転移
「…………あれ?」
俺は辺りを見渡し、思わずそんな声を出した。
「どこだココ」
俺はさっきまで悪魔憑きと戦っていたハズ──ハズなのだが、辺りを見回して見えるのは木々ばかり。
見渡す限りジャングル。
「ジャングルってワケでもないか」
街の中にいたはずの俺が立っていたのは森の中。
何が起きたのか──多分向こうが俺に何かをしたことは間違いないと思うのだが、いったい何をしたというのか。それは分からなかった。
「人いないかな」
取り敢えずここがどこだかを把握するためにも、人を探すか、森から出るかしなければ。
先の文言があれば、後の文言はいらない気もするが。
草木を払い、歩を進める。
静かな森だと思ったが、歩いていると動物の鳴き声が聞こえた。
「ピョワァァァァアア!!!」
「何だこの鳴き声……」
これまで生きてきて凡そ聞いたことのない動物の鳴き声だった。俺はあまり動物に詳しい方ではないし、そういう風に鳴く動物がいても、俺が知らないだけかもしれないが。
「鳥取とかにはこういうのもいるのかな」
呟きながら進んでいくと、開けているのが見えた。森の外に繋がっているらしい。
「グニョェェェェエエエ!!!」
相変わらず、聞いたこともない鳴き声が森中に響き渡っている。
何故鳴くのだろう──天敵に位置を知られたりするかもしれないとか考えないのだろうか。
違うな、狩る側なのかもしれない。それか、もしくは断末魔かもしれないが。
だとしたら、こんなヤバい声を上げる奴を狩る生き物が、あるいはこんなヤバい声を上げながら死ぬような生き物が、この森には存在するというのか──今更それを恐ろしいだなどと思う俺でもないが、いずれにせよ、奇妙な場所ではあるらしい。
「おっと……」
森の出口に近付き、木に身を隠して森の外を覗いた。念のための警戒だ。
見えたのは、長く続くあぜ道のようなものであった。舗装などはされておらず、周囲を見ても建物などはない。
「リャァァァァッッ!!」
再びヤバそうな鳴き声が聞こえ、俺は空を見上げた。
カラフルな鳥がその翼をバッサバッサとはためかせて飛んでいた。鳥──とは言っても、いつか教科書で見た、始祖鳥のような大きな存在だったのだが。
「なんだろう……ここは日本じゃないのか?」
俺はこの時点でなんとなく察していた。俺が飛ばされたのは日本のどこでもない。
空気はカラッとしているし、この夏だというのに風には涼しさだって感じる。かといって外国だとも思えない。思えない、というのもこれまた適当な事を言っているのではなく、理由がある。
昔、写真を見てそこがどこの国のどの場所かを当てるゲームをやったことがあったのだ──最近はエルゼがやっていたが。
そのゲームというのにも攻略法はあり、土の色や太陽の位置、生えている植物などの国ごと地域ごとの特徴を覚えれば、大体の位置を当てることは容易だった。
俺もそれに際し、色々な国の特徴を調べていた。人の顔は覚えられないくせに、風景などは意外と覚えられたということに、その時は苦笑したものだ。
もう流石に言いたいことは分かるだろう。ここには見覚えが無い。植物にも、動物にも、風景にも。
あと太陽が少し遠い。涼しいのはそのせいか。
「えぇ……どうしよう……」
道と呼べるのかも怪しいその道を歩く。
人がいないとこんなに不安を覚えるものなのかと、辺りをキョロキョロと見まわしながら思う。
ただの田舎にしては人がいなさすぎる。早く家に帰りたいが、どうすればいいのだろうか。
ここが日本でないとして、はたまたその他の国のどこでもないとして、いったいどうすれば帰ることができるのだろうか。俺は太陽系のどこにいるのだろうか、それともいないのだろうか。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、この世界で初めて人間に出会った。
「ヒャッハー!そこのお前!死にたくなければ金目の物を置いていきなぁ!」
記念すべき第一村人──いや、第一盗賊かな。世紀末感あふれる男が、木の陰から飛び出してきたのだ。盗賊というのだからもう少し小汚らしい風体をしているものかと思ってはいたものの、特にそういうわけでもなく、そして盗賊のくせに単独行動。こういう奴って、群れで動くものではないのだろうか。
まぁいいか。
一先ず、考えるよりも先に、その叫び声に対して応えることにした。
「そっちこそ!死にたくなければ金目の物を置いていけぇっ!!」
声を荒らげて叫んだ。
「…は?」
俺がそう言うと、盗賊は惚けたような顔をしたが、すぐに手に持った剣を構え直して飛び掛かってきた。
「だったら、殺してでも奪いとる!!」
「やれるもんならやってみろやこの野郎ぁ!!」
「んだとこの野郎!!」
「舐めてんじゃねぇぞクソがぁっ!!」
背後に回り込み、腕を振り下ろす。
「あがっ……!」
「オラァァッ!」
半分地面にめり込んでいたモヒカン頭を鷲掴みにすると、そのまま投げ飛ばした。
「のぶしっ!!」
力を入れすぎたのか、土煙を上げながらかなり遠くまで転がっていく。
「逃げてんじゃねぇぞカスッ!」
その盗賊に追い打ちを掛けようと走っていった先で、俺は新たに人と出会った。
「これはまた……随分と激しい1人旅だね」
そこに立っていたのは4人組の男女。真ん中に立っていた戦士のような男と魔法使い風の女、神官のような女に、重戦士。
最後のは大きな鎧に身を包んでいるせいで、その性別は分からない。だが、歩き方が男ではなかった。
なるほど、ハーレムか──じゃなくて。
「勇者パーティー的な感じか」
「お、僕たちの事知ってるんだね」
俺が呟いたのが聞こえていたのか、真ん中の彼が反応を示した。
なるほど、どうやら俺が出逢ったのは、勇者のご一行様らしい。
△▼△▼△▼△▼△
3年前。とある若い男が勇者に選ばれた。
フルーエル聖王国の国教である聖教。
その聖教を中心とした宗教国家は、ピラント島と呼ばれる小さな島を支配している。
その小国が掲げるのは、魔族の殲滅と魔王の討伐。
ピラント島から北に向かって海を越え、エルバスタ大陸を挟んでさらに海を渡ると、そこにはヴァルツァスト魔王領が存在する。
1000年ほど前にこの世界に降り立ち、北の大陸を征服した魔族と、その南の大陸に棲んでいた人間との間には、激しい争いが何度も起こったと伝えられている。
魔法を使いこなす魔族と人間との間には絶対的な力の差があったが、纏まって行動することをしなかった魔族は人間に後れを取っていた。
しかし、そんな中で魔族に王が生まれると、段々と魔族は纏まりを見せ始め、人間に対し優位を取っていった。
そんな中で生まれたのが聖教だった。
聖教は当時戦いの中で力を持っていた戦士を勇者と呼び、それを中心として、魔族を纏める魔王とは反対に人間を、エルフ種などと共に纏めていった。
そうして戦いが激化していくと、いつしか互いの数を減らすだけになった戦いに両者共に疲弊していき、戦争は自然と収まっていくことになる。
その戦いの中で地位を確たるものにした聖教は当時エルバスタ大陸を支配していた王家に領土を下賜され、以降エルバスタ大陸よりさらに南、ピラント島を拠点に活動してきた。
もちろん、戦いは完全に終わったわけではない。各地では未だに魔族が暴れることもあり、その征伐が行われている。
聖教の目的は1000年前から変わることなく魔族及び魔王の撃滅。しかし、当時から変わっていったのは勇者の輩出であった。
何年かに1度、国から勇者と呼ばれる存在を輩出し魔王討伐に向かわせるというもの。
長い年月の中でそれは慣例行事のようになっていき、ここ何十年も思うような結果もあげられないでいたが、決してただの儀式ではなかった。
その証拠に、今代の勇者もその力は強大であった。
しかし悲しいことに、今代の勇者は魔王を倒せない。
それが旅立ちの際、聖王国側から勇者に対して告げられたことであった。
今代の勇者は次代の勇者が魔王を倒し世界を真に平和にする、そのための礎なのだと。
それでも彼は魔王討伐の為の旅に出た。
まだ見ぬ次の勇者が、自分たちの住むこの世界を平和にしてくれる。そう信じて、仲間たちと一緒に海を渡った。
何一つ思う所が無かったワケではないが、皆の期待を背負った彼に選択肢など、初めからありはしなかったのだ。
彼らが向かっていったのはエルバスタ大陸の覇者、レクス王国。
そこで力をつけた後、魔族領にへと渡る──そういう、数年掛かりの予定であり、その道中の事であった。
彼ら一行が異界の旅人、颯と出会ったのは。