フラグ
店から出た俺たちは、今度はあてもなく歩き始めた。
あてもなくとは言っても、色々見て回りながら、何か美味しそうなものを見つけたら寄っていこうというものであったのだが、取り敢えずはどこか特定の場所を目指すというワケでもなく、風の吹くまま気の向くままに歩いて行こうという事で、決定が下された。
勿論、その決定を下したのが誰かなど、言うまでもないのだろう。
「腹ごなしにちょっと間ぶらぶら歩いて、それからやな」
「そうね……にしても、あついわね」
「そう?さっきよりは結構涼しいよ」
「違うわよ。前の2人」
姉さんはそう言って、真っ直ぐと前を指差した。
今度は俺達が後ろを歩いていたので、その前方には自ずとあの2人がいることになる。
「あぁ…熱いってそっち?」
暑いじゃなくて、お熱いの方か。
でも可哀想なことに、億斗にその気はないんだよな。
──いや、でも待てよ?
あんなに楽しそうにできてるんだ、もしかしたらアイツもアイツでちょっとずつ意識してたりとか──無いよなぁ。
昨日の今日でそんな思考回路になる方がおかしいというもの。
まぁでも、俺はもうあれをどうするつもりもないし、人間の感情など、どうにかできるとも思っていない。俺はそこまで傲慢なつもりはないのだ。
仲直りに関してはどうにかできることもあったワケで、だからこそああして色々やってもみたが、根っこの部分にまで手を加えることはできない。
それに、軌道修正できるタイミングは完全に逃した。ここまで来れば後はもう、なるようになれと、天にでも祈りを捧げるほかない。神なんて奴はいないのだろうが。
ただやはり、不安はある。仮にも2人は親族だ──俺もそうだけど。
だから、千寛がどれだけ願っても叶わない事もあると思うし、億斗がそれを承諾したところで、必ずしも祝福されるわけではないのだろう。
「姉さんは、再従兄妹同士でも上手くいけばそれでいいって、思う?」
俺は訊いた。姉さんは、斜め上を見て言った。
「いいんじゃない?私の事じゃないし。ほぼ他人だし」
「他人事なのは俺もそうだけど」
「けど、こうやって首突っ込んだ以上、私はあの2人の味方をするだけよ」
「現状はどうなるか分からないけどね」
「それでも、味方がいないのは怖いから」
姉さんは前を歩く2人を見つめて言った。
どんな結果であれ、変に拗れなければいいのだけれど。
時に。
人は他人から好意を向けられた際、いくつかの反応を見せる。喜んだり、好かれた相手を同じ様に好いたり、そもそも興味が無かったり、嫌悪感を抱いたり。
俺は2番目だ。自分や、自分の所属するコミュニティに好意的な反応を示す人は好きだ。そういう人というのは、俺でなくとも多いだろう。
自分の好きなアイドルだとかを自分も好きだと言う人には──同担拒否でもなければだが、大抵は好意的な反応を示すだろうし、日本の食べ物だとか文化だとか、そういったものが好きだという外国人にも同じ様にしたりする。
そういった意味で、人と言うのは鏡だ。
与えたモノが返ってくる、映したものが映る──そういう意味で。
しかし、そうでない人だっている。
先に上げたのは、どちらかと言うと”好き”の中でも英語でいうところのライクとかに属する”好き”だ。
それは決して、恋愛感情などではない。
そして、人は恋愛感情を他人から向けられたとき、嫌悪を示すことが多々ある。見ず知らずの相手なら当然──当然とも言い切れはしないが、見知った相手でさえそうなってしまう事というのはあるのだ。
億斗がどういうタイプなのかは分からない。
分からないから怖い。
分かっていたところで、実際そうなった時にどう転ぶのかなんてわからないのだけど、基準があるかないかでは大きく違うだろう。
先程の会話から察するに、アイツに恋人やそれらしい相手がいたとは思えない。が、もし億斗がそういう風に考えてしまうと、確実に取り返しがつかなくなる。
これまでは「顔を合わせるたびにアレコレ突っかかってきて嫌い!」という程度の嫌悪でしかなかったものが、「自分に恋愛感情を向けてくるのはちょっと……」という嫌悪に変わってしまいかねない。
生理的に無理という言葉は、ただ嫌いと言われるよりよっぽど効く。
「そうなるとマズいな……」
ここまで考えて、やっと姉さん達が頭を抱えていた理由が分かった気がした。
ただでさえ再従兄妹という、繋がりこそあれ、その繋がりの薄い、身内でもほぼ他人のような関係だ。
だからこそ結婚でも何でもできてしまうわけだが、それが原因で会うことさえ叶わなくなってしまった時、千寛は果たして立ち直れるのだろうか。
「ま、今考えても解決しないし、いっか」
いや、全然良くない、良くは無いが、考えを放棄し、唯香さんに話しかけた。
「ねぇねぇ。食べたいモノがあるんだけど」
クイクイと袖を引くと、こちらを見た。
「何食べるん?」
「今川──」
「御座候や」
「姉弟だなぁ……まぁどっちでもいいけど、それ食べたい」
億斗と同じ反応を見せた唯香さんに少し笑った。
「んー……それやったら……こっち行こか」
唯香さんは辺りを少し見回すと、億斗たちに声を掛け、道を変えて歩き出した。
どうやらどこか知っている場所があるらしい。
何故か我先にと先導する億斗の後に付いて行くと、1つのお店が目に入った。
店内に入ることはできないが、ガラス越しに焼いている光景を見ることができるようになっている。
たい焼きのお店とかもだいたいこうだよな。
と、ガラスに張り付いたエルゼを見ながら思った。
「…………」
やっぱり現代だな。
カウンターの下に並んだメニューには、多種多様な味が。
定番というか、そもそもは普通に小豆餡なのだろうが、白餡とかうぐいす餡とか、カスタードとか抹茶クリームとかチョコレートとか……色々あった。
ま、そんなもんだよね、異文化融合って。
俺は伝統や文化は浪漫があったりして好きだが、何も外部との接触をするなとか、少しも形を変えてはだめだとか、そういう風には思わない。
それに、生まれたその時からそのままの形で残っているモノなんていうのは、そうそう存在しないと思うし。
元あるものを出来るだけ壊さず、改良できるのならそうしてみたり、そこに新たに付け加えていったり──そういう進化の仕方なら、上手いことできる気がするんだ。
これで言うのであれば、メニューから小豆餡だけは消さないでおくとか。その上でカレー味を追加するというのなら、それは自由だろうと思う。
「俺これにする。姉さんは?」
小豆餡の文字を指差して言った。
「んー、私は……抹茶のにするわ。颯から半分貰うけど」
「…………ねぇ、交換だよね?」
「当たり前でしょ。そこまでがめつくないわよ」
「あ!僕はこれがいいです!うぐいす餡というのは食べたことがありません!」
「あー、はいはい」
エルゼも当然のように選んでいる。そもそもこいつが行きたいと言ったのだから、それはいいのだけれど、こいつ、俺に働いた分の給料とか一銭も渡さないくせに食うもんは食うんだよな。
まぁ生憎と、ロマンス怪人から貰った金や、以前友好の証として貰ったアレコレがあるから今はまだ余裕があるが、そのうち全額書面にしてフューリタン星とやらに送りつけたい。
フューリタン星の住人が果たして俺の消費させられた金銭の支払いができるのかどうかは別として、金塊でも貰えるのなら回収したい。
無理だとか言いやがったら突貫かまして滅茶苦茶にしてやる。
刺激のない生活をしているらしいしな、最高の刺激と死撃をお見舞いしてやる。
「ふふふ」
「は、颯くん?」
「ん?」
「流石に勝てないと思いますよ?」
漏れていたか。
億斗達がどれにするか選び終えたのを見て、俺はカウンターに向かい、それぞれ注文していった。
「はーい、お待ちどうさまぁ~」
接客をしていた女性からそれぞれ紙袋を受け取る。
味ごとに紙袋の色が異なるのは分かり易くてありがたい。そうでないと、食べるまでどれが誰のか分からなくなるところだったからな。
「あれ?1個多ない?」
億斗は俺が受け取った紙袋を数え、疑問に思ったらしい。
「これは俺と姉さんのだから。はいこれ」
「そうなん?ありがと」
あまり追及されてボロが出てもいけないと、紙袋を押し付けた。
振り返って隠すようにしながらうぐいす餡のそれをエルゼに手渡すと、俺は自分のを半分千切った。
「はい」
「ん……はい」
姉さんはそれを一度受け取ると、自分のを千切り俺に手渡した。
緑!白!紫!
断面はそんな感じで、これぞ和という色合いである。緑色のは抹茶のクリームで、白いのはホイップクリーム、紫色のが餡子となると──なるほど、組み合わせとしては完璧な布陣だ。
「んむ……ん!」
先にそちらを一齧りすると、生地、餡、そして2種のクリームのそれぞれ違った甘みが、先程の出汁で染まった口内を一瞬にして塗り替えた。
餡子は粒餡らしい。漉し餡ほどの滑らかさはないが、食感が感じられてよい。
「………んむ」
今度は小豆餡の方を齧った──こちらは漉し餡だ。
何故漉し餡にしたのか、別に俺はどっちだってよかったのだが、俺のを半分食べる事を前提にしていた姉さんが漉し餡にしなさいと言ったからだ。
実に中身のない話だ。いや、漉し餡は入ってるのか──くだらない。
しかし美味しい。粒餡のような食感はないが、その分滑らかな舌触りで食べやすい。
先程のが甘々だったこともあり、こちらはかなり控えめに感じられる。
「素朴な感じ?」
俺は和菓子とかの方が結構好きだったりする。
洋菓子も好きなのだが、母さんが定期的に仏壇に供えている和菓子をよく食べているので、その影響だろう。
主張しすぎない甘さと言うのは、どこか安心感がある。
すぐ近くの店にアイスコーヒーが売られていたので、それを買ってきては流し入れていく。
甘くなった口がその苦味に変わっていくと、そしてそこでまた一齧り。
口内がリセットされると甘さをより感じやすい。
そうして交互に食べてはアイスコーヒーを飲んでいく、そんなひと時を堪能した。
「颯君あれやな……食べてる時むっちゃコロコロ表情変わるな…」
「やっぱりそうよね」
「いや、楓ちゃんもそんな感じやったけど」
「え……私も……?」
そんな会話が横から聞こえた。
俺はその2つを食べ終えると、こっそりもう幾つかを追加で注文し、それを魔法鞄に入れた。出来立ての状態で突っ込んだので、これでいつでもホカホカのが食べられる。
「よし!」
俺たちは次へと向かった。
△▼△▼△▼△▼△
「平和ですねぇ……」
歩いていると、エルゼが言った。
「やめろそれ。そういうこと言うとどっかで出て来るから」
「た、確かに……」
最近その手の発言が完全にフラグになってるから。
なんなら頭の隅でちょっと思っただけでもトリガーになってたりするから。ほぼ呪いだよこんなの。
それでも、出てきませんように~なんて祈りながら歩く。
尤も、今祈ってる相手が誰なのかは分からない。どの神に祈ればその願いを叶えてくれるのだろうか。あぁ、この世界にはいないんだったか。
俺は辺りを見回し、耳を澄ます。
「…………」
よし、大丈夫。何もいないし、何も聞こえない。
なんて安心してしまったからだろう、案の定というべくか、そいつは出てきてしまった。
「も~出てきちゃったよ。どうすんのアレ」
「えぇ?僕の所為ですか?…………どうするも何も、倒すしかないと思いますけど」
前方に目を凝らす。
「ん……何だ?」
違和感を覚えて呟くと、ヴェルザが出て来て言った。
「小僧、アレは悪魔憑きだ」
「え。マジ?」
「噓など吐いて何になる」
「そうだよな……」
「それもアレはそれなりに高位の悪魔だ。我程ではないにしてもな」
「例の構成員共よりも上?」
俺は少しの興味本位からそう尋ねてみると、呆れたように、吐き捨てるように、
「あんな者共とでは比較にもならん」
と、言ったのだった。
確かに、オーラ的なモノが違う。人のように見えなくもないが、緑色の炎を身に纏って歩いていた。
「攻撃し始めたし、魔族じゃないなら話聞く必要もないか」
姉さんを見ると、俺がやろうとしていることを察したようで、こくりと頷いた。
俺がいなくなったのを誤魔化すのと、周囲の人をできる限り護るというのは、姉さんに任せてしまっていいだろう。
第一はこの3人を護ることだが、姉さんなら何とかしてくれるだろう。
なので、そちらは任せてちゃちゃっとやってしまおう。
そう思い、俺は飛び上がった。