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極寒の夏

 夏。


 それは言うまでもなく暑い季節だ。


 ならその直前はどうか。


 夏本番に入ろうとしているこの時期の気温は果たして高いのか低いのか。


 普通は高いに決まっている。


 当然だ、季節はグラデーションのように変わりゆくものなのだからだ。


「今日まで寒いけど明日からクソ暑い!」なんてことはそうそうない。


 だというのに、だ。


「ねぇ、なんか寒くない?エアコン何度に設定してるの?」


 それは朝のこと。


 毛布にくるまりながら階段を下りてきた姉。青くモコモコとした毛布から、その顔を半分だけ覗かせていた。


 新種の魔物の様である。


 などと、間違ってもそんな事を口にすればその瞬間に俺は消される。それこそ、エアコンの電源を入れるよりも容易く。


「つけてないよ、この寒さで」


 こんな季節だというのに朝からホットココアを作る俺は、歯をカチカチと鳴らしながらそう答えた。


 湯沸し器から出る湯気に手を翳して暖まっていると、後から来た姉に横取りされた。


「私のも作っといて」


「……はいはい」


 と、まるで冬の朝のような会話が繰り広げられている。


 おかしい。


 そう思ったのはエルゼも同じようで、朝から何やら調べていた。そのおかげでスマホはエルゼが独占している。朝の空いた時間はソシャゲのログインをこなさなければならなかったのだが、流石にこの状況では仕方もない。


 異常気象にしては流石に、だしな。


「颯くん、原因が分かりました…ズビッ…あー寒っ」


 俺は突き出されたスマホを受け取り、話を聞きながらも、その片手でログインを済ませていった。


「何が原因だったの?まさか魔族のせいだとか言わないよな?」


「そのまさかです…ズビッ」


 鼻を啜りながら説明するエルゼ。


 汚ねぇなぁ……


「てか何、魔族って異常気象をも巻き起こすの?流石にそんな相手に勝てると思えないんだけど」


「まぁまぁ、颯くんも日本人なんですから。大丈夫ですよ。ズビビッ」


「何でそこで日本人であることが関係してくるんだよ」


「異常気象とか災害にはこの国の人やけに強いじゃないですか。ズルッ」


「強くはないだろ、負け始めて2000年だよ。多分」


「そうですかねぇ。こんな寒さの中朝早く出て行ったお父上は相当強いと思いますが…ズビビビッ」


 父さんは雪国生まれらしいからな。あの人、寒くなると何故か途端に生き生きし始めるんだ。俺は寒さにはそれほど強くなかったわけだから、雪が降っても付き合えはしなかったのだが。


 多分あの人、寒いのは自分のフィールドだっていう意識とかプライドとかでも持っているのだろう。子供のころ、特に小学生の頃なんかは雪の中半袖短パンで通学していたに違いない。俺の通っていた小学校にもいたし、そういうアホ。


 ……てか、マジで汚ねぇしうるっせぇなコイツ。


「まぁそれに、今回の原因は存外話の通じる相手だと思いますし、結構すぐ解決すると思いますよ。ズルッ!ズビビッ!!ズババババッ!!!ぶえっくしょん!」


「ぶっ殺すぞ!!!」


 とりあえず学校もあるのでその極寒魔族は放課後に後回しにすることにし、今日も今日とて学校へ向かう。エルゼはその場で絞めようと思ったのだが、先に鼻水をかませてからにした。


△▼△▼△▼△▼△


「寒いぃ…あんたもうちょっとこっち来なさいよ」


 学校へと向かう途中、今日も珍しく家を早く出た姉に纏わりつかれていた。


「ちょっと近いって、歩きにくいんだけど」


「しょーがないでしょ寒いんだから。それになんかあんた温かいし」


 そう、今の俺の体温は非常に高いのだ。これは何かカイロを全身に仕込んでいるとかいうわけではなく、コートだとかを着込んで……はいるのだが、それを抜きにしても全身が熱を発している。


 朝一発エルゼをしばいた際、寒くなくなる魔法をかけるからということで許してやったのだ。


 それが確か、発熱の魔法。この間教えてくれた補助魔法に近いものらしく、エルゼ曰く日用魔法?だとか。


 生活するうえで便利そうな魔法がそれなりにあるらしいが、どうせ俺には使えないので興味はない。無いことも無いが、詳しい話を聞くと悔しくなりそうだから聞かないことにする。


「うぅ……寒」


 それにしても寒い、そして歩きにくい。


 こんな真冬の装いで、それも普段の冬でもそうそうしないような重ね着をしてその上で尚寒い。


 発熱の魔法で補えてない。その時点で常人に耐えられる寒さと思えないのだが、なぜ学校側は休校にしたりしてくれないのだろうか。


 普通に人死ぬだろこれ。


「今この街の温度は氷点下ですからねぇ。普通なら休みにしてもおかしくなさそうですけど」


 ティッシュを丸めて鼻に突っ込んでやったからか、鼻声のエルゼ。


「この街…ん?この街だけ?」


「はい、この街だけですねぇ」


 俺は歯ぎしりをし、まだ見ぬ敵を睨みつけるかのような眼をしていた。


 何でどいつもこいつもこの街を狙うんだ。被害を被るのは全部俺じゃないか。いや、今日みたいな場合においては俺以外ももろに被害を受けているのだが。


 なんかイライラしてきた。


「あ、温度上がった…温か~」


「……………………………………」


 まぁ、学校帰りに始末すればいいか。


そうして2人、団子のようになったまま学校へと向かった。


△▼△▼△▼△▼△


 教室につくと流石に暖房を入れてあったようで、なんとか極寒の地獄は回避されたみたいだ。


 それでもちょっと寒そうにしてるのがチラホラいるが。


「よぉ…颯…」


 柄にもなく弱弱しい声の傑…ともう1匹、傑と行動を共にするようになったルルだ。


「おはようございます!」


 こっちは元気らしい。


 それにしても傑は発熱の魔法は掛けてもらってないんだろうか。妙なものは要らないとか言ってたし、筋を通そうとして拒んだ可能性もあるが、流石にこれでも己の正義を通すというのは、やや常軌を逸していると思う。


 それはそれとしても、一応傑もこちら側にはなったわけなのだから、この寒さの原因については共有しておくべきだろう。


「ぁぁ…それなぁ…こいつからも似たようなことは聞いたが…」


「まぁそれが斯々云々だから、今日の放課後解決しに行こうと思って」


「この寒さの中か…あぁ…まぁ、考えとくわ…」


 うん、ダメそうだな。


 この寒さの中ちゃんと学校を休まず来ただけでもう十分だろうとでも言いたげな顔だ。これをこのまま連れまわすのも酷だろう。


 そうしていると真が来たので、エルゼとルルの事は放置することにした。


「やぁ、今日は寒いね」


「んの割には元気そうだな…お前は…」


「あはは…ま、まぁ、傑が元気なさすぎるだけだとも思うけどね」


 確かに。


 いや、確かにじゃないわ。


 今氷点下だぞ?俺が元気なのは魔法のおかげとしても、普通は姉さんや傑みたいな反応になるはずだ。


 真も俺と同じで華奢な感じだけど、寒さにはめっぽう強いのかもしれない。で片付けるのには少々常軌を逸しているとも思えるが……ダメだ、父さんの顔がチラつく。アレが世間一般から見て普通であるのかそうでないのか、世の父親を知らぬ俺では、それは分からなかった。


 そのうち鐘が鳴ると朝礼が始まり、その後はいつも通り授業も行われたが、その光景は、一言で表すのなら、まさに死屍累々であったと言える。


△▼△▼△▼△▼△


 そして昼休み。


 真と傑と3人で飯をつついていたわけだが、どうやら外の様子がおかしい。


 おかしいというか、窓がカタカタカタカタとうるさいったらありゃしない。気が付かないフリしてたけど窓の外が真っ白で何にも見えない。


 もう自分を誤魔化せない。完全に吹雪いてる。吹雪きまくってる。


「ビュービューですねぇ」


「いよいよもってやばそうだな」


「エルゼ先輩、これは早急に対処しないと大変なことになるかと…」


「まぁ…そうなんですけど…颯くんにも生活がありますしねぇ……」


「人間って結構、忙しいんですね」


「ですよねぇ」


「お前らが暇なだけだろ」


 などと言っていると、学年主任の先生が教室に入ってきた。それと同時に隣の教室から歓声が上がったことで、なんとなく言いたいことを察した。


「お前ら!今日はもう学校は終わりだ!この吹雪が収まり次第順次帰宅していってくれ!」


 やっと解放されるのかと沸く教室内。


 俺は辺りを見回した。寒さのせいで縮こまってしまっているものの、一面喜びの色に染まっているのは、火を見るよりも明らかであった。


 しかし。


 これ、俺が対処しに行かないと全員一生帰れないよな。


「はぁ…」


 ということで、人目を盗んで屋上までやってきた。


 発熱の魔法があるからなんてことはないが、極寒だ。白い風が耳に痛い。吹雪というのは物理攻撃だ。


 それで今からこの街限定の異常気象を巻き起こしやがった犯人を捜さないといけない訳だが、この猛吹雪の中で、この白き闇の中で、一寸先が白銀の世界で、そんな中での人捜しというのは冗談がキツイにもほどがある。


 いや、人ではなくて魔族なのだが。


「エルゼ、どこにいるか分かる?」


 そう訊くと、エルゼは顔をひん曲げ始めた。これがこいつなりの明鏡止水なのだろうが、澄み切った表情には到底見えない。


「むむむぅ…お、おぉ!来てます!来てますよぉ…来ましたぁっ!ここから北西3km先、右方向です!市民プール、周辺です!」


 何だか場所の説明がカーナビみたいだが、居場所が分かったなら話は早いと、いつものように変身し、北西目掛けて飛び立つ。


 衣装のせいでさっきより寒くなったが、大丈夫。そいつをどうにかしさえすれば元の……いや、戻ったところでクソ蒸し暑い夏が帰ってくるだけか。


「…………」


 なんとか交渉して普段の気温も下げてもらえたりしないかなぁ。地球規模で3℃ほど温度を下げてもらえれば、魔族以外にも存在する地球の危機というのは解決されると思うのだけれど。


 でもその場合、地球の民からすればその魔族が、俺達が戦っているはずの魔族こそが救世主になってしまうわけだから……いやまぁ別に、戦わなくてよくなるのなら構いはしないのか。


 そんなことを考えながら、暫定極寒魔族の下へと向かった。

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