフレイム・バースト!」
赤々と燃える炎がジュオナヴァスを包み込んでいく。
「ジュギャァァァァアアアアア!!!!!」
燃えてはいるが、再生能力と拮抗しているらしい。人間なら地獄だろうな、焼かれても再生し続けるというのは。
その中に突っ込んでいくと、俺は戦斧の、その先端の槍部分を顔面にへと突き刺した。
「おぅらよっ!!」
そしてそのままブンブンと振り回す。燃えたままのそれは空中で絶叫を上げながら回転していき、俺はそれを遠方目掛けて投げ飛ばした。穂先からすっぽ抜けたジュオナヴァスは、グルグルと錐揉み回転しながら墜落していった。
「グジュァアッッ!!」
地面に叩き付けられたそれを追いかけると、細かく切り刻み、再生を炎で阻害し続ける。
そのうちに音も立てなければ動きもしなくなったので、俺は再度炎を放ち、灰になるまで燃やし尽くした。
「終わった終わった……っと。怪我は……何?」
2人のところへと戻るとカエラは慣れたような顔を、カトリーナは啞然としていた。
「強いということまでは分かっても、ここまでとは思ってませんでしたわ…」
「まぁ、面倒なだけでそこまで硬くもなかったし、楽な相手で結構結構」
「冒険者ギルドでも上位にいる一部の者にしかアレは狩れませんのよ?」
「冒険者ギルド……!」
俺は身をズイッと寄せた。カトリーナがすぐさま距離を取った。
淑女の何たらとか言うので仕方が無いのだろうけど、傷つくからやめて。
俺はまだ電車内で隣に女子高生が座ってきたことで安心するような歳じゃないし、そんな歳になったとしても、そんな大人にはなりたくない。
「………その、すみません。これは私の…昔からの癖みたいなものでして」
俺がむっとしたのを感じ取ったのか、素直に謝られた。
謝るくらいなら初めからするなと言うのは……この場合言わないでおくべきだろう。
「癖?」
カエラが尋ねた。
「えぇ。幼いころ、と言っても5年ほど前の事ですけど。攫われたことがありまして」
「攫われた……身代金的な?」
「はい。貧しいとは言えど伯爵家ですから。普通に人が1人遊んで暮らせるだけのお金は……頑張れば用意できないこともありませんし」
「……頑張れば、か。でも助かってるんだよな?」
こうして目の前にいるわけだし。
「その時助けてくれた方がいまして。この国の人々は漆黒の魔人と呼んでいたみたいですが」
「おぉ……」
何とも言えないそのネーミングに、俺はただ声を漏らすのみであった。
「聞いたことある!」
カエラがそれを聞いて手を上げたが、俺たちが視線を向けたのを見て恥ずかしく思ったのか、スッと引っ込めた。
「どんな奴なの?」
微笑ましいものを見る目で訊いた。
「すごく強いって。それと、困ってる人を助けたりもするって」
「魔人って名前の割にはいい奴そうだな」
「ま、まぁ、その分悪行……と言いますか、この国はそうでもありませんでしたが、西の帝国が滅亡寸前まで追い込まれていましたから。共和国の南方でも暴れていたと聞きますし。とにかく敵対者には徹底的に残忍な方法を取り続けたと聞いています。私も目の前で見ましたけど、運がよかったとしか思えません」
残忍ねぇ。悪を許せない!みたいな奴だったのか、それとも……
「ふぅん……で、漆黒っていうのは?やっぱりそのまま見た目の話?」
「そうですわね。私が出会ったときは、緑色の差し色が入った真っ黒な鎧に身を包んでいましたわ」
黒と緑か。確かに魔人感はあるのかもしれないけど……どちらかと言うと、カラーリング的にもハロウィンな感じがするな。
「今はどこにいるの?」
「それが、ある頃を境にめっきり話を聞かなくなりまして。誰かが討伐したのかとか、魔王軍に付いたんじゃないのかとか、別の世界に行ってしまったんじゃないかとか。色々な噂がありますわね。どれも誰が言い出したのかもわからない噂程度のもので、確認のしようもないのですけど」
別の世界に行ってしまった、か。
もしそれが噂でないのだとしたら、会えないのが悔やまれるな。どちらにせよ、街談巷説レベルの話らしいが。
「そっか……それで……えぇと…何の話だっけ?」
「避けてちゃう癖の話でしょ」
「あぁ、そうそう。それが原因だっていうならまぁ怒るのも違うかなとは思うけどさ……」
「その、決してハヤテさんに何かあるという訳ではありませんから。それに、貴族として安易に誤解を招くような行動をとるべきではない、というのも、理由の1つですし」
「誤解?」
「私には一応、家と家の関係を繋ぐための道具としての価値はありますし、その為にも、変な噂などを流されるワケにはいかないのですよ」
「あぁ……」
まぁ、男女の関係とかそういった類のものだろう。向こうだって、そういう噂と人間は切っても切れない関係にある。まぁ、俺には関係ないけど。
「落ち目の貴族なこともあって、私は少し行き遅れてるんですけどね」
そう付け加えて、カトリーナは笑った。それは別に面白くて笑ったのではない。その表情は暗く、以降俺達はしばらく無言のままであった。
それ以降は、1時間に1回程のペースで小休憩を挟みながら、日が暮れるまで歩き続けた。