6つの闇
薄暗い部屋の中、6つの影が一堂に会した。
1人が電気をつけると、その顔がはっきりと浮かぶ。
古びた長机には7つの席があったが、1つは空席だ。
「何?いきなり呼び出したりして。珍しくない?」
スマホを弄りながらそう発したのは、小悪魔のような少女。
妖しく光る撫子色の目を、意味ありげに見開いた。
「嫉妬が死んだ」
問いに答えたのは、上座に腰かけていた低い声の持ち主。
黒いフードをかぶり、マスクをつけているせいで、その顔は良く見えない。
「ふぅん…ま、あんな感じだったし、仕方ないでしょ」
その答えに、小悪魔の少女は興味なさそうに返事した。
「にしても、彼がねぇ?そう簡単にやられるとも思えないけど?」
その会話に横から入っていったのは、真っ青な髪を後ろで纏めた軽薄そうな男。
「……気になるな。その力は」
山吹色の瞳を持つ女が、髪を額の前で弄りながら生返事した。
「どうでもいい……そんなこと言うためだけに集めたの……?メールとかでいいでしょ……」
机に突っ伏し、溜息を吐きながら呟く少女。死んだ魚のような目で虚空を見つめている。
「で?傲慢さんよぉ、本題があるならさっさと話せや」
そう言った燃えるような赤い髪の男は、苛立ちを隠そうともせず、机を指でカツカツと叩きながらマスクの男を睨む。
傲慢と呼ばれたそのマスクの男は、そちらを一瞥すると、1つ咳払いをして話始めた。
「連中は脅威だ。我が目的の為にも、必ずや排除しなくてはならない」
「へぇ?全員で行くのかい?随分と慎重だねぇ?」
青髪の男は揶揄うような口調で言い、どこからか取り出した肉を貪った。
「いや、違う。相手は1人ではない。恐らくは5人。これに全員で当たる」
「えー……面倒臭……」
「まぁまぁ。楽しそうじゃん?」
撫子色の目の小悪魔は、机に突っ伏したままの少女の頭を撫でた。
「誰がどこに行くんだよ。そいつらがどこにいるかも分かんねぇのに」
赤い髪の男はぶっきらぼうに言った。
「焦るな。まず、嫉妬を殺った男には色欲と怠惰の2人で臨め」
「え?私?」
色欲と呼ばれたのは小悪魔の少女。呼ばれると思っていなかったのか、その目を丸くしている。
「面倒臭……」
怠惰と呼ばれたのはくすんだ瞳のだらけきった少女。呼ばれたことで顔を上げたが、その目で抗議するようにマスクを見つめていた。
しかし無駄だと分かると、再び顔を伏せた。
「憤怒、お前はこの女を潰せ。お前でなければ対処しきれん可能性がある」
赤い髪の男に写真を見せて言う。
彼はそれを聞くと、椅子に掛けてあった荷物を手に取り、そそくさと退出した。
「すーぐどこかへ行ってしまうものだねぇ。彼は」
「暴食、お前はこの写真の男だ。何の力を使うのかは未知だが、お前が行け」
「無茶言うねぇ?物を頼むなら事前情報くらいほしかったけど、まぁいいかな」
青い髪の男は、肉についていた骨をバリバリとかみ砕き、口を拭う。
「そして強欲よ。お前はこいつの相手をしろ」
そう言って写真を見せた。1人の男が映っている。
「ほぉ……強いのか?」
「分からんが、人の身で魔物を殺す存在だ。力を得る前に潰しておきたい」
「ふむ……それほどの力か。その後は?」
「どうしようと構わん。確実に潰せ」
「あれ?じゃあもう1人は傲慢が行くの?」
「あぁ。かつて仕留めそこなった女だ。所詮は神のカケラ、問題はない。こんな所で躓くようでは……」
「ふぅん……まぁいいや、頑張ってね」
小悪魔の少女は手をヒラヒラと振ると、死んだ目の少女を引きずって部屋を後にした。
残されたのは3人だったが、青い髪の男と金髪の男が部屋を後にすると、マスクの男だけが部屋に残った。
その男がマスクを外し、フードを脱ぐと、そこにいたのは人ではなく、山羊のような頭を持った魔族だった。
傲慢と呼ばれたその魔族は、これからの事を思案してクツクツと嗤う。
「時は満ちた。我は神に挑むのだ」
その魔族の名はカルロメッツ。以前流華と対峙し、颯と楓の放った攻撃の巻き添えを喰らって死んだはずの存在。
その時から変わっているのは、自身を俺様ではなく我と呼称していること。
あの日、完全に消滅する直前に、かつてよりその身を蝕んでいた傲慢の悪魔が精神諸共完全に乗っ取ることで命からがら逃亡したのだ。
カルロメッツとしての精神は死んでいるが、その記憶を読み取った悪魔は、流華を勝てる相手と定めた。
他の面々は同じく魔界からこの世界へと渡ってきた同胞。それぞれが欲に囚われた者と契約し、その力を振るっている。全てが人というワケでもなかったが。
彼の目的は神を倒すこと。そのためには仲間が必要であった。
魔界でその手勢を集め、失った力を取り戻していた彼だったが、更なる力を求めてこの地へとやってきた。
「そして我は神を超える……神の上に我がある……そうでなければならないのだ」
太古の昔、彼がいた世界、ホロビアは神の手違いにより滅んだ。
本来はあってはならないことであったが、それは事実起こってしまった。
唯一、当時その星を離れていたことで生き残ることになった者がいた。
それは怒りのままに神への復讐を試みたが、大敗を喫して力を失い、魔界へと墜ちた。
それから幾千年の時が経ち、心に誓った神への復讐は、いつしか神を超えることへと変貌していた。
それ故、付いた名は傲慢。
「希望も、絶望も、すべては神を超えるための力……」
カルロメッツの記憶を読み取った彼は、それが行っていた、人間の生気を自身の力に変換するという行為を利用することにした。
カルロメッツは人間を手駒にしてそれを行っていたが、自身ならより効率的に行えると踏んだ。この地球上の人間から生気を奪い取り、そうして集めた力を己がモノとする。
その段階まで計画は進んでいた。
しかし、この世界には自分に立ちはだかる脅威が存在する。計画に支障を出させないためにも、そんな存在を見逃すわけにはいかなかった。
敵対するものを潰し、確実に力を得る。
神を超えることが目的なのだ。ここで邪魔されるわけにはいかない。
「…………」
それでも胸騒ぎがしてならないのは、嫉妬の悪魔が死んだから、だったのだろうか。
器に拒まれその力を思うように振るえていなかったとはいえ、決して弱いわけではなかった。そうでなければ、仲間にしたりはしなかったはずだ。
それも悪魔という精神生命体は、本来ならば死ぬはずのない存在。
それが殺されたというのはつまり、そんな精神生命体を屠ることができる存在が向こうにはいるということ。
しかし、そんな禁術を行使できる存在がこの世界にいるのか──否、心当たりはある。自分達よりも上位の存在だ。だがもしいたとして、なぜ自分たちと敵対するのか。
当然仲間というワケでもないのだから、利害が一致しなければ敵対もやむ無しではあるものの、悪魔が人間を護るなど、あり得ない話であった。
「チッ……」
彼は舌打ちをし、机を殴りつけた。
神を超えようという存在が、そんな目先の脅威に不安を覚えていることに怒りを覚えた。
まだ早かったのか?未だ及ばないのか?そんな考えが脳裏をよぎり、かぶりを振った。
今日、今この瞬間、すべては動き出したのだ。
もはや止まることも、振り返ることもできない、ただただ長い一本道。
「しくじってくれるなよ」
扉を見つめ、悪魔は呟くのだった。