チェス
「魔族です!」
またか。
それが報告を聞いて、最初に出た言葉だった。
帰ってきて早々に街に現れるあたり、やはり俺のいる近くに魔族は現れるらしい。
これはあれか?俺がこの地を去れば地球は平和になりました、チャンチャン。みたいな感じで世界に日常が戻ったりするのか?
それ凄い寂しいな。でもあり得そうなのが非常に困る。
「もしそれが原因だとしたら、僕には颯くんを抹殺する任務が出されて、それで終わりだったと思いますよ?」
「そう……え?」
「そりゃ、1人に消えてもらって救われる星ならそうすると思いますよ、連中は。それこそ、僕の意志とは関係なく」
「…………」
「偽善じゃ何も救われないことくらいは理解していますよ、皆。まぁ僕は、颯くんが救われない結末だけは避けるつもりでいますけど──それも、今だから言えることですし」
「じゃあ俺が原因ではないんだな?」
「えぇ。多分」
多分て。そこはいつもみたく根拠のない自信をふりまけよ。
△▼△▼△▼△▼△
そして俺は魔族が出たというポイントへとやってきていた。
確かにいる。今まで見てきた魔族の中でもかなり敵っぽい見た目をしたやつが。
どいつもこいつも敵ではあったんだが、どうにも分かり易く敵だと言える見た目のは、こいつが初めてかもしれない。
頭の後ろまで伸びるほどに大きな襟のついた黒いスーツ、白と黒のチェック柄のマント、黒いつり目のついた白い仮面。
モノクロかよ、このカラーのご時世によ。8Kスーパーハイビジョン未対応かよ。
そして手には巨大な宝石の埋め込まれた黄金の王笏。上部には宝石を掴むワシのような装飾が。
アレ欲しい。ぶっ殺したらゲットできないかな。
頭には虹色の宝石が付いた王冠を被っている。アレも欲しい。殺してでも奪い取ろう。
決定事項がもろもろ決まったところで近付いていく。
まずは交渉だ、あの装飾品は欲しいけど、話ができるのならまずは話してみる。それで貰えなかったら仕方ない、殺す。
「やい魔族!こんな所で……なんですか?颯くん。魔力量的にもあれはかなり……」
早速喧嘩を吹っ掛けようとしたエルゼを手で控えさせつつ、俺は丁寧に話しかけた。
「おい、その冠と王笏を寄越せ。無理なら殺す」
「…………颯くん、流石にそれは、仮にも正義の味方が口走っていいセリフではないんですけど」
「俺は正義の味方なんだから。悪い奴には何をやっても正義だ」
「ダメなタイプの正義の味方になってますね」
「知らん。それで、なんとか言ったらどうなんだこの変態仮面」
そう言うと、魔族は白いお面の黒目の部分をぱちぱちと開閉させた。お面じゃなかったみたい。
そして、どこにあるのかわからない口で話し始めた。
「なんぞ?そこな者、控えよ」
「…………何て?」
言葉は発したが、何が言いたいのかよくわからなかった。
「控えよ」
もう1回言ってくれたが、正直分からんと、俺はエルゼを見た。
「会話にならないんだけど」
「……あれは多分、怒ってるんだと思います」
表情が分からないから何とも言えないが、そうなのか?
「分かるの?」
「えぇ。なんとなく…」
「じゃあ翻訳は頼む。……おい!その王笏を寄越せ!」
「この笏は、世界を旅する物にあらず」
「何て?」
「……これは我が至宝である。決して譲り渡すことはできぬ。って言いたいんだと思います」
「な、なるほど……」
分かるわけないだろ。ふざけてんのか。
「ならこれも一応聞いておくか。お前の目的は何だ?」
「戯れの忠なる星々を覧じに参れり」
「……エルゼ」
「な……何てことを……!」
「ねぇ、なんで分かるの。それとなんて言ってるの」
「チェスの駒にできそうな生物を捕まえに来たと──そう言ってます」
「へぇ、チェス……今なんとなく察しがついたけど、その生物って人間じゃないよな?」
「うむ。よきにはからえ」
「……ねぇ、普通に話せないのコイツ」
「今のは……。物分かりがよくて助かる、集めるのは任せた。と言っています」
「絶対そんなこと言ってないでしょ」
魔族を見ると、エルゼの方を見て頷いていた。それで間違ってないのだろう。
「えぇ……噓でしょ……」
「まぁ、僕は常に数千通りの思考を展開し続けていますからね。それくらいはやって見せますよ」
「……やっぱ量より質だと思うけど」
「どういう意味ですか!」
「いや、何でも」
エルゼをあしらうと、魔族に向き直る。
「宝もくれない、人に危害加える気満々。もう話すこともなさそうか?」
「宝に関してはちょっとどうかと思いますけどねぇ」
ここからはどうせいつもの流れだ。魔法を撃つなり殴る蹴るするなりして魔族を殺す。それだけだ。
「よし、殺して奪うか」
そう思っていたのだが。
「む、無礼者」
「あ、それは知ってる」
そう言って王笏を掲げた。宝石がキラキラと輝き出す。
それと同時に、周囲の光景が変化した。それも、周りにいた人達を巻き込んで。
△▼△▼△▼△▼△
「ここは…?」
首を上げて見渡すが、真っ暗闇の中だ。
ただ、自分が立っている場所とその辺りだけが、仄かに照らされていた。
「ん……?」
足元には、白と黒のタイルが敷き詰められている。なんとなく既視感がして、しかし、首を傾げた。
「チェス盤?」
「みたいですねぇ」
これはどういう状況かと聞くと、以前夜の学校に忍び込んだ際に学校が迷宮化した時のことを思い出すよう言われた。なるほど、魔力で空間自体を作り上げたのか。
「余はクローム。ケリをつけようぞ」
魔族、クロームは名乗った。検索エンジンみたいだなと思ったが、言っても伝わらなさそうなので言わなかった。
「じゃあ……」
と言って攻撃を仕掛けようとしたところで、クロームは待ったをかけた。と言うより、身体が動かなかった。
首を回す事はできるし、その場で回るくらいはできるのだが、歩いたりは出来ないらしい。なんなら魔法も使えない。魔力自体を封じられたわけではなさそうだけど。
「遊戯にて」
「あ、チェスで勝負をしようと言っています」
チェスで?と思ったが、確かに足元はチェス盤の様だし、そのための空間なのかと納得した。
しかし、その内容を聞いて顔を顰めた。
「人間が駒……?」
「生を感じられねば、死と同じ事よ」
「スリルが無いと面白くないでしょ?だそうです」
チェスのルールはあまり知らない。駒の動かし方は将棋にも似ているが、将棋とはまた違う。
周りを見ると、次々と駒代わりの人間が現れる。よく見ると、目が死んでいる。恐らく意識のない状態で駒として動くのだろう。意識があっても困るが、気分のいいものではない。
俺とクロームはそれぞれキング、こちら側は人間が駒を、向こうは駒のような形をした魔物を使うらしい。取り敢えずやってみるか。そう思った俺だったが、1つ嫌な予感がして訊いた。
「駒が倒されたらどうなる?」
「うむ」
「死ぬそうです」
うむとしか言ってないよな今の。
それにしても──死ぬ?それはルール的な話をしてるんじゃないよな?このチェスで駒が倒されたらそれがそのまま死に繋がるのか?
前にずらりと並んだポーンの手に掲げられた短剣を見る。ギラリ──と、輝いた気がした。
「エルゼ、チェスって無傷で勝てるゲームか?」
「……向こうが自滅すれば、無傷でチェックメイトにすることもできます」
「…………できるか?」
「わざわざこの形式での戦いを挑んでいる時点で──かと」
とすると、こちらが目指さなければならないのは手駒をなるべく減らさずの勝利か。
考えるだけで頭が痛い。
「でも俺チェスなんてほとんどやったことないんだけど」
「僕が指示したら……いや、ダメですね、場合によってはそれも封じられかねません──どうしましょうか」
エルゼも頭を抱えた。そこで俺は思いついた。
「…………エルゼ、お前ってヴェルザと同じ精神生命体だよな?」
「え?はい。何でいきなりそんなことを……?」
「乗っ取れ。一時的に」
「は……はぁ!?」
「そんでもって最低限の犠牲で勝利しろ」
「い、いやいやいや!危険すぎるにもほどが……」
「それと同時にこの空間を破壊する方法も解析しろ」
「んな……」
「数千の思考を同時に行ってる……だったよな?」
「言いましたけど…」
「やれ」
エルゼは苦い顔をした。
当然だろう。事情は違えど、経緯は違えど、そうして俺に従ったことで流華先輩とリラの2人と衝突することになったのだから。
しかし、今回は普通に正当だと思う。
「そういうことではありません。助けた直後の楓さんを忘れましたか?絶対に混ざるんですよ」
「例えば何が混ざるの?」
「え?それは……思考パターンだとか、力だとか……」
「じゃあいいじゃん。どっちにしろ、ここで勝てなければ混ざったとか言ってられなくなると思うけど」
そう言うと、考えるようにしてしばらく黙った。
「はぁ……分かりました。ならいいでしょう。僕もたまには本気をお見せします」
エルゼは顔を上げ、珍しくぶっきらぼうに言い放った。
目の前の人間が言っても聞かないと諦めたのだろうか、呪文を唱えると、その身体を潜り込ませていく。
俺の意識は──そこで一度途切れた。
△▼△▼△▼△▼△
「なんだここ……」
すぐに想起されたのは、以前迷い込んだ記憶の狭間。
しかし今いるのはガラスの中のような空間で、出ることはできない。
目の前に映る光景がガラス越しに見えていて、目を閉じると膨大な数の思考が流れ込んでくる。
普段なら頭が痛くなるような思考の数だが、今は何ともない。処理し切れてはいないが、1個ずつなら理解もできる。これがエルゼの思考なのか……碌なこと考えてないな、こいつ。
さっき量より質だと言ったのは、強ち間違っていなかったらしい。
まぁ、俺もよく余計なこと考えてたりするけど──あれ?もしかしてあの癖ってエルゼから魔力が流された影響だったりするのか?
前はそこまで酷くなかった気がするんだよな、頭の隅で無駄なこと考えてるアレ。
でも力を貰っただけでは混ざりようもないだろうし……あいつなんかやらかしてたりしないか?
気が付かないうちにとんでもないことになってたってのは今に始まった話じゃない──まぁ、今更気にしてもどうのしようもないようなどうでもいい部類の話だし、もしかしたら単に思考速度が速くなった影響で、余計なことを考える余裕が出来てしまっている所為かもしれないのだから、気にしても意味は無いのかもだけれど。
目の前の映像に意識を向けると、エルゼが話していた。俺の身体で別の奴が話してるのってなんか不思議な感覚だな。
「ん……?」
なんて思っていたその時、自身の身体の魔力の動きが変化したことに気が付いた。魔力が脚を伝って空間に放出されていく感覚であった。
今はエルゼの思考を覗き見ることができるからだろうか、何をしようとしているのかは分かった。
この空間がどういったものかを解析し、この空間内にいる人を解放しようとしている。それが無理なら、この空間の支配権の奪取。
解析したデータをもとにこの空間を分解、部分ごとに再構築し、こちらが自由にできる空間として作り直す気でいるらしい。
それと同時に、チェスでの勝利ルートの演算をも行っている。こちらは覗き見ようにも理解しきれないし、追いきれない。初手から王手までの計算をほんの15秒程で終わらせている。
そしてそれが数百程の思考として同時に行われ、処理されていき、時間が経つごとに、2000、3000、4000と、演算結果が溜まっていく。
敵との会話は精々、時間稼ぎ程度のモノか。
「ま、エルゼがどうするか見るしかないか」
こうしてクロームとエルゼのゲームが始まった。




