作戦
「ふぁ~あ」
朝。
眼をパチパチと開閉させると、口からあくびが逃げ出していった。半開きの目をこすり上体を起こすと、他の3人はどうやらまだ眠っているようであった。
「あ、おはようございます。颯くん」
「ん~」
枕元には俺のスマホを見ていたエルゼが。画面の明るさを落としているのは俺への配慮だろう。
「今日はアラーム無しの割に早いですね」
「今何時?」
小声で訊いた。
「6時半です」
皆が寝ている内にと服を着替え始めると、時間を確認したエルゼが答えた。
「確かにちょっと早いな……」
「まぁでも、自分から起きてくれて助かりましたよ」
「何で?」
「何でって……普段自分の設定したアラームにマジギレしながら目を覚ましてるじゃないですか。あれ普通に怖いんですよ」
そうだっけか。寝起きのことなどあまりよく覚えてはいないが、そう言うのなら、まぁそうなのだろうな。
着替え終えると、コソコソと部屋を出る。
「顔を洗ったら朝食ですかね」
「うぃ……」
△▼△▼△▼△▼△
「まずは明石焼き言うてたか?せやったらその名の通り、明石に行こか」
軽く朝食をとると、億斗が何故か自信ありげに言った。
「……え、もう行くの?」
「え?ちゃうん?」
「今ご飯食べたばっかだけど」
「そんなん移動してる間に腹も空くがな。食べるだけやのうて色々見て回っとったら昼なんかあっちゅうまやで!」
朝からテンション高いな。俺の少し後に起きてランニングに行ってたのだから当然かもだが。
「そんな焦りなさんなやって。まだこっちにも準備とかあんねやから、なぁ?」
唯香さんが隣でアイスココアを飲んでいた千寛に声を掛けた。
「うん……億斗はいつも焦り過ぎなのよ」
「んなっ……颯たちは少しの間しかおらんのやから、色々見せたりたいだけやっちゅうねん」
大丈夫かなと思ったが、意外にも普通に会話できているみたいだ。
少し抜け切れていない部分もあるのかもしれないが、昨日みたく声を荒らげて喧嘩していないだけでこんなに仲良さそうに見えるとは。
まぁ、俺達よりも驚いていたのは2人の両親の方だったが。
「颯くん……!この家は朝からアメリカンドッグが出るんですか……!」
「それは子供たちのだろ」
「た、食べれないんでしょうか……」
「これからお前の頼みで色々食いに行くんだが……?」
いつも通りのエルゼを静かに睨みつけた。すんなり退いたが、未練がましく目で追っているのが分かる。
「分かったよもう」
△▼△▼△▼△▼△
「さぁ!出発や!」
「テンション高いな」
「俺も俺で暇しとったからな。外の方がよっぽどええ。暑いけど」
「大人達は何するつもりでいたんだろ。まさか俺たちがこうして自主的に動かなかったらずっと放置するつもりだったのかな」
「そうみたいやで?なんでも俺らが外遊びに行く言うたら、じゃあ自分たちもどっか行ってくるわとか言うて話してたし」
「じゃあって……」
「まぁ、親戚の集まりなんていつもそんなもんやろ」
俺達は昼前に家を出ると、駅の方に向かって歩いていた。そんな中、やけにテンションの高い億斗と会話を交わす。
目的地は電車で大体1時間弱。着いてからいろいろ見て回って店を選んだりしたらちょうどお昼時だろうと。
まぁ、お昼ちょうどに行くと混んでたりするかもだから、少し早めか遅めに店に入ればいいのかな。
「でさ」
「なんや?」
会話が途切れたので、俺は話を変えることにした。
「お前は千寛と歩くべきじゃないのか?」
「え?なんで?」
よく分からないといった顔をされた。本当に分かっていなさそうな顔をしている。
先程から何度かそんな視線は感じているのだ。
俺と億斗が歩く前方には姉さん、千寛、唯香さんが横一列に並んでいる。3人は普通に会話しながら歩いているのだが、千寛が度々こちらに目を向けているのが分かる。
尤も、気が付いていないのは億斗だけだと思うのだが。
「いやさ、これまで喧嘩ばっかりだったわけじゃん?だからよ」
「だからの意味が分からへんねやけど。それに昨日はちゃんと謝ったやん」
「だーかーらー。それでもまだちょっとギクシャクはしてるでしょ?積年のモノもあるわけだし」
物分かりが悪いと、呆れたようにやれやれと首を振る。
「はぁ、それで一緒に歩けと?」
「そう。喧嘩とかはせず、改めてちゃんと向き合う。そこでついでにお前の印象も良くすれば、これから会うのだって嫌な事じゃなくなる」
「俺の印象を?どういうことや」
「それは……あれだよ。なんか色々……そう!態度で示す!」
「颯、お前それ今思いついたやろ」
疑うような視線を向けてきたので、億斗の顔に手を伸ばす。
「………人間の頭蓋骨ってさ、そんなに固くないんだよね。俺にとって」
「わ、分かった、分かったから!……で?何すればええの」
俺の言いたいことが分かってくれたようで嬉しい。
しかし、俺だって何か考えて言ったわけじゃない、丸投げする気だったから──だから聞かれても答えられないのだが……
どうしたものかと、俺は少し考えた。
「んーー、じゃあ…まずはちゃんと目を見て相手の話を聞く」
「まぁ、大事やな」
それは億斗にとって当然だったのか、なんでもなさそうに頷いた。
確かにこいつ、俺と違って相手の目をちゃんと見てるからな。
「それから……歩幅は相手に合わせてあげる」
「そうせな目見えへんからな」
む。
なんか当たり前のことを言ってしまったようで恥ずかしくなった。
「それと……あ、お前は道路側を歩け」
「はぁ……まぁよう分からんけど…分かったわ」
お、これはいい感じっぽいな。何がいい感じなのかはわからないけど。
「あとはなんかあるん?」
「え?あぁ……んー……前から人が歩いてきたらぶつからないようにそっと肩を…こう、組む感じで…するとか?」
実際にやって見せてみる。そういう気遣いが相手からの心証をよくするのだ。
「えぇ?こんなんすんの?」
「そう。これで心証アップ間違いなし。雑に服を引っ張ったりするのはダメだな。物扱いされてる感じがするから」
「物扱い──それは分かるけど……でもこれあれちゃうん?恋人同士とかそういうのでやるやつと違うか?」
俺の発言と行動に、そんな疑問を呈してきた。
「そ、そうなの?」
しかし、そんなことを言われても俺には分からない。
「いや……実際どうなんかは知らんけど」
分からないから聞いたのだが、向こうもよくは知らないとのこと。
「「…………」」
一瞬の沈黙。
「………この話やめよか」
「──いや、それでいいんだ」
ただ、億斗のその発言で、俺がさっきから行っていた適当な発言を、いい感じに纏められそうな気がした。
「何がええの?」
「仮に今の行動が恋人に対してやるものだったとして、なんでそれをするんだと思う?」
「え?そんなん……そういう関係やからちゃうんか?」
「そうじゃなく、もっと根本的なところで」
そう言うと、億斗は顎に手を当て考え込み、目線を上げて手をポンと叩いた。
「……あ!そういうことか!」
どうやら、彼も分かってくれたらしい。
「そう。さり気なくそういうことができる人っていうのは心証がいいワケだろ?つまり、その行動が好感度だったり好意だったりを稼ぎやすいからというワケだ。だからこそ、好きになってもらいたい相手には積極的にそういう気遣いをしたりすると、そういうことよ」
俺は言ってからフッと笑った。何してんだろ。
「なるほど……でも、別に俺アイツのこと落としたいわけと違うんやけど」
致命的なところをつかれてしまったが、俺は態度を崩したりはしない。
というか、今の聞かれてないよな?
前方に一瞬目を向けたが、反応はなかった。まぁ、向こうの会話もこっちには聞こえてないしな。
「甘い!甘いぞ億斗!今川焼きよりずっと甘い!」
指を差して言い放つ。
「御座候や」
知るかそんなの。
「颯くん!それも食べたいです!」
うるさい。というか今は話しかけるな。
「で?何がどう甘いんや?」
「お前と千寛の関係性はこれまで最悪なものだったわけだ」
「そう……やな。今朝まともに話せたんは内心びっくりしたわ」
「うむ。だがそれでも、2人のスタートラインは0からではなくマイナスからだ!」
「なるほど……確かにな」
「つまり、ただ仲良くするだけじゃ関係の改善には到底追いつかないということ!落とす勢いで行ってようやく正常な値に戻せるということ!」
自分でも言ってて何が何だかよくわからないが、こういうのは勢いに任せて適当にぶち抜く。たとえそれが色々と破綻していたとしても、その場で相手が納得してしまえば問題はない。
説き伏せるとか言うのはつまりそういうことで、相手が何も言えなければこちらの勝ちなのだ。
普段はそれを物理で行っているから、こういうのはどうにも苦手だが。
「そう……なんかなぁ?」
「そうだ。……多分。きっと。恐らく。十中八九。メイビー」
最後の方は聞こえてなかったと思う。
「でもなぁ……」
それでもなお悩むそぶりを見せたので、俺は声を低くして言った。
「何か勘違いしてるみたいだから言っておくけどさ……拒否権なんかないからな?」
「…………え?」
「唯香さんはお前と千寛には仲良くして欲しいと考えてる。まぁそれはいいとしても、そこに俺と姉さんが首を突っ込んでるんだ。当然拒否権はないし、失敗も認めない」
まぁ、仲良くしてほしいというのには……ちょっとばかし他意があるのだが。
「待ってや、んな無茶苦茶な……」
「無茶でも苦茶でもマテ茶でもない。俺の使った時間を無駄にしないためにも、頑張ってもらわなくてはならない」
「けど話すこととか思いつかんしな…何話せばええの?」
「え?──それはまぁ、自分で考えてもらうということで」
「えぇ……見切り発車にもほどがあるやろ……」
億斗は肩を落とし、不安そうな目で俺を見た。
そんな目で見るな!
「まぁ、向こう着くまでにちょっと考えてみるわ。実行すんのは向こう着いてからやな──ほら、そこが駅や」
話しているうちに駅に着いたようだ。それなりに大きい駅で、夏休みだからか小さい子供が多い。
「ほな、姉貴の相手は2人に頼んだで?」
「うん。あ、それと」
「まだなんかあんの?」
「いや、大したことじゃないんだけど。向こうに着いたら今川焼のお店にも連れてって。言ったら食べたくなったから」
エルゼが食いたいと騒ぐだろうから、そのためだが。
「御座候や」
細けぇなこいつ。