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チビッ子

 3日目の朝。


 今日1日が終われば明日の昼頃には帰ることになってる。色々あったが、それも今日でおしまいだ。


 俺は目を覚ます。まだ少し眠いが、何故か起きてしまった。


 その何故かにはすぐに気が付いた。俺の上に何か乗っている。その重みで起きたのか。


「重……」


「誰が重いのよ」


 未だ目は開かないが、声で誰かは分かった。というより、こんなことする人はもとより1人しかいないだろう。


「何……夜這い……?」


「ち、違うわよ。というか、もう朝よ」


「朝這い……」


「何よそれは。じゃなくて。昨日のこと、忘れたんじゃないでしょうね?」


 そう言って手を伸ばし、俺の両脇に突っ込んだ。そこで察した。


「え、あ、待って、すぐ止めたじゃん!それに謝ったじゃん!」


「謝罪は受け取ってないわ。返品済みよ」


「そん────」


 言い切る前に手を動かし、俺の言葉はそこで途切れた。


 一通り事を終え、疲れて息を吐く俺を見下ろしていた姉さんの顔は、これまでとは一層違った恐怖があった。


 △▼△▼△▼△▼△


「2日連続で睡眠時間が足りてない気がする…」


 アレのお陰で目は完全に覚めてしまい、2度寝という訳にもいかなくなった。


 今は顔を洗うために部屋から出たところだ。


「自業自得よ」


「俺あんなにやってないじゃん……」


「へぇ、人の身体まさぐっておいてよく言うわね」


「その言い方はやめてくれない?」


「事実でしょうが」


「なんか卑猥なことしたみたいに聞こえるからヤダ」


「実際そうでしょ。悪戯でも他の子にあんなことするんじゃないわよ」


「いや、姉さんにしかしないよ」


 俺は姉さんを見た。


「わ、私だけ……?」


「うん。だって普段の仕返しだし。他の人にする理由なんかないし」


「…………」


 そう言うと、表情が抜け落ちた姉さんに睨まれた。


 よくわからないが、怖い顔をしても俺は──俺はビビらないからな!


 顔を洗うと、台所へと歩いていく。カタコトと音が聞こえるから何か作っているのには違いない。


「お、颯。おはようさん」


 台所に入ると、なんだかシャキッとした億斗がいた。


「ランニング?」


「ん?………あぁ、いや、今日は行ってへんよ」


「じゃあなんでそんなに……あ、ありがとう」


 空いていた席に座ると、飲み物とサンドイッチを貰って礼を言った。


「いや、今日ちょっと出かけてくるからや。せやから、今日はすまん。相手できひんわ」


 そう言って手を合わせる億斗。


 別にそんな約束もしていなかったのだし、謝る必要もないのだが。


「出かけるって?」


「まぁその……誘われて」


「誰に……って、あ、まさか」


「今日は2人で出かけたいって言われたから……言わんといてな?そのために早よ起きてんから」


「言わないけど、どうせバレるでしょ」


「そうやけども。皆に見送られたりしたら流石に持たんわ」


 だったら恰好とかもう少し……と思わなくもない。今から出かけてきます感が凄いのだ。


 それにしても、昨日の今日でよく外に出る気になったな。巻き込まれたとかじゃなく思い切り狙われてたのに。


「流石にあんな化物が何匹もウロチョロしとるとは思てへんけど……まぁ気付けるわ」


 だそうだ。俺の街ではあんなのが住人面してウロチョロしてたんだけどな。


 あ、でも強い悪魔憑きとなるとちょっとレアか。そこまで強くもなかったけど、体を完全にコントロールしきれてないっていうのに助けられたのかな。


「奴は我を忘れていたからな。あんな状態では小僧には勝てまい」


 ヴェルザが出て来て言った。


「我を忘れる……それはまぁ、見れば分かったけど」


「…………言い直す。奴は我の事を忘れていた」


「そっちか──知り合いだったの?」


「くだらん付き合いだ。それより、奴がいたとなると少々面倒かもしれん」


 ヴェルザ曰く、その話をするために出てきたらしい。


「奴はよく7匹で行動していたうちの1匹だ。それがここへ来ていたとなると、他の者もいると考えていいだろうな」


「7……?」


 7という数字での組み合わせは、色んな所で目にするものだ。


 ラッキー7とも言うしな。何で7なのかは知らないが、3つ並べればいいことが起こるらしい。


「あぁ。奴は嫉妬の悪魔。名は……忘れたが」


「嫉妬……!おぉ……」


 ヴェルザのその言葉に俺は目を輝かせた。


「何故そこで楽しそうにする」


「だってそれってアレでしょ?憤怒とか傲慢とか、そういう奴でしょ!?」


 前のめりになって言うと、ヴェルザが怪訝そうにした。表情は分からないが。


「よく知っているな。会ったことがあったのか?」


「ヴェルザ。颯くんはゲームとか漫画とかで見るような存在に少し心躍っているだけです。続きを」


「……そうか、何でもいいが。奴は、完全にはその肉体を支配しきれていなかった。が、どちらにせよ時間の問題でもあった。他の6匹が奴と同程度だと侮るなよ。どうにも、お前の戦い方には緊張感がない」


「心配してくれるんだな」


「はっ。我は小僧と娘に負けたのだ。なれば、お主らが奴らのような雑魚に敗北するなどあってはならぬこと。それだけよ」


「お前よりは弱いのか?」


「まぁな。だが、我とて娘の肉体を完全に支配しきれていたわけではない。だからこそ助けられたのかもしれんが、肉体を我が物とした悪魔は、それなりに強いぞ」


「そうなんだ。人間が悪魔を支配した場合は?あの……構成員達みたく」


「その場合は本人の力量と悪魔の位階による。奴らは素が貧弱な人間でしかなく、そこに程度の低いゴミのような悪魔を無理矢理混ぜ込んだだけの出来損ないだ。それでも、普通の人間よりは強いかもしれんがな」


「姉さんは?貧弱じゃないの?強いとは思うけど」


 姉さんの場合は元がかなり強い部類ではあるが、それでも人間は人間。そこにヴェルザの力を流し込んで使っているわけだが、何が違うのだろうか。


「お主にこれを説明して意味があるのか分からんが。魔力には、適した器が求められるということだ」


「姉さんは適してたのか」


「それもあるが、我が力を与えることに同意したでもある。あの連中は装置によって弱い悪魔を無理矢理従わせ、その力を強制的に使っていたに過ぎん」


「きちんと契約が出来ているかで変わるんですよ」


 エルゼが付け加えるように言った。


「でもヴェルザって、姉さんにギッタギタにされて契約したんだよな?それって無理矢理じゃないの?」


「それでも契約は契約。同意した以上、無理矢理抑え付けられ力を引き出されているのとはワケが違う」


「過程は関係ないんですよ。力を使わせることに同意したかどうかなので」


「尤も、娘が心身ともに強靭な人間であったこと、そして我の位階が高かったこと、そういった要因が噛みあったのは大きいがな」


「心が強いぃ…?ちょっとしたことですーぐ首絞めたり叩いたりしてくる我慢の効かない人の心が?」


 心身ともに強靭というヴェルザの言葉に、俺は疑問を呈した。狂人だというのなら納得だが。


「まぁ、なんだ。誰にでも隙はあるということだ」


 ヴェルザは後退りしながら言う。


「でもほら、今だってこうして俺の身体が持ち上がって……ごめん姉さん、いるの忘れてた」


 △▼△▼△▼△▼△


 億斗と千寛は皆が本格的に起きてくる前に出かけて行った。


 何人かはそれを知っていたが、わざわざ言いふらすような真似はしない。


 俺も何も言わない。


 見守っておいた方がいいかなとも思ったが、俺が近付かなければ何も起こらないだろうと、今日は家にいることにした。


 今は大広間で寝そべっていた。ゴロゴロするのは大事だ。何事も、心を休めなくてはやっていけない。


 人という生物は、苦労だとか心労だとかいうものと、切っても切り離せない、仲良しこよしな関係にある。しかし、それを切り離すことこそ出来なくとも、それを無かったことにすることができない訳でもない。


 眠ったり、食事をしたり、お風呂に入ったり、一人になったり、時には誰かと触れ合ったり、音楽を聴いたり、読書をしたり、弱い魔物を嬲り殺しにしたり、海に魔法をぶっ放して巨大な水柱を上げてみたり──最後らへんのは俺くらいのモノだろうが、色々あるのだ。今列挙したものだって、俺はこうしてみたりするというだけの話でしかなくて、他の人には他の人の、人それぞれのフィーリングのヒーリングがあるのだろう。


 そしてそれは、その時々によっても違ってくる。今日は音楽を聴こうという日もあれば、こうしてゴロゴロしたいと思う日もあって、それこそフィーリングなのだ。心の問題なのだから、心が思うようにするのが一番なのだ。


 だからチビ共、俺の背中に乗るんじゃない。


 莉子姉さんは申し訳なさそうにしているが、だったら早いところ引き剥がしてもらえないだろうか。


「あそべー!」


「あそべー!」


 拓海は姉である希海のマネをするように同じことを言う。


 まぁ、莉子姉さんは下の子の面倒も見ないといけないのだし、あまり見てやれないのかもしれない。


 仕方がない。


 俺は2人を落とさぬよう四つん這いになると、庭に向かって進んでいく。流石に振り落としたりはできない。


「とつげき―!」


「とつげきー!」


 揺れるな揺れるな、落ちるから。


「落ちるなよー」


「はーい!」


「はーい!」


 そう言うと、元気に返事をして俺の背に掴まった。


 素直なのはいい。素直じゃないというか、少々態度というか振る舞いというか、それが親の教育故かは知らないが、問題のありそうな子供を少し前に世話しているからか、そう思う。


 希海は肩に手を置きそこに座る。拓海はそのすぐ後ろ、腰の少し上の辺りに座っている。


 そうして進もうとしたとき、俺は腰に受けた重みで崩れ落ちた。


「うおっ!」


 畳の上にうつ伏せになった。さっきまでの状態に逆戻りだ。


「あっはは!」


「あははは!」


「…………」


 2人は楽しそうにしているが、原因ともいえる人物は無言だ。


 そっちは見たくない。見たくはないが、顔を向けてしまった。恐ろしい顔で見下ろしていた。


「いきなり乗られたらああなるに決まってるっていうか……」


「…………」


 うわぁ、滅茶苦茶怒ってる……


「体格から何から全部違うんだからそこ考えて欲しいというか……」


「…………」


 体重という言葉は避けたが、言っているようなものだろう。表情がさらに険しくなっていく。


「いや、姉さんが乗ることを前提に構えてれば乗せれるよ?乗せれるけどさ」


「…………」


 何も言わないから何を言えばいいのかわからない。2人は姉さんの気迫に気圧されたのか、俺の背からは降りている。無言で、2人仲良く並んでプルプルと震えていた。


 泣かないのは偉いぞー。


「いきなり飛び乗られたら重みで崩──あ」


 そう言った途端、俺の首は掴まれ、そのまま野良猫のように連れて行かれる。


 行先は庭。


 外履きを履かせることもなく俺を外に出すと、全身を使って俺の身をぐるぐると回し始めた。


「おぉー!」


「おぉー!」


 気になって付いてきた2人が楽しそうにこちらを見ている。助けて欲しいだなんて無茶苦茶な事は言わないが、見世物じゃぁないんだ。


「ねぇ、ちょっと、姉さん?ねぇ、やめっ──」


「──ラァッ!」


 それなりに回転が加わると、勢いを利用して俺を上空へと投げ飛ばした。


 まぁ、これくらいなら別に怪我もしないからいいんだけど。


 2階の屋根が見えたくらいで、俺の身体は落下し始め、庭に対して垂直に突き刺さった。


「ふおぉーー!」


「ふおぉーー!」


「姉さん、あの子たちが真似するから…」


 俺は地面に突き刺さった顔を上げて姉さんに抗議した。結構深い穴が開いた。


「真似できないし、させないわよ」


 2人の方を少し見てから言った。


「メッチャやりたそうにしてるけど」


「…………軽く持ち上げてジャンプしてれば満足するでしょ」


 姉さんは縁側でこちらを見ていた2人に声を掛けると、先に手を挙げた希海を持ち上げた。


 頭の上まで持ち上げると、辺りを見回し、周囲に何もないことを確認してから軽く跳んだ。


 3メートルくらいかな?人の域は超えているが、ホントに軽い。


「やってー!」


 いつの間にか庭に出てきていた拓海が、希海の方を指差して自分もと言う。


 同じようにして持ち上げると、姉さんと同じだけ跳んでみる。


「ヒャッハー!」


 なんか世紀末感のある叫び声だが、楽しそうならそれでいい──いいのかな?


「もっとー!」


「たかくー!」


 しかし、この2人はまだ満足していないらしく、もっと高く跳べと、俺達にねだった。


 先程俺が天高く飛んでいくのを見たからだろう、姉さんを見ると少し気まずそうにしていたが、顔を見合わせて構える。


 1回だけならいいか、と。


「舌噛むなよ?」


「ん!」


 俺が言うと分かり易く口を閉じた。やはり素直でよろしい。


「んーーー!!」


 10メートルくらい跳んでやると、口を閉じたまま手を思いきり広げた。


 シュタっと着地すると、横──というより、横で飛んでいたはずの人を見て啞然とした。


「どんだけ跳んでんの…!」


 姉さんは30メートルくらい上にいた。


「あれ大丈夫か?」


 横で見ていたエルゼに聞いた。よく分からない顔をしていた。


「さぁ……ただ、着地の衝撃がフルに伝われば恐らくただでは済まないかと」


「は?」


「その辺を考えていないとも思いませんし、何かしら対策はしているかとも思いますけど……」


 今も2人は落ちてきている。


「…………ねぇ、あれ止める方法ってある?」


「ないです」


「そう…………南無────」


「やめてくださいよ縁起でもない!」


 ただ、そんな俺の心配をよそに、2人はゆっくりと降りてきた。


「何してるのよ、手なんか合わせて」


 そう言われ、合わせていた手を離した。


「いや、そのまま勢いよく落ちてきたら大変なことになるかなって」


「分かってるわよそんなこと。だからゆっくり降りて来たんじゃない」


 馬鹿にしたような目で見られた。ムカつく。


「すごい……!」


「すごい………!」


 2人は姉さんの周りをクルクルと回りながら賞賛していた。


 当人は満更でもなさそうに額の横を掻いていた。


 ただアレだな。とにかく危ない。人に見られたら大騒ぎという問題もあるし、加減をミスれば簡単に死にかねない。


 今回はあまり周りに人がいる環境じゃなかったし、姉さんもちゃんと考えていたみたいだが。


 俺もいつかこうして自分の子供と遊んだりするのだろうか。その時はちゃんと人間として相手しなければ。


「……俺子供作って大丈夫なのかな」


「心配も理解できますけど、契約してない人間には魔力は流れませんよ」


 俺の呟いた言葉に、エルゼが答えた。


「なんだ…良かった」


「ただ……人より強靭な身体になったりはするかもしれません」


 無言でエルゼの方を見た。


 すでに俺の肉体が取り返しのつかないことになっているのは知っていたが、子孫にまで及ぶのか。


 いくら何でも任務のために人の人生破壊しすぎじゃないか……?


「でもちゃんと人間ですよ。2世代くらいしか続きませんし」


「長くない…?」


「そうですかねぇ?まぁでも、その子供に再び精霊が契約することになれば……いや、やめておきましょう」


「待て、ちゃんと言え」


 話を終えようとしたエルゼを掴んだ。こいつ、大事なこと言わなかったりするから。


「えぇと、流石に2世代に渡って魔力が流れたりすれば……それが生物として固定される可能性もあります……前例がないのでわかりませんが」


「……マジで?」


「いや、でも、それこそ条件が揃わないとそんなこと起こり得ませんよ?」


「それはアレか?まず相手いねぇーだろギャハハ!みたいなことが言いたいのか?──殺すぞ」


「言ってませんよそんなこと……いや、考えても見てくださいよ。2世代にわたって契約することになるってことは、颯くんが子供を設けて尚任務が終わってないってことですよ?その上、追加の特務救世士が派遣されて、それが都合よく颯くんの子供に目を付けるってことですよ?あり得ますか?」


 エルゼは縷々説明していく。


 しかし、あり得ないことなら普段から沢山起きている、これまでに散々起きている。


 今更その程度の事をあり得ないことだなどと言われても、信用ならないのだ。


 生憎と、俺は自分の人生をあまり信用していない──これは悪い意味ではなく、しかし良い意味でもなく、人生は何が起こるか分からないという意味で、だけどそれは自分にとって都合よく進むものではないのだろうなという意味で──俺は自分を、自分の人生を、信用できていない。


 そんな俺が出した答えなのだから、やはりそういうものなのだ。


「あり得る」


「えぇ……あり得ますかねぇ……」


「今の俺が既に、十分過ぎる程にあり得ないんだよ」


「確かに──そういう意味では何があり得ても不思議じゃありませんね」


 そんな風にして、その後もチビ共と遊んだ。


 束の間の、現実逃避であった。

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