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三つ首の魔族

「そういえば」


 夕食後。


 リビングでちまちまとアイスを食べていた俺に、冷蔵庫からプリンを持ってきた姉が話しかけてきた。


「あんた知ってる?」


 相変わらず主語がない姉だと、俺は何のことか分からず首を傾げる。


「最近変なのが街に出る、って学校で聞いたんだけど」


「変なの…?」


 マズイ、心当たりがありすぎる。ヴォルスロークかな?それともまた別のかな?それともまさか、もしかしなくても俺かな?


 もし魔法を放つ女装男子が街に現れるって話なら、間違い無いと思うよ。今朝も鏡で見たし。


「なんか頭が3つある変質者で、なんか色々話しかけてくるって…言ってたんだけど」


 よかった、俺じゃなさそう。舌が3枚と言われれば否定はしないが、頭は3つもついていない。


 取り敢えず安堵し、胸をなでおろす。


「頭が3つ…?聞いたことないけど」


「そ。まぁ、見かけたらちゃんと逃げなさいよ」


 この人はこういうところで心配してくれるから、俺もどこか憎み切れていない部分がある。


 そうでなくても、別に憎んだりはしないのだけれど。かといって、これがなければ、俺の姉に対する感情はもう少し悪いものであったであろうことは、否定もできない。


 にしても。


 三つ首の変質者か。人間の方にもそういう頭のおかしな奴……この場合のおかしいは頭の数がおかしいとかそう言う意味ではなく頭の中身の方の話なのだけれど、まぁそういうのがいる所為で、これが魔物だ魔族だとは言い切れないのが、なんとも嫌なものである。


 首が3つというのだって、単に変な被り物をしているだけの可能性もあるしな。そういう奴、東京の方とかいっぱいいそうだし。


 いっその事そういう奴らも魔物と一緒に消してしまったほうがいいのか?


 いや、それじゃあ俺が魔王か何かだ。


 俺はかぶりを振り、流石にマズいとその発想を振り払う。


 それにそもそも、そんな行為をエルゼが見逃すのかと言われれば、否だろう。


「すいません颯くん、僕そいつ知ってるかもしれません」


 そんな中、背後でその話を聞いていたエルゼが俺に声を掛けた。


「え、お前の知り合いなの?」


「別に知り合いってわけじゃないですけど…大昔に仕留め損ねた魔物、いや、魔族かもしれません」


「仕留め損ねた?」


「はい、実際に戦ったのは僕じゃなかったんですけどね。随分前にフューリタン星に攻め入った魔族がいたみたいで、そいつの特徴とよく似てるんです」


 敵の本拠地に攻め入ったのに生きてるのか…結構強いのかな。


「なんでも3つの首がそれぞれ色々な事を話し続けるんだそうで、特に目立った害があったわけでもなかったらしいんですが…」


「なんか喧しそうな奴だな」


「まぁ、その時害がなかったってだけで悪さをしないと決まったわけではありませんから。どちらにせよ倒しておいた方がいいかと」


「ヴォルスロークを放ったのがそいつの可能性もあるし…探さなきゃなのか…」


 そこで話の大元を思い返し、目線を戻した。


「あー、そうだ…姉さん、そいつってどこら辺で出るの?」


「え…あんたまさか見に行こうってんじゃないでしょうね」


「え?いやまさか。うっかり近づかないようにって思って」


「そう?確か花蓮寺の近くで見たって話だったと思うけど」


 ここ最近の事があるからか大分疑わしい目を向けられたが、聞いたらちゃんと教えてくれた。


「危ないことすんじゃないわよ」


「う、うん……」


 何となく罪悪感を感じて、それを誤魔化すようにアイスを食べるのに戻った。


△▼△▼△▼△▼△


 そして翌日、早速言いつけを破り調査に向かっていた。


「花蓮寺の近くに出るって話だったけど…都合よくいるかな」


 花蓮寺。


 由緒正しい寺だそうだが、あんまりパッとした感じはしない。


 まぁ、パッとした寺というのもよく分からんし、寺など地味で大いに結構なのだが。


 とにかく、特に用でもなければわざわざ寄るようなこともない場所だった。


「ただの変質者なら、それで終わりでいいんですけどねぇ」


「その場合どうすればいいの?」


「通報して終わりでいいんじゃないですかね?警察の仕事ですよ、その場合は」


 少し小高い所にあるせいで、寺までの足取りは少し重たい。魔力が体に流れたおかげでそこまでの疲れも感じてはいないのだが、これは多分梅干を見たら酸っぱく感じるあの錯覚と同じだろう。


 これまで坂が疲れるものだと認識していたから、今もどこか疲れを感じているのだと思う。


 その坂を上っていく途中、寺のすぐ横に何者かの影を見つけた。


 もしやと思い、急いでそれに近づくと、そこに三つ首の変質者はいた。


「やっぱり…!颯くん、奴は人間じゃありません!魔族です!」


 ただの変質者なら警察に通報して終わりでよかったんだが…楽には終われないか。


「おや?そこにいるのは精霊ではありませんか?」

「ケッ、となるとそこの少年もその力の一端を扱う者か」

「少年と精霊……なるほど、そういう関係性もアリだと思います」


 コイツ…いや、コイツらと言った方がこの場合は正しいのだろうか。いずれにせよ、話の通りの存在であった。


 3つの首で別々の事を話しているということは、3つの思考が同時に行われてるってことなのだろうか。


 厄介そう。そんでもってこんがらがりそう。


 真ん中の首はモノクルを掛け、髭を整えた紳士風の顔。その右の首は般若のようなお面をつけている。


 そして左の首は……アイツ今なんて言った?


「時に少年よ。この世界には魔法が存在しない。だのに魔法という概念そのものは存在するようだ。これが何故か解りますか?」


 と、紳士の顔が少し高い口調で尋ねてきた。


「え、いや知らないけど」


「フンッ!これだから若い者はいかんのだ」

「無知な少年にあれやこれやを教える…そういう関係性もありだと思います」


 知らないと言ったら右の奴になんか文句言われたし、左の紙袋を被った頭はまたよくわからないこと言ってるし。


 何なんだこの魔族は。


「知りませんか。ですが少年、貴方はそれをいつか知らなければならないでしょう。知る事の意味は知った後にしか分かりませんがね」

「ハッ、知る欲の無い者に何を言うても無駄だろうて」

「でもやっぱり無知よりムチムチがいいと思います!」


「ねぇ、何なのコイツら。真ん中の奴はよくわかんないこと言ってるし、右の奴は文句しか言わないし、左の奴に至っては自分の性癖開示してるだけだろ!」


 そんな叫び声に、エルゼはあるのかも分からない肩を竦めて見せた。


「だからフューリタン星でもよく分からない侵略者だったんですよ……奴の名はギドラス。3つの首がそれぞれ言いたいことをただ言うだけの、存在意義さえ不明な魔族です」


 お喋り大好き魔族とかそんな感じなのだろうか。


 しかしいずれにせよ、存在意義が不明と言いきらせる程の魔族であることは確からしい。


「いやはや、これは失敬。名乗り忘れるとは紳士失格ですね。改めまして、私は問答のギドラス。以後、お見知りおきを」

「チッ、以後などと言うから貴様は甘いのだ。我は説教のギドラス。冥途の土産に覚えておけ」

「僕は…えぇーっと……ねぇ、僕何のギドラスだっけ?」


 左の奴はもうダメそうだな。相手しないほうがよさそうだ。


 右の奴は好戦的な感じなのか、その眼光を鋭く光らせていた。


 戦うにしてもそうでないにしても、確認しておかなければならないことがある。


「何でもいいけど…ギドラス!最近この街にヴォルスロークを放ってるのはお前か!」


「はて…ヴォルスロークというと…あぁ、あの品性のない獣ですか。私は存じ上げませんが、貴方達は何か知りませんか?」

「知るわけがないだろう。全く、近頃のモンは何でもかんでも人の所為にしおってからに」

「え!?何!?ヴォルスロークにあんなことやこんなことされる話!?」


 ……何とかして左の首だけ会話から省けないものだろうか。首潰せばいいのかな?


 でもあれだな。1つだけ首を吹き飛ばせたとしても、断面とかからニョキニョキ生えてきて、普通に会話に参加し始めそうな気がする。


 こういう敵は大体そのコアとかを破壊しないと死なないと思うし、首潰せば倒せるってことはなさそう。


 流石に首は生えてこないけど、人間だってまぁそういうもんだし、やるなら一気に叩きのめすべきだろう。


 というかそもそもの話、コイツらってどういうシステムで生きてるんだろう。人体と同じ構成だとは思えないが……ダメだ、また余計なこと考えてる。


 後でエルゼに聞けばいいんだから、今は目の前の敵に集中しないと。


「アイツの仕業ではない…?魔族の言葉を信じるわけにもいきませんけど…ううむ…」


「信じるも信じないも個人の自由。ですが、信じるからこそ見える世界もあると、私は考えますがね」

「気に食わんな。其方から聞いておいて答えてやれば疑うとくるか。これだから精霊は好かんのだ」

「でもヴォルスロークを混ぜようとすると可哀想な感じになっちゃいそうだしなぁ…あまり良くないと思います」


 コイツら首が3つある分喋り終わるまでが長い。同時に喋り出さないだけマシと言えるのだろうが。


 でだ。一番大事なことを聞いていなかったと、俺は問う。


「お前らはなんでここ、というかこの世界に来たんだ?」


「ふむ…何故なのか。それを考えるのもまた楽しいから、ですかね」

「フンッ。何にでも理由や答えを求めるのは若いモンの特権でもあり欠点だな」

「アテもなく川沿いを歩いてお宝を見つけた時が一番気分がいいからね」


 要するに、理由はないと。


 となるとフューリタン星に現れたとかいうのも理由は無かったのだろうな。何か話がしたかったとか、そういう感じで。


「特に理由はないんだな?じゃあもう悪いこと言わないから元の住処に帰れ」


「むむ、それはまたどういう意味ですかな?少年よ。私は何も追い出されるような真似はしておりませんが」

「群れる生き物はすぐに異物を排除したがる。気に食わんな」

「えぇ!まだお宝見つけてないのに!あと悪いこともしてないよ!」


「うるせぇうるせぇ、まずお前らパスポートとか何も持ってない密入国者だろ!早よ出てけ犯罪者ども!」


 この世界にとっては存在そのものが悪なのだ。そういう意味で言えばエルゼもまたそうなのかもしれないが。


「ふむ…別の世界なら新たな知見を得られると思い様々な地を旅してきましたが…やはりこうなってしまいますか」

「ハッ、最初から分かりきっておったことを言うな」

「え?なに?戦うの?あ、スチル回収するためにわざと敗北するの、ちょっとドキドキしていいと思います」


「颯くん、変身を!来ます!」


「マ、マジカル・キュート・メタモルフォーゼ!」


 俺はエルゼの声に反応し、いつもの姿に変身する。


 なんかもう、流石に慣れてきた部分がある。この姿になることに慣れている。慣れてきてること自体嫌なのだけれど、嫌がったところで何も進まないのだ。諦めるところは諦めよう。


 そう思っていたのだが。


「っ!?!?……あ、あぁ、少年よ。まぁ、アレです。そういう衣装を身に纏ってこそ見えてくる世界もあると…私は思い…ますよ」


 別世界の扉は開いてねぇよ。


「なぁっ!?さ、最近の若いモンは分からんな…奇抜なら面白いとでも思っておるのか」


 この服が面白いとは微塵も思ってねぇよ。


「じょ、女装して恥じらう少年…!とってもいいと思います!」


 ぶっ殺すぞマジで。


 久々だ。こんなに不愉快なのは。


 いや、あのロマンス怪人とやらも相当イライラしたが……この感覚はなんというか、最初のあの日を思い出させる感じ。


 つまりは、思いっきり戦えそう、ということだ。


 こうして、両者の戦いの火蓋が切られた。

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