解放
隠し部屋には誰もいなかった。
そこにはローテーブルと、小さな椅子、そして本棚やら調度品やらが置かれた部屋で、俺はそれを根こそぎ奪い取った。家具は流石に持ってなかったし、テーブルや椅子があれば野宿でも便利になるに違いない。
だが、それはそれとして。
アイツらが言うにはここに何かあるみたいだが──何もないなんてことはないよな?
もしそうなら俺は騙されたってことになるしな。それは無い、絶対に。
となると。
俺は部屋を見て、本棚が怪しいと感じた。こういう時、定番と言えば本棚の裏の隠し部屋や階段だ。
もう既に本自体は回収してしまっている。本棚はボロいだけで普通そうだったので残してあったのだが、盲点だったか。
俺はそれをどかした。
するとどうだろう、俺の予想通り地下へと続く階段が見つかった。
その階段をカツカツと下っていくと、俺の踏んだ箇所が赤く染まっていく。その赤はだんだん薄くなっていき、俺が階段を下りきるころには掠れていた。
「地下牢……かな」
隠し通路じゃなくてよかったという安堵と、それ以上のものが出てきそうだという恐怖が、俺の脳内にはあった。
空の牢がいくつか並んでいて、その中を歩いていくと、声が聞こえた。
「誰か……!誰か、いるのか……?」
「いますよ~?」
俺はその牢を横から覗き込んで答えた。
そこは大勢の人が集められた一番大きな牢であった。ボロボロの人間や傷だらけの人間が、一か所に集められていた。
その中で、一番手前側にいた男が、俺に話しかけた。
「あんたは……子供?血塗れで……なんてったってこんな所に…」
俺の姿に驚いたのか、そんなことを訊かれた。
「そんなことは何だっていいんだけど。それより皆さんにはこれから大事な質問をします」
俺は人差し指をぴんと立て、その指をクルクルと回しながら言う。
「質問……?」
「そう、質問。聞いてなかったりすると死ぬ可能性がある大事な質問」
「……!な、なんだ……?」
その言葉に酷く怯えたような顔をしたが、他の人間にも声を掛けていくと、しんと静まり、俺が喋るのを待った。
「うん。君らは全員ディス村の人?」
「え、あ、いや、全員じゃない。俺はそうだが、他の村の奴もいる」
「じゃ、全員その中で移動。それぞれ出身の村ごとに固まって集まって」
「わ、分かった」
そう言うと、何が何だか分からないながらも、ぞろぞろと動き出し、ある程度のグループで固まった。
それぞれの代表者に村の名前を聞いていく。
「ザット村」
「ディス村」
「イット村」
「ディーズ村」
「ゾーズ村」
「ゼア村」
俺は頭を抱えた。
それ以外にもいくつか村はあったが、おおむねそんな感じであった。
「じゃあ次。と、その前に……」
俺は鉄柵を圧し折り、牢の中に入れるようにした。
そして、ディス村のグループに近付き、訊いた。
「そこに集まってる奴は全員、本当に同じ村の仲間?知らない奴混ざってたりしない?」
俺はその中にいた1人に視線を向けたり外したりしながら、そう尋ねた。彼らはその言葉に首を回しては周囲の顔を確認していく。
「……あ!……こ、こいつ、知らない奴だ!」
するとその中の1人がそう叫んだ。周りの奴もそれを見て、気が付いたように騒ぎ始めた。
あぁ、そうだ。手配書の最後の1人、この盗賊団の親玉がそこにはいたのだ。ボロ切れを纏い、村の住人に紛れ込んでいた。
「こいつ、盗賊の仲間だった奴じゃないのか!?」
「そうだ!見たことあるぞ!偉そうに手下引き連れて歩いてた奴じゃないか!」
そんな騒ぎが大きくなるのを見て、俺は牢屋から出た。
そして、壁に立てかけてあった剣を何本か掴むと、それを持って牢屋に戻る。
「ち、違う!顔が似てるだけで、俺は盗賊団とは関係ない!」
「だとしてもディス村の奴じゃないだろ!何でここにいるんだ!」
疑われた男は当然否定し、反論するが、こういった時は何を言おうとそれが聞き入れられることはない。
皆に疑われて追及され始めた時点でどうしようもなく負けているのだ。数的有利というやつは恐ろしい。
勿論俺だってもう気が付いているが、こういう場合は徹底させたほうがいい。
俺は1度手を強く叩き、意識をこちらに向けさせた。
「まぁまぁ、カザン君も違うって言ってるんだから、一度話を聞いてあげるべきだよ。ね?」
そう言って男の方を見た。すると彼は強く頷き、俺のその言葉に賛同した。そして俺がニヤリと笑ったのを見て、その顔を青くした。
「あれ~?そういえば、俺ってなんで君の名前知ってるんだろ~?」
我ながら白々しいとは思った。しかし、向こうは既にかかってしまったのだから、なんだっていい。
「あぁ!そうだ!どこかでカザンって名前を見たんだっけー。どこだったかなー?」
俺は鞄を漁り、1枚の紙を取り出す。
「そうそう、これこれ~。この手配書にカザンって名前があったんだっけぇ?」
「…………っ!」
全員がその男の方を見た。怒りと殺意に満ちた視線を突き刺している。俺は手に持っていた剣をディス村の皆に渡していった。全員分は無いが。
そして高らかに言った。
「君たちは今日から自由の身だ!明日からも自由だ!さぁ、その手ですべてを終わらせ、自由を掴み取るのだ!」
何を言っているのかはよく分からないが、それでもこれはこいつら自身にやらせるべきだと思った。
俺がこの場で殺して終わりにするのは簡単だが、これからこいつらはその手で自分たちの村を守っていかないといけないのだ。そのための覚悟くらいは、ここで見せてもらわないといけない。
そんな風に考えてみたが、多分違う。
拍子抜けしたのだ。上で殺した奴らは全員、俺に立ち向かってその上で死んでいった。
にも関わらず、その親玉がこんな卑怯な手で逃げて生き延びようとしているのが、とても大変非常に甚だ大いに極めて頗るムカついたのだ。
だから、俺が一撃で終わらせるより恨みのあるコイツらによって苦しめられてから死ねばいいと、そう考えた。言ってて性格が悪いが、それだけの恨みをこの盗賊は買っているはずなのだ。
「ああああぁぁぁぁぁっ!!!」
1人がその剣を構えて突き出すと、男の背中から剣先が突き出て、血が流れた。
「かはっ……!」
それはダメダメな構えで、酷く貧弱な剣だったが、確かに男の身体を貫いた。それに釣られるように、遅れないようにと、1本、また1本とその身体に剣が突き刺さっていく。
そこまで見届けてから俺は首を刈り取った。これは必要なものだから。
首のない死体が、そこに崩れ落ちた。
それでもなお怒りは収まらないのか、剣を引き抜いては再度突き刺し、体を蹴飛ばしてと、彼らは冒涜の限りを尽くしていた。
「ま、因果応報か」
怨嗟渦巻くその牢から立ち去ると、俺は一足先に地上へと上がっていった。
△▼△▼△▼△▼△
「大漁大漁。賞金首より、やっぱ分かり易い宝の方がいいな」
倉庫から出てきた俺は、多分満面の笑みを浮かべていた。
賞金首は物干し竿のようなものがあったので、それに括りつけてある。
「こうしてみると串団子だな。……やめとこ、これから食べ辛くなる」
地下牢から出た俺は残党狩りをしなければと思ったのだが、その必要はなかった。
俺が倉庫を見つけた時、その中で物品を漁って逃亡を図ろうとしていた者が何名かいたので、その場で全員消し飛ばした。
これで周辺の村の安全も護られ、平和になった。
俺は平和主義者だ。真の平和主義者は手段としての平和ではなく、結果としての平和こそを追い求めるものなのだ。
奴らが金目のものより自身の命を優先するような連中であれば苦労させられたかもしれないのだが、そこはやはり盗賊。纏まっている分潰しやすくて助かるというもの。
「食料とかは置いていったほうがいいのかな……でもあの村からも農作物は運び出されてるだろうし…適当に何箱か持って帰るか」
食糧庫に入った俺は少し悩んだ末に、全部は持って行かないことに決めた。
仕方ない。これは俺のじゃないんだ。お宝は持って行っていいって言われたけど、食料は言われてないし。
大体ここまでで1時間程度だっただろうか。俺はディス村へと帰還していった。
元の住人は放っておけば勝手に帰ってくるだろう。
流石にあの人数を輸送していたら日が暮れる──じゃないな、夜が明けてしまう。
「はぁ……」
飛んでいる途中、俺は溜め息を吐いた。
思い返せば、今日1日で俺は少なくとも200人以上殺しているのだ。ああいうのを人間として扱ってもいいのかは微妙だが、人であれどうであれ、人型であることには違いない。
冷静になって考えてみて、熱くなっていた身体が冷めていくにつれて、その事実が重くのしかかったような気がした。自身の中にあった価値観だとか、常識だとか、正常さだとか。
そういった物が音を立てて崩れていくのを感じて、酷く疲れた。




