アルターク・レイザード
「アーハッハッハッ!もっとだ!もっと冷えるがよい!」
目的地に来て早々、信号機の上に立ち高笑いをする吹雪の発生源を見つけた。
吹雪のせいであまり姿は見えていないが、俺達は少し離れた場所からそれと対峙していた。
「やい!魔族!この吹雪を止めろ!止めないと熱湯風呂に叩き込むぞ!って、颯くんが言ってました!」
「言ってねぇよ!話通じる相手かもしれないって言ってたのお前だろ!何してんの!?」
突然おかしなことを言い始めたエルゼ。
「ん?なんぞお主ら、妾に何か用か?」
向こうもこちらに気が付いたのか、何か話しかけてきているようだ。
ただ悲しいかな、耳元で囂々と鳴り響く吹雪の所為でほぼ何も聞こえない。
「何?なんて?聞こえないんだけど!」
声が聞こえないという旨を伝えてみる。
「何ぞ?もうちと声を張らんか!何も聞こえぬわ!」
しかし、お互い微かに声は届いているが何を言いたいのかは全く伝わってないという始末。
「颯くん、先に吹雪止めましょうか。会話になりません」
「止めてほしくて話しかけてたはずなのに、話すために吹雪を止めなきゃいけないのか…」
「まさに本末転倒って感じですけど仕方ありません!魔法をブチ込んでやってください!」
吹雪を起こす敵に対して放つ魔法、やっぱ炎か。
「輝く炎は未来の光!焼き払え!マジカルフレア!」
これは魔力を抑え、殺傷力を殺した特別版だ。
放たれた小さな炎の弾は、極寒魔族にぶつかると思い切り燃えて、燃えて燃えて燃え盛った。
「ぬわあぁぁ!!いきなり何するんじゃあぁ!!」
驚いたのか吹雪が弱まり、その姿がだんだん見えてきた。和服の少女…とでもいうのだろうか。
綺麗な銀髪で、どことなく雪女っぽい。これならとりあえず会話は出来そうだが…攻撃仕掛けておいて会話出来るのか…?会話できないのはこちら側なのではないのか?
そんな考えが脳裏をよぎった。
「やい!冷え冷え魔族!この吹雪を止めなさい!」
「なんじゃとお主…!いきなり攻撃してまず言うことがそれか!」
ご尤もだ。寒さと正論で耳が痛い。
けど、こうしないと会話が出来なかったのだし仕方がないだろう。
「にゅぅ…たしかにそうじゃが…」
「というか、なんでこの街だけこんなに寒くするんだよ」
「そんなの決まっておろう!暑すぎるからじゃ!」
確かにと、俺は唸った。
この街は都会というには少し外れだが、それでも十分コンクリートジャングルだ。
暑いというのはまぁわかる。年々気温は上がる一方、夏が他の季節を侵食している。
主に秋が存在感を薄れさせていて、もはや消えてきている。悲しいかな、秋。
秋というのは本来7月から9月までの事を差していたそうなのだが、今や9月から10月の2ヶ月間に押し込まれてしまっていて、その上で9月を夏が、残暑などと言って侵略しているのだ。ただでさえ存在感が薄いったらないのに、夏の所為でどんどん薄れていく。
これが夏の暑さのせいというやつか。
「暑いからと言ってこんな気温にされては困るのですよ!早く収めてください!」
「嫌じゃ嫌じゃ!溶けとうないのじゃ!」
「じゃあなんでこんなとこ来たんだよ」
この星の、特にこの時期来るべきではないこの国にわざわざ来て暑い暑いと騒がれてもどうしようもない。我儘な観光客じゃないんだから、文句があるなら出て行けで終わる話だ。
「知らん!気が付いたらいつの間にかここにおったのじゃ!」
それで暑いから冷やしてやろうってことか。いくらなんでも傍迷惑すぎる。コイツアレだ、根っこの部分がそういう我儘な連中とそう変わらないんだ。自分ルールをどこにでも持ち込むタイプの奴。人間と比較するのもまた違うのかもしれないのだが、そういうのに近いのだ、コレはつまり。
にしても。
「気が付いたらここにいた、か」
俺には心当たりがあった。エルゼもそうだったのだろう、顔を見合せた。
「なぁお前、ヴォルスロークって知ってるか?」
「ヴォルスローク…?あぁ、あの炎を吐く獣か。それがなんじゃ?」
アイツ炎吐くんだ。見たことないけど。
「最近この辺りで突如としてヴォルスロークが現れる事件が頻発しているんです!それも今あなたが言っていたようにいつの間にかです!あなたが原因でしょう!」
「なぁっ!?失礼な!妾があんなの従えとるわけないじゃろ!」
コイツでもないのか。まぁ確かに、夏の暑さも我慢出来ない奴が、口から炎吐く奴を仲間にするとは思えないしな。
だとしたらいったい誰が──じゃない、今はなんとかしてこの寒さを抑えないといけないんだ。皆が帰れなくなっているこの現状を、辺りの水という水が凍り付いているこの現象を、俺は止めに来たのだ。
「そんなに暑いのが嫌なら寒いところに行けばいいんじゃないのか?」
「寒いところ?あるのか?」
「北海道とかは北だから寒いと思うけど。それとかシベリアとか…あとは南半球なら大体今冬だろうし」
「地名なぞ言われても分からんのじゃが…場所によって暑かったり寒かったりするのか…よく分からんの」
少し考えるようにした後、うむ!といってこちらに向き直る。
「ならよい!妾をそこに案内するがよい!」
「はぁ?自分で行けよ。ガキじゃあるめぇし」
「吹雪を止めろと申したのはお主らであろう!」
そりゃそうだけど。
仕方ないか…この感じだと多分自分からは動かなそうだし。
でもここから飛んでいくとなると北海道がいいのか?
流石に不法入国するわけ行かないし、もしこいつがまた暴れ出しても国内なら何とか対処もできる。北海道に恨みはないが、バレやしないだろう。
「じゃあほら、今から連れてくから吹雪止めて」
「む?そうか、あい分かった」
「颯くん、いいんですか?ここからだと飛行機と同じ速度で飛んでも往復に6時間ですよ?」
「げ、そういえばそのこと考えてなかった……」
今が13時でここから6時間と考えて、帰るころには19時とかになるのか。
ただそれは何事もなく事が運んだという前提条件付きなわけで…絶対そんなうまくいかない。そんなことは知っている。
そりゃ、吹雪が止むのを待ってたら時間かかっちゃった。ならまだしも、コイツを連れていく時点で吹雪は止む。
そうなるとその言い訳は通じない。
だがこいつを別の場所に連れて行かないという選択肢もない。こうも友好的に接することができる相手を倒すという選択も、俺は積極的にとりたいとは思えない。
もしそれをするのなら俺はロマンス怪人も殺していなければ筋が通らないのだし。
どうする…?魔法を駆使して爆速で行って帰ってくれば帰りに友達と雪合戦してたとかで通せるか?
もういいや、それで行くか。
と、この判断を後に後悔するとも知らず、そう決断した。
「いや、猛スピードで行って帰るから大丈夫…だと信じたい」
「なら行こうかの!…そういえば、お主名をなんと申すのじゃ?」
そういやお互い、名乗ってなかったな。
「俺は颯。こいつはエルゼ。お前は?」
「妾はアルターク・レイザード。レイザでよいぞ」
なんか名前まで寒そうな感じだな。名前負けしたり、それに相反する人生を送るよりは余程いいのかもしれない。楓とか言う名前を貰っておきながら、遠慮とか奥ゆかしさを全くと言っていい程に感じられないどこかの誰かよりは、ずっといいのだろう。
今はそれはいいとして。俺はレイザを抱き上げ、小脇に抱えた。その躯体は存外小さく、持ち運びやすかった。
「分かった。じゃあ早速だが、歯食いしばれ」
「へ?」
突然の発言に戸惑うレイザ。
「エルゼ、ちゃんとついて来いよ」
「はい!じゃあ行きましょう!」
「え、ちょっ、待つのじゃお主!いったい何をするつもりで…おい!手を離さんか!待て!やめっ──」
全身に魔力を通してステッキを構えると、足元目掛けて詠唱を始める。
「神速の一撃よ、爆裂せよ!ラピッドブラスト!」
「えっ、のわああああああああああ!!!!!!!」
タイミングよく跳ねると、足元で爆発したその勢いを利用して吹っ飛んでいく移動方法。
前に思い付いて練習していたのだが、こんなに早く役に立つとは思っていなかった。とは言っても最初の加速を効率的行うためのもので、途中からは普通に飛ぶことになるのだが、それでも十分速い。
「ぜぇ…はぁ…お主、いったい何を考えておるんじゃ…」
「早く行かないとこっち的にも不都合だったから」
「全く、肝が冷えたわ…」
あんな寒い中笑ってられるような魔族でも冷えることあるんだ。
「…………真っ白だな、辺り一面」
小学生のころ一度は夢見たであろう空を自由に飛び回るというアレ。
実際叶ってみると…大したことはないと、真下の光景を眺めながら思う。
地図には県境が線として書かれているから分かりやすいが、飛びながら真下の街を眺めても今自分がどこにいるのかもよく分からない。あの街に関しては、雪があるお陰でそれが目印となっているのだが。
時折知っている建物を見て大体この辺かと目星を付けるが、関東以外ではそれもできないだろうし、帰る時は方向にだけ注意したい所存である。
「ほぉ…人の世にはいろいろあるんじゃのぉ」
「都会だからね。北の方はそうでもないよ」
「む、何もないのか?」
「何もないことはないだろうけど…そもそも暑さの原因はあの建物の多さだし」
しばらく掛かることは確定しているんだし、その間ずっと無言というのも面白くないと、改めて自己紹介含めた会話を交わしながら空の旅の退屈さを誤魔化す。
元々は魔界の奥深く、その極寒の地で殆ど誰とも関わらずに過ごしていたらしいが、突如として現れた強力な魔力の渦に巻き込まれ、いつの間にかこちらへと飛ばされていたらしい。
推測でしかないが、ヴォルスロークも同じようにしてこちらに呼び出されたのだろう、と。
油断していたとはいえ、それなりの力を持つレイザが抵抗できないほど強力な力だったそうで、それが本当ならそれ以上の力を持つ存在が既にあの街にいることになる。
何で全員あの街目指してやってくるんだ。何か恨みでもあんのか?やっぱなんかしら呪われてるよなあの街。
もしかして俺自身が……そんなことを考えながら、俺は速度を上げた。
△▼△▼△▼△▼△
そんなこんなで1時間半、俺たちは最速で北海道に到着した。
不慣れなものではあったが、飛行機の2倍の速さで飛べたということには、自分自身驚かされる。
人目につかないところに降り立つと、変身を解除し街中を歩き始める。
ここが北海道のどこなのかも全然分からないまま、取り敢えず建物が多そうなところに降り立ったが、看板を見て札幌だということが分かった。
最初はもっと北の人がいないところに降ろして帰ろうかと思っていたのだが、レイザが思いのほか人間の街というものに興味を示したこともあり、街中に降りることになったのだ。
「俺からすればここも結構寒いけど、レイザはこんくらいなら満足できるの?」
「これでもちと暑いがな、まぁ、先の灼熱地獄に比べれば問題ないわ」
「ならよかったけど、さっきからどこ行くつもりで歩いてるの」
飛んでいた時とは反対に、今度はレイザに手を引かれて歩いている。
「せっかくじゃ、さっきお主が言っておった海鮮料理なるものを食わせるがよい」
確かにそんな話もしたけども。
「え、レイザお前金持ってんの?」
「カネ?なんじゃそりゃ」
「飯食うには金が要るの」
「なるほど、対価というわけか。儘ならんの」
不満そうに言いながらも、何かを期待するような目線を向けてくる。
「…………」
まぁでも、せっかく北海道まで来たんだ。俺だってさっき昼を食べたばっかりだっていうのに、飛んできた所為か普通に腹が減ったワケで、なんかしら食べて帰るのも悪くはないかもな。
「はぁ…しょうがないか…」
「食わせてくれるのか!」
「本当ですか颯くん!」
当然のように割り込んでくるエルゼ。話の途中から流れを察して目キラキラさせてたのは知っているが。
「いや、お前は無理だろ」
「な、何でですか!仲間外れなんてひどいですよ!」
「そりゃそうじゃろ。妾は人のフリもできるが、お主は周りに見られるわけにもいかんじゃろうて」
「そ、そんなぁ…」
ガックリと項垂れるエルゼ。……流石にちょっとかわいそうだし、なんとかするか。
「お!あの店などよさげではないか!」
店を見つけたレイザはトテチテと走っていく。
それを追いかけ店に入ると、俺とレイザでそれぞれ別のモノを注文し、物欲しそうな目で見ていたエルゼに少し分けてやりながら食べ進めた。
「ん~!食事など数千年ぶりじゃったが悪くないもんじゃのぅ!」
「めっちゃ高くついた…うぁぁぁ…」
「あぁ!颯くんが死にそうな顔に…!」
会計を済ませ店を出て、満足そうなレイザと死にかけの男、完全に他人事感全開なエルゼの三者。
財布が受けた損害はそれなりだったが、無血での勝利だと考えれば安いものだろうと自分を納得させる。
「では颯よ、短い間ではあったが世話になったな」
「ん?ここでいいのか?」
「うむ、お主も急がねばならぬと申しておったのを付き合わせたわけじゃしな。妾はこのままこの地を見回りながら、あるべき場所に収まるつもりじゃ」
「そっか。じゃあ精々警察の世話にはならないようにな」
「ああ!ではさらばじゃ、優しき少年よ。また会う時を楽しみにしておるぞ!」
そう言うと、レイザは風と共にどこかへ去って行ってしまった。まるで粉雪が風に吹かれて舞うように、その姿は掻き消えたのであった。
「じゃ、帰りましょうか」
「だな、さっきからスマホがうるさいし……やっぱ嫌だぁ…」
そこから猛スピードで家へ帰った颯であったが、案の定楓に詰められることになり、それが新たな事の始まりとなるのだった。