野営
「アレは何だったんだろう……」
謎の遺跡で謎のポーズを決める謎の半神に別れを告げてから数時間後。
俺達は今晩の夕食を取ろうと、森の中の川沿いに降り立った。
そこまで大きくもない渓流ではあったが、夏場涼むのには良さそうな場所だなと、そう思った。
それこそ、この世界は今それほど暑くもないし、川の近くの……なんだ、マイナスイオン?とかいうヤツにあてられていると、なんだか少しだけ寒気を覚えた。
そして、平らそうなところを見つけて砂利などを払うと、俺はブルーシートを敷いた。
そしてその上にテントを張り、野営所は完成だ。
「見たことない……何これ……」
「テント。流石にテントくらい知ってるでしょ」
「テントってもっとこう……分からないけど、こんな感じじゃなかった気がする……」
「まぁ、時と場合によってはこういうもんだよ。それより、枝でも探しに行くか」
俺は2人で森の中に入ると、カエラの指導の下、焚き火用の枝を集めていった。
俺はこういうことに向いていなかったのか、自分ではこれがよさそうだと思って拾った枝は全てダメだと突き返されてしまった。
どうやらある程度乾燥していないと木というのは燃えてくれないらしく、綺麗な木よりもひび割れた木を持ってくるよう言われた。
こんなことならテントと一緒に薪なんぞも買ってくるべきだったかと、俺は少しだけ自身の詰めの甘さを反省した。
キャンプというのはテントだけじゃ始まらないのだな。道具に知識に、それがそろって初めてスタートするというものか。
まぁ、コンロとかは持っているのだが、少し悩んだ。カエラの前でこれを使ってもいいものかと。
しかし結局使うことにした。彼女は既に俺がこの世界の人間でないことも知っているし、さっきテントも見せたのだ。調理器具がなんぼのもんじゃい、というワケだ。
それで俺は、昨日はそのまま焼くだけであまりおいしく頂けなかったドラゴンの肉の調理に再度挑戦していた。
このドラゴンの肉、昨日は状況的にちゃんと味わえていなかっただけかと思い、改めてどんな肉なのかを確かめていた。
するとやはり昨日とは味が全然違い、どこか不思議な味のする肉であると感じられた。
鶏肉のようなあっさりとしたところもあれば、牛肉のような肉々しさもある。
ドラゴンが火を噴いていたせいか、どこか燻製肉のようなスモーキーな感じもしたりして、なるほど確かに、これは普通にうまいと感じた。
まぁ、ただ焼いただけではやはり限界もあったが。
それから魔法で火を起こすカエラを見ながら何を作るか考えて、俺はカレーに行きついた。
ビーフでありチキンなカレー。いいじゃないか。1度で2度楽しめる。一石二鳥……ではないのかもしれないが。
盗賊達から奪ったテーブルをまな板代わりにしつつ、2人で野菜を切り、ドラゴン肉を処理し、カレーを作り上げた。
俺はこの際気が付いたことがあり、それに関してカエラに教育を施すことになったがために少しばかり完成が遅れた。
それは手洗いだった。手を洗ってくるよう言ったら首を傾げたので、これは何ぞと思い質問をしていった。すると、この世界の住人が手を洗う機会の何と少ないことかと、俺は顔を引き攣らせた。
だからそれに関して縷々説明していくことになったのだ。結局理解しきれなかったようだから、死ぬぞという何とも適当な脅しで納得させたのだが。
実際、そんな細菌が原因で死ぬことだって珍しくはないのだ。
まぁ、それはそれとして、カレーの方はまずまずと言ったところだった。不味不味ではないが、微妙だった。ルーはとてもよくできた。とてもよくできていたのだ。
なら何故まずまずだったのか?
俺はすっかり忘れていたのだ。米の炊き方なんぞ知らんということを。
米自体は持っている。新潟の米。
だが俺は鍋で米を炊くなんてことをこれまでの人生の中で行ったことが、いや、目にしたことさえなかったのだ。
米は研いで炊飯器の中にぶち込んでボタンを押すだけでいいと思っていたから。というか現代社会では実際そうだったし、俺は一体何を考えているのかと今になっては思うのだが。
これに関しては完全に俺のミスだ。何も考えず米を買って魔法鞄に入れて安心していた俺のミスだ。
炊いた米を入れておくべきだったのだ──いや違うな、炊き方を頭に入れておくべきだったのだ。
悪いのは全部俺だ。だから結局食パンに付けながら食べたのだが、こんな事ならせめてナンくらい買っておくべきだったと、慙愧の念に駆られた。
それでもカエラが美味しそうにして食べているのを見て、そんな気持ちもいくらかはマシになったというものだが。
そして夕食後、川に入って汚れを落とした。
身体が冷えたころ、カエラが桶に掬った水を温めていき、それを被ってから体を乾かし始めた。
パチパチと音を立てる焚き火を眺め、体を温める。
カエラは何も言わず、閉じそうになる目で度々こちらを見ていた。
それは多分、さっきの会話を少しばかり彼女は気にしているのだろう。
これが俺の片思いでなければ、カエラとはそれなりに仲良くなれたはずだ。そんな相手が、ましてや自分を村から連れ出した俺自身が、今までそれを告げることもなくいたのだから、思うところが無いわけもなく。
だからと言って、彼女が俺に向けるその目は何か悪感情的なモノを孕んでいたわけでもない。だったら何を思っているのか、俺は考えたが、答えは出なかった。
「まぁ、カエラの居場所は見つけるよ。少なくとも」
「………………ん」
端からそのつもりではあった。だから俺はフィルシュフェルの言葉を思い出して、あまり不安には思っていなかった。
もしもの時はあそこに連れて行って、どうにかなるまで願いでも何でも叶えてもらおう。カエラの願いならアレはきっと聞き入れてくれるはずだ。
無責任すぎるが、俺はやはりこの世界の事にまで責任を持ちきれそうにない。
そうしないと、俺は帰らなければならないという意志が、思いが、薄れていってしまいそうだったから。
「寝たのか……無防備なもんで」
俺はいつの間にか隣で寝息を立て始めた彼女をテントの中に寝かせると、日が昇るまで焚き火を眺め続けた。
「よーし、マシュマロ焼いちゃうぞー!おー!」
「…………私も食べるっ!」
否、マシュマロを食べ終えるまでは、2人であった。