各個撃破
空中を飛び回りながら魔法の撃ち合いをする颯とギドラス。
戦いが始まってから既に数分が経過していたが、戦況は両者拮抗──
「クソがッ!」
──否、手数の面で彼が苦戦していた。
魔法の詠唱を行なっていくが、如何せん呪文が長い事もあり、素早くは放てないでいる。
それに対してギドラスは3つの口で効率よく魔法を放ってくる。それも向こうは呪文が短く、相殺するだけで手一杯なのは開始早々感じていた。
「コイツちゃんと戦えるんじゃねぇか!何がお喋り魔族だッ!」
「颯くん!魔法が無理なら武器も試してみてください!」
武器。そういえば最初に使って以来だったか。
肝心なところでガス欠を起こして以降どこか信用することが出来ず使用を控えていたのだが、こういう時に試してみるのがちょうどいいのかもしれない。
そう考えてステッキを握り直し、叫ぶ。
「天羽々斬!」
「またよくわからない武器を!」
エルゼはまた文句を言うが、関係ない。既にそれについても、話はついてるはずなのだから。
武器形態を使うことは無かったが、暇な時間にちょこちょこと伝説状の武器だとかについては調べていたのだ。
その中の1つがこの天羽々斬。八岐大蛇を倒すのに使われた剣だと言うのだからきっと強いに違いない、十中八九そうに決まってる。
まぁ、実際有名なのはその八岐大蛇の尾から出てきた草薙剣の方で、調べるまで全然知らなかった。
というか草薙剣で八岐大蛇を倒したのだとさえ勘違いしていた。考えてみればドロップ品でそのボスを倒しました。なんて、周回可能なソシャゲのボスじゃないのだから、あり得ないことなどすぐに解るはずだったのに。
それはさておき。俺は柄を握りしめ、その輝く白羽を眺めていて、そこで初めて気が付いた。
「…アレ?コレどうやって使うんだ?」
使い方が分からない。剣だから振って切りつけるのだろうけど、こっちが求めているのはそういうのではない。
「ほらぁ!だからあの台本の中にあるやつの方がいいんですよ!あっちは振り回せばなんとかなる使いやすい武器が揃ってたんですから!」
そんなこと言われても。あんなガキの玩具みたいな見た目の武器で戦いたくないし。
「だぁーっ!取り敢えず魔力込めればなんとかなるだろ!いや、なんとかなれ!」
俺は聞かなかったことにし、刀身に魔力を込めていくと、キラキラと紅く輝き始めた。
「おぉ…!」
そしてそのまま横薙ぎに振り抜くと、紅い斬撃となって飛んでいき、ギドラスに命中した。
「ぬおぉっ……!いやはや、少年も絶大な魔力の持ち主ですね…コレほどの痛みを感じるのは久しいものですよ」
「クッ、言うておる場合か阿呆め!早く無力化するぞ!」
「痛い…あ、でもコレはちょっと気持ちいいかもしれない…コレが新感覚…!」
またごちゃごちゃ言ってるらしいが、流石にこの距離では聞こえない。
俺は気にすることを止め、刀に魔力を込めてはひたすらにそれを振り回し続ける。
「にしてもコレ強いな」
魔法の方が破壊力は高いのだろうが、呪文関係なく連発できるというのは扱いやすい。
もしかして魔力込めて飛ばすだけなら木の枝とかでも代用できるんじゃ……いや、流石に枝じゃ魔力に耐えられないか。
「颯くん!右方向に放ってください!……次は正面から45度上です!」
1発目を見た後は、エルゼが教えてくれる方向に向かって放っていくだけの作業になっていた。
「少年の力も凄まじいですが…あの精霊の演算能力、少々危険すぎますね」
「だから早く無力化すべきだったと言っておろうが!」
「最初は痛いが気持ちいいに変わったかなとか思ってたけど…コレやっぱ痛いね…」
よしよし、効いていそうだ。と、相手の反応を見て感じる。
「なら、畳み掛ける!」
「炎熱光線!!」
「冷凍光線!!」
「電撃光線!!」
3つの首からこちら目がけて魔法が放たれるが、横薙ぎに放たれた魔力はそれを打ち砕き、その勢いを落とすことなく突き進んでいく。
「「「グヌワアアアアッッ!!!」」」
「そこは3人揃って言うんだ…」
ただ実際、効いてはいるのだろうけど全然倒せそうな感じがしない。アイツの耐久力の問題か?
もしそうなら俺の魔力かアイツか、どちらが先に力尽きるかの我慢比べでしかない。現時点で俺にどれだけの魔力があるのかは分からないが、ずっと続ければいつかは切れる。
何時間もかかる様な耐久プレイなんてやっていられないのだ。
「ならッ!」
次は斬撃ではなく普通に斬り付けてみることにする。物理攻撃で死ぬとも思ってはいないが、効かない事はないだろう。
「グフッ、少年もなかなか容赦がないですね…」
「弱音を吐く前に魔法を放たんかこの愚か者が!」
「グロいのは無理です!よくないと思います!」
血の1滴すら出てはいないようだが、コイツらほんとにどうやって生きてるんだ。
もう既に戦い始めてから30分近く経過している。最初の魔法の撃ち合いに比べればこちらが有利な状況ではあるが、なかなか先に進まない。放たれた魔法に対して斬撃を放ち、ついでにダメージを与えていく。
これの繰り返しだ。
どうしたものかと手をこまねいていると。
「颯くん!やっと解析し終わりました!奴の弱点について!」
そんな叫び声が空に響いた。
「指示しながら弱点とか解析できたのか」
「えぇ!演算能力には自信がありますから」
敵の攻撃を予測したり必要な攻撃を指示したりしながら敵の情報も集めていたと言うのだからそこは素直にすごいと思う。
「で!?どうすればいい?」
「奴の弱点は頭です!3つの思考を個別に行っているわけですから、頭を1つでも潰せばその能力は格段に落ちるはずです!」
「頭…?」
「はい!頭でした!意外でしたねぇ」
頭って確か最初に除外したような……だって、ねぇ?そんまんま過ぎるし?
意外でしたねぇ。とか言っているが、いったいどこが意外なのだろうか。意外性のカケラもないから初めに外した俺の判断が間違っていたとでもいうのだろうか。
ただ、何故候補から外したのかが分からない。意外性のカケラもないとは言っても、それを試そうともしなかったというのは少々疑問である。普段ならダメでもともと取り敢えず1回くらいは試してもみるような気がするのだが。
他の事はいろいろと試していたというのに、それだけを試さなかったというのは……
……いや、もういいや。多分気のせいだ。
「──やっぱり、そうだと思って…たっ!」
天羽々斬に魔力を込め直す。
そして今度は横薙ぎではなく真っ直ぐと、銃から弾を打ち出すように魔力を放つことで一直線にギドラスの頭を狙う。
もちろん狙うのは左の頭。是が非でも、コイツを最初に黙らせたい。
流石に一撃では潰れなかったが、数十発叩き込むと性癖開示の首が消し飛んだ。
「ほぅ…なかなかやるようですが。時に少年、何故私の首が3つあったか…分かりますかな?」
「ハッ、それが分かっておればこんな戦い方はせんだろうな」
ギドラスは1つ首を落とされたというのにも関わらず、焦る様子もなく問いかけてくる。
「…何?」
「それは過ぎたる力を効率的に扱うため、必要十分な量の力を複数扱うため。そのためにこのような姿をしているのだと、私は思います」
「ケッ、言いたいことも端的に言えんのか。要は小僧、貴様と精霊の判断ミスだと言うておる」
「エルゼ?」
「あぁ……なるほど……っ、やらかしたかもしれません。……いや、別にさっきの僕の解析は間違ってはいませんでした!ただ…!」
「そう、魔力の出量。貴方は大方、先程までの魔法が我々の最大出力だという前提で私を見定めたのでしょうが…失敗でしたね」
「自身の能力や才に胡坐をかくから、ありとあらゆる可能性に目を配れんのだ」
「クッ……すみません颯くん。多分あの敵強くなっちゃいました」
「強くなっちゃいました。じゃないんだけど…面倒臭ぇ…」
「勝てぬ見込みのない相手にどう打ち勝つか。それを考えるのもまた一興ですね」
「ハッ、やることは互いに変わらんだろうが」
「ま、この剣は首落とすのには持って来いの代物だし…なぁっ!!」
先程と同じく魔力を打ち出していく……がこちらの火力が足りなくなったのか、ギドラスの魔法に相殺されてしまった。
どうせなら同時に倒すのがいいのだろうが、ここまできたら首をもう1つ消して、その上で魔法で仕留めきる方が楽なんじゃないだろうか。
まぁしかし、兎にも角にも首を落とせなければ話は進まない。
「「双極魔光線!!」」
2つになった途端火力だけじゃなく戦い方も変えてきた。
手数が抑えられた分、広範囲に2つの首の力を合わせた高威力の魔法攻撃。しかし先の波状攻撃よりも対処は楽だと思える。
「相殺される…けど!!今度は手数が足りてねぇ!!吹き飛べぇっ!!」
剣先から放たれた紅い魔力はギドラスの魔法を相殺し、畳みかけるように放ったそれは右の首目掛けて飛んでいく。
連続して命中すると、ボロボロと崩れるように般若の首が消えていく。紙袋の首を落とした時よりも魔力の出が早かったような気がして、少し不思議に感じた。
「な、なるほど。少年は2択の内、そちらを選びましたか。ですがそれがどのような意味を持つのか…分かりますね?」
「もう流石に分かるよ。最終段階だろ?」
俺は刀をステッキに戻す。もうこの時点で俺は確信していた。
「よくできました。では、ここからは死ぬ気でかかって――」
それでも奴の矜持がそうさせるのか、俺を褒め讃えるように拍手をし、不敵な笑みを見せた。
しかし、だ。
「瞬き轟く紫電の光よ!落ちろ!ライトニング!」
向こうが魔力出量最大で来るならこちらも同じことをすればいいだけのこと。いつの間にか回復していた分も合わせ、ありったけの魔力をこの一撃に込めた。
紫色に輝く稲妻が命中したギドラスはゆらゆらと落ちていき、そのまま消滅した。
「エルゼ、俺が言いたいことわかるよな?」
「いや、まぁ、その…今回も無事倒せてよかったで──ぶびゃっ!やっ、やめてください!説明しますから!」
戦いが終わった後、ギドラスの完全な消滅を確認すると、先の解析ミスに対してエルゼを問い詰めていた。勿論、翅の根っこを引っ掴みながらである。
「あの後もずっと解析していて、ミスの原因も分かったんです。結論から言いますと、左の紙袋のせいだったんです」
「あぁ、あのアホそうな奴な」
「アレは、言うなれば不調のギドラス。声を聴いた者の調子を崩させるのが能力だったみたいで」
アレを倒す前と倒した後で魔力の扱い易さが変わっていたような、そんな気がしていたのを思い出した。
「はぁ……つまり、俺とお前はその能力にまんまとしてやられたと?」
「あ、いえいえ、声を聴いた者が対象なので、向こうも不調にかかってたみたいです」
「は?馬鹿なの?」
「それでもあの魔力でしたから…まぁなんとも」
「まぁそうか」
自分は弱体化されても強い。なら相手も一緒に弱体化させてしまえばいいのではないか。という事か。弱くなるのは実質相手だけという事に……はならないよな。何がしたかったんだ。
とは言っても過ぎてしまった事だ。合理的とは思えないが、それで納得するしかない。
「それで、途中魔力出量がなんとか言ってたのはどういうことだ?」
「それがですねぇ、そこにも解析ミスを助長した”常識”みたいなものがありまして」
エルゼの様に魔法を使うことが当たり前の存在にはある常識があった。
それは簡単なことで、一度に放出できる魔力量にはそれぞれ限界があること。
人間だってそうである。
「本気を出す」とか「全力を出す」とか言うが、実際持ちうるすべての力を使える人間など存在せず、どこかで力には制限がかかっていて、その中で出せる最大を本気や全力と言っているだけに過ぎない。
魔力も同じことで、魔力量がいくら多くともそれを一度に放出することなど出来はしないのだ。
ギドラスが最初からその最大量の魔力、つまりは全力を出していることはエルゼも把握していた。だからこそ、それがギドラスの全力、あるいは限界だと考えたらしい。
だが実際ギドラスは──例えるのなら、100ある魔力を3つの首で3分割して使っていたようなもので、それぞれ本来の33%が全力に、首が1つ減った後は50%が全力に、こっちは力を見る前に倒してしまったが、首を2つ潰した最終形態で初めて100%の力を出せるようになっていたのだという。
だがエルゼは首が減ったらその33%が丸ごと減ると結論を出した。だがしかしこれは不調に陥っていたとか、そう言うことを抜きにしたって仕方のないことであったらしい。
人間だって、左腕がなくなったところで残った右腕が本来の2倍の力を出せるようになるわけじゃないワケで、そういった常識が邪魔をしたことになる。自身が持っていた常識から外れた例外のような存在だったとなるとあまり責められない。俺もここ数日でそういう思いをしているから。
ただ。
「…俺もさっき、いつもの5倍くらいの魔力を叩き込めたけど?」
最後の、あるいは最期の一撃は、普段よりも大量の魔力を注ぎ込んで放ったつもりだった。アレは違ったのだろうかと、俺は気になって訊いた。
「颯くんの場合は…まだ出せる限りの全力を出したことはありません。慣れてきたこともあり普段よりも強い力が出せただけかと」
しかし、エルゼはそれが何でもないことであるかのように答えた。
まだ上があるのかと思うと、我ながら恐ろしいものである。
「にしても…ヴォルスロークの件は解決しませんでしたねぇ…」
「そういえばそうだっけ…じゃあホントに誰が犯人なんだ…」
結局、こうして大した進展もないまま、今回の事件は終わってしまったのだった。