依頼
「ふぅ……」
ふぅとか言うべきじゃないな。あらぬ誤解を受けかねない。
俺は粗方全身の汚れを流しきると、カエラと2人、先ほどの老婆の待つ村長宅へと向かった。話していくうちにそれなりに仲良くなれたと、勝手に思っている。
この世界の魔法がどれほどのものが基準なのかはまだサンプルが少なすぎてよく分からないのだが、カエラはかなり便利な子なのだろうと思う。ぬるめのお湯や熱いお湯など、その調整をほとんど魔法だけでやってのけたのだ。
勿論お湯を作ってそこに冷水を加えるという手法もとれたのだろうが、ずっとやっているからか、感覚だけでお湯を作り分けていた。
俺も魔法は使えるが、辺り一帯を焼き尽くすような魔法で一体どうやって40℃のお湯を作れと言うのか。やはりエルゼも渡すならこういう魔法にしてほしかったものだ。
こう、日々の暮らしが楽になる魔法。マリエルとかもちょいちょい使ってはいたのだけど。
と思っていたのだが、聞けばこのくらいの魔法は才能さえあれば村の規模でも何人かは使えたりするのだそうで、それを羨ましがっていた俺にはかなり変な目を向けられた。
「それで?話っていうのは?」
村長宅に着いた俺は、老婆に尋ねた。
なんとなく察しはついていたが、間違っていれば赤っ恥と言うことで、確認の意味も兼ねて訊いたのだった。
すると、やはり俺の予想は裏切られることもなく、答えは割とそのままに返ってきた。
「盗賊団の討伐を、お願いしたいのです」
すっかり陽は落ち始めていた。蝋燭の頼りない明かりが、なんとか家の中を照らそうと頑張っていたが、それでもほとんど真っ暗であった。
硬いソファに腰かけ、俺は話を聞いていく。
隣にはカエラがいた。こうしていると姉さんといるみたいで少し落ち着いた。もう既に心が帰りたがっている。
それで老婆曰く、盗賊団の討伐は何度か領主に嘆願に向かわせたらしいのだが、碌に対応もしてもらえず、もし請け負ってもらえたとて、盗賊団の規模からも相当に難航することは目に見えているという。
最早、仮に王国が出張ってきてもそう簡単に解決できるような規模でないそうだ。
尤も、国が動けばどこかに隠れ、それをやり過ごしてから再び同じことをするだけなので、結局のところ撲滅は不可能だと、そう言っていた。
「それを……俺1人に?」
出来るだろう。が、1人に任せる仕事ではないよな。
俺自身あんな光景を見せたとはいえ、相手がそれだけの集団であることは知った上での提案なのだ。
「我々はもう、縋るしかないのですよ。たとえそれがどんな存在であっても。それに、先程の動きを見て、あなたならと思った次第です」
「んぅ………どれくらいの規模なの」
まぁ確かに。そう思い、盗賊団がどれほどのものなのかを訊いた。
すると、老婆は指を2本立てた。
「20人?」
「200人です」
「1人に任せる量超えてない?」
「承知の上です。それに、これはもとよりお受けいただけるとも考えてはおりません。ですが、せめて数日の間、この村を守ってはいただけないでしょうか」
「報復か……」
それに関しては完全に俺の所為だし、それを防げと言われれば俺はやらざるを得ないだろう。
だが、それはできないのだ。時間がない。ないこともないが、ここに滞在しても日本に帰る手段は見つからないだろう。
だから、早く終わる方を選ぶべきだ。
それよりほかに選択肢があるのか。いや、ない。
しかし、その前に聞いておかなくてはならないことがある。
「俺が盗賊団からこの村を守って、盗賊団を壊滅させたとして、この村は俺に何ができるの?」
「それは……」
別に何かを要求するわけではない。そりゃ、お金とか報酬的なモノがあれば万々歳だけれども、そんなものが期待できるような村じゃない。無い袖を振れと言うほど、俺はバカなつもりもない。
だが、ボランティア活動などという体のいい奴隷制に身を捧げる程の愚者でもない。
何かを差し出すつもりが無いのなら、都合よく頼れそうなのが来たから、これでこの世の春が来たと言えてしまうような人間が相手なら、俺は相応の対応しかできない。
などと考えていたが、その心配はなかったらしい。
「この村の住人一同の、子々孫々に渡る絶対の忠誠を」
「重……」
流石に抱えられないモノであった。現代の奴隷制を否定したら中世の奴隷制で返されるとも思っていなかった。
しかし、俺が否定しなければならなくなったのはここからだった。
「それから、私の孫を──カエラを、どうかお受け取りください」
「いや軽っ……重いのか…?……んぁ?」
俺は混乱した。カエラを差し出すというのは、つまりはそう言うことなのだろう。流石に受け取るわけにいかない。
もとより何を受け取るつもりもない。欲しいものは盗賊から頂けばいいのだから。
俺はその旨を伝えた。すると、老婆は涙ぐみながら感謝の念を伝え、こう言った。
「カエラを……よろしくお願いします…」
「ねぇ、話聞いてた?」
「はい……こんな世の中にも、あなたのような方がいらっしゃるとは思っておりませんでした。どうか、この子を幸せにして頂けないでしょうか…」
俺は再度混乱した。カエラはカエラで何を普通にそんな話を聞いているのか。自分が褒賞として差し出されてるんだけど。
彼女はニコニコとしていた。赤い蠟燭に仄かに照らされたその横顔は、紅く見えていた。
「俺、この村はすぐに出るよ?多分もう訪れることもないんだけど?」
「それならばこの子に、外の世界を見せてあげてください。物語でしか外の世界を知らないのです」
うぅん……ダメか。でもいらないなんてそんなことも言えないし──仕方ない。
「……その話はいいとして、取り敢えずは盗賊団の話をしよう。これじゃ捕らぬ狸のってやつだから」
困った俺は、結局その話自体をうやむやにすることにした。
「たぬき……ですか」
俺の言葉に、老婆は怪訝そうな顔をした。そうだった、向こうの諺は通じないんだ。
「盗賊団は村を拠点にしてるって言ってたけど、どこにあるの?」
「この村から西に2日ほどの場所にあるザット村です」
ザット村。
「………………」
俺は1つ気になったことを訊いた。
「ねぇ、この村の名前って何?」
「ディス村と言いますが……」
「………もしかして、近くにイット村とかあったりする?」
「ご存じでしたか」
「あぁ、いや。知ってるってわけではないんだけど」
何このThis、Thatって。互いの村の事「あの村」とか「この村」って呼び合ってんのか。
てことは向こうからしたらこの村がザット村ってことになるんじゃないのか?
いや、この世界には英語なんてないんだ。いくら公用語とは言え、この次元にまでは届いていないはず。であれば偶然か──嫌な偶然だな。
でももしこの世界に俺以外に転移した人とか転生してきた人がいるとすれば、英語が伝わってきていても不思議ではないのかな。
英語は理解できないから苦手なんだよな、異世界人とは喋れるのに。
その後も、盗賊団を壊滅させるうえで必要そうな情報を集めていった。
結果、どうやら魔法でお掃除みたいなことは出来なさそうだなと、そんな結果に行きついた。
まず、盗賊の他にも囚われているような人や、働き手として連れてこられた人、あと盗賊が集めた宝などと、ゴミと共に纏めて壊してはマズイ物が混在している。
別々に分かれてりゃ楽だったんだけどな。
それから、出来れば盗賊団の上層部、手配書なんかが出るような大物は、出来るだけ原形をとどめた状態で、首だけでいいから持ってきてもらえないかというもの。
なかなか物騒な頼みだが、この食うのにさえ困るような村が復興するためにはどうあってもお金が必要不可欠で、この村を苦しめてきた盗賊団の報奨金で復興させていくことが、自分の夫を殺した連中へのせめてもの復讐なのだと、老婆は語った。なるほど、仇の首で村の再興か。
それだけ持ってくれば、元はこの村のものだった宝の類も持って行って構わないそうだ。
言われなくてもそうするつもりだが、家族を殺された復讐だと言われると断り難い。
でも、俺からしても稼ぎ時なのも事実。報奨金とやらも欲しかったが、色々申請しなければならないという話なので、今はがめないことにした。
「よし。こんなもんか」
軽くメモして言った内容を書き直し、纏めた。
「では、お受けいただけるということでよろしいのでしょうか…?」
「もとより、変に暴れて危険を招いたのは俺の所為なんだし。面倒だからこの後にでも夜襲かけて皆殺しにしてくる」
「こ、今夜ですか……分かりました。では、先に軽く何か食べるとしましょうか。カエラ、準備しますよ」
そう言って台所に向かう2人を、俺は止めた。
「な、何か……?」
「俺が作る……!」
「え、いえ、そんな、そこまでさせるわけには……」
「違う、そうじゃなくて。俺が料理しないと……俺がやらないと……!」
そんな会話があり、結局俺とカエラの2人で晩飯を作ることになった。そこでやはりというべくか、この世界の料理の基準は分かった。焼くと煮るくらいしか、調理法のレパートリーが無い。
生野菜をそのまま差し出してきたどこかのリリエッタよりマシだが、それでもだ。
いや、この村は貧しいんだ。料理を頑張るくらいなら外に出るなりなんなりして金を稼げと言うのは当たり前のことと言えるし、仕方のない部分ではあるのだろう。
でもやはり、俺としてはそれだけで作られた料理は楽しめないというか。いざ出陣というこのタイミングで変なものを食べると、それだけで気分が落ちそうな気がした。
だからこそ、自分で作る必要があったわけだ。自分でも思うよ、俺はもてなされる側だろうって。
それがレシピ本開いて人の家の台所で料理してるんだから自分でもおかしいとは思う。でもやっぱり、人間いくつかは譲れない部分があってこそだとも思う。
そういうわけで、そんなわけで。
カエラに色々教えながら、時に教えられながら、俺は料理を済ませてそれを食した。
普段食べている物とはやはり違ったようで、随分と驚かれた。
このところ俺は自身の料理の腕が上がっているのではと勘違いしそうになるが、恐らくそれほどに酷い食生活を日頃送っているのだろう。
そう考えたら涙もちょちょ切れるというもの。
あれもこれも全て、そう全て。この村の住人から生活の余裕を奪い、時間や意識を食に割く豊かさを失わせた盗賊達の所為に違いない。
後ついでにちょっと焼き加減が甘かったのも盗賊達の所為に違いない。絶対にそうだ。
許せない、ぶっ殺してやる。
俺は覚悟を決めると、食後の腹ごなしに向かっていった。




