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魔法少年を解放しろ!  作者: アブ信者
暗躍する者
127/246

法則

「何考えてるんだコイツ…!」


 盤面を見て、思わず叫んだ。


 いや、実際には叫べてないのだとは思うが、そう叫んでいてもおかしくない状況だった。


 盤面では、前に進められた駒が次々に倒れていく。


 エルゼは俺が言ったことを聞いていなかったのか。最小限の犠牲で相手に勝利しろと、そう言ったハズだ。


 だが今目の前に広がっている光景は、その真逆。何人もの死体がそこら中に倒れたまま動かず、あまつさえ敗色濃厚の状況。このままでは作戦とか関係なく物量で押されただけで負けてしまう。


「エルゼ…………ん?」


 しかし、俺は違和感に気が付いた。それは向こうが空間内の、エルゼによる干渉を拒絶した時の事。


 向こうは干渉を拒絶したが、こちらから流れる魔力は尚も空間内に流れ続けている。


 にもかかわらず、それに気が付いた様子はない。少し苛立った様子で、駒を前へと進めている。


「何だ…?…………っ」


 しかし、こちらの手勢は前に進められた向こうの駒によって次々に倒されていく。


「何でどんどん前に進めてるんだ……?」


 エルゼが何も考えていないとは思えないが、その動きは何も考えていないとしか言いようがなかった。


 こちらの駒が次々に倒されていく光景を見て、何を考えているのかが分からずにいた。


 途中までは普通に動かしていたエルゼが何を考えているのか、思考を読めばいいのかもしれないが、この数千の中から探すのはさすがに現実的でない。


 ついにこちらの眼前にまで敵が迫る。周囲には俺を逃がさないように張っている駒もある。


 そして────


「チェックメイト」


 そう向こうが宣言した瞬間、俺は信じられないものを見た。


 △▼△▼△▼△▼△


 引っ掛かりましたね。


 目の前で勝利を確信した間抜けを見て笑いました。


 この作戦が成功するかどうかは賭けのようなものでしたが、颯くんの魔力量のお陰もあって上手いこといってくれました。向こうはチェックメイトを宣言し、こちらのターン。


 普通に遊ぶようなチェスであればここで降参して向こうの勝利なのでしょうが、これは生と死を掛けたゲーム。降参などありはしないのでしょう。


 なのでこちらは動かなければなりません。ですから動くとしましょうか。


 尤も、動くのは僕以外の人ですが。


 先程まで倒れていた人を全て起き上がらせていきます。


 問題はありません。僕が魔力で保護や治癒をしていたこともあり、傷は受けていない状態です。


 もちろん、それを偽装するための認識阻害と思考誘導はフルに使わせてもらいましたが。


 起き上がった人達は、周囲で止まったままの敵の駒を斬りつけて消滅させていきます。


「んなっ………!?」


「気が付くのが遅すぎやしませんかねぇ?」


 まぁ、気付けないようにした僕が言うのもなんですが。


「何ぞした!」


 先程までの冷静さも失いましたか、哀れな王です。僕は口角を吊り上げ、状況が吞み込めていないクロームに告げます。


「ここからはローカルルールで進めさせてもらいます。盤上に残った駒は何度でも復活できるという、僕特製の特別ルールで」


 僕の干渉を遮断して安心しましたか?──残念、遮断出来たように認識しただけです。遮断なんて出来てないんですよ。


「…!」


 僕が駒を前に進めていた理由にも、今更気が付きましたか。


 焦りが隠せていませんが、焦ったところで何ができるというのか。


「言ったでしょう。あなたを狙うと」


「────ッ!!」


 僕が行ったのは空間からの脱出方法を探すことではなく、新たにこちらにとって有利なルールを追加すること。


 先に言うと、脱出やこの空間自体の乗っ取りは不可能でした。それこそ、向こうが魔力の供出を止めない限り。ですがそれはできません。なのでルールを追加してやりました。


 既にあるルールを変えることはできないみたいでしたが、それ以外のルールを加えることは出来そうでしたので。


 これがチェスの世界大会などであれば不可能ですが、所詮は魔力でチェスのルール通りにしか動けない空間を作り上げただけのこと。


 あ、分かり易く言っただけで、実際は魔力がチェスのルールを理解しているわけではありませんからね。


 例えば……初期位置がキングの者は1ターンに1マスずつしか動けない、とか。そういった条件を細かく定めて空間を作っているだけです。プログラミングの様なものですかね、よくは存じませんが。


 なので、そこを弄られてしまえばあっという間に独自ルール盛り込み放題の別ゲー、もといクソゲーへと変化します。


 もちろん悩みました。変に滅茶苦茶なルールを追加しても、向こうに利用されれば危険です。どうやらこの空間のルールは両者に適用されるようですから、慎重にならなければなりません。


 そこで目を付けたのが、盤上に残されたままの死体でした。


「魔物は死と共に消滅しますが、人間はそうではありませんからねぇ?」


 流石に彼とて、そこら辺まで捻じ曲げることはできませんよ。世界のルールですから──それを利用する形を取りました。


 追加したルールは「盤上に残された者のみ復活可能。更に、復活時に周囲10×10マス以内の敵を攻撃可能」と言うもの。


 お互いに適用されますが、実際にこのルールを使えるのはこちらだけ。普通のチェスならまずありえませんね。無茶苦茶です。


 ですが、颯くんの魔力量ならやれる。そう結論付け実行しました。


「おや?動かないのですか?動かせる駒はあなただけみたいですが」


「クッ………!」


「白黒つけようじゃありませんか。折角目の色変えてまで戦ったんですから」


 起き上がった駒を前進させ、クロームに詰め寄らせます。


 追い詰めるように着実に。彼ならよく知っているはずです。キングが1マスしか進めないことは。


 恐怖や焦り、怒りが綯交ぜになったような表情で逃げ惑うのは、とても滑稽ですね。


 …………これは颯くんの感情でしょうか。普段ならこんな甚振るような真似は好まなかったはずですが。


 まぁいいです。お互いに混ざってしまっているのでしょう。


 さて、彼はどうするのでしょうか。とは言っても、ここから彼が取れる選択肢は2つ。


 潔く負けを認めるか、この空間への魔力供出を辞めて試合を放棄するか。


 ルールはこちらで弄繰り回しましたが、この空間を維持しているのはあくまでも向こう側。であれば自分に不利なルールのこの空間をいつまでも維持し続ける理由がありません。


「なれば…!」


 魔力の供出を止めるほうを取るみたいです。まぁ、それしかありませんよね。


 ですが、この空間から逃げ出したらどうなるのかまでは頭が回っていないのでしょうか?愚かしいことです。選択肢は2つだと言いましたが、結果は1つだというのに。


 空間にひびが入るのを確認すると、僕は颯くんに意識を交代させ、その身体から抜け出しました。


 颯くんが黄金の笏を奪いたくて仕方ないのは分かってましたし。存分にやってください。


 僕の……いえ、手段を択ばなかった颯くんの勝利です。


 △▼△▼△▼△▼△


 よくわからないことの連続だったが、向こうの負けは確定したらしい。


 空間がひび割れ、崩壊していく。


「あっ、戻った」


 意識が戻ってからの俺の行動は早かった。


「──それ寄越せやッ!!」


 距離を詰めると王笏を鷲掴み、体を捻らせてクロームを蹴り飛ばす。


「スターライト・レイ!!」


 先程は油断して変な空間に引きずり込まれてしまったが、今度はそんな隙など与えない。白い光がクロームの身体を消滅させ……


「しまったぁぁぁぁっ!王冠取るの忘れてたぁっ!!」


 慌てて手を伸ばすが、一歩間に合わず完全消滅。


「あぁ……俺の……俺の王冠が……」


「颯くんのではありませんが……いいじゃないですか。それは手に入ったんですし」


 項垂れる俺に、エルゼが後ろから言った。


「まぁ、そうだけど…」


 右手に持った王笏を見る。光に翳すと、キラキラと輝いた。


「おぉ……」


 カッコよさと美しさで、思わず声が出た。


「これは……」


「知ってるの?」


 エルゼが意味ありげに呟いた。


「いえ。ただこれ、ラブハットの持っていたマントと似た類の道具です」


「マント──あぁ、あの、魔法を無効化するヤツ?」


「えぇ。魔力を使用することで、ある程度自由に空間を作り出すことができる道具です」


「強くない?」


「強いです。ないとは思いますが、悪用はしないでください」


「しないけど……どういう空間?」


「先程のようなものです。条件を定めたりすれば、その中で戦ったりもできます」


「俺有利のルールでも?」


「それは無理ですね。定めたルールは個人を指定することが出来ず、且つ両方に平等に適用されるみたいですから」


 出来ないのか。俺以外は動けない空間とか作れればめちゃつよだったのに。


 俺以外動けない空間…………………ハッ!


 俺は笏を見た。


 これ、時間停止物の動画とか撮れる可能性があったのか──!


 惜しい……惜しすぎる……!


 まぁ、出来ないと決まったわけではない。いろいろと調べてみることにしよう。


「で。お前は一体何をどうしたんだ?」


 周囲にいた人たちは既に解放され、何事もなかったかのように歩き去っていった。


 あの空間で意識があったのは俺とクロームだけなわけだし、その間の記憶というのは無いのだろう。無くて結構だし、無くなっていてよかったとも思うが。


 ただ、俺には確かに人が死んだように見えていたが──違ったのか?


「まぁ、最初に斬られた1人は確かに一度死にました。ですが、ルールを弄って復活させ、そのタイミングで治癒をしたので、実質無傷です。僕の完勝です!」


「ルールを……あぁ、この笏の効果でか」


「えぇ。それをちょっと弄って復活できるようにしたというだけです」


「でもそれってこっちにとって有利なルールじゃない?」


「いいえ。盤上に残ってさえいれば復活できるというルールですから。平等ですよ」


「え、でも…………あ、そうか。魔物が死んで消えるのは別にゲームのルールじゃないのか」


「はい。もし残っていれば復活できたのに、残念なことですねぇ」


 それが分かってたからそういう風にルールを変えたのか。


 これそんなに強くないのかな。ルールを弄られたらこうもあっさり負けてしまうのだから。そう思っていると、エルゼが俺に言った。


「颯くんの魔力が向こうよりも多かったから出来たことです。普通に使えばまず破られないと思いますよ」


「そうかな……」


 エルゼはそう言うが、俺はどうも不安であった。


 これから魔族と会ったら使ってみようかと思っていたのだが、安全策を取るのであれば、使わない方がよさそうだ。


 魔法鞄の中に笏をしまい込むと、その日はそのまま家に帰った。


 まぁ、俺はやっぱり……将棋の方が好きかな、人道的だし。

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