服選び
俺は早速服を探し始めた。
先程とは違う服を、それもお題に会うような服を選ばなければならないのだが、俺は沖縄に合う服なんて言われてもパッとイメージできない。
阿波が言いたいのは南国感なのだろうが、結局日本の中なのだから着ている服にそこまでの違いはないと思う。多分。
だからまぁ、ある程度の夏らしさのある服ならいいとは思うのだが……
「七海さんとデートをしていた……などでなくてよかったです」
「は、はぁ…」
同じ服屋で服を選ぶのだから、ある程度場所が被るのも仕方がないとは思うのだが、多分この人は俺に文句を言うためだけにわざと近くで服を選んでいるのだと思う。
「もしそのようなことがあれば……白百合家の総力をもってあなたを排除しなければならない所でしたので……ね?」
そう言ってギロリと視線を向けてくる。
いくら魔力を得て強くなっても、人間のこういう部分には絶対に勝てないのだろうなとつくづく思う。
「心配ないですよ。別に興味はないので」
「そうですか……それは、七海さんに魅力が無いと…そう言いたいのですか……?」
白百合先輩は俺の肩を掴み、ギリギリと力を入れてくる。
面倒臭ぇ……どうしろってんだこの人。娘大好きな父親みたいなこと言いだしたけど。
「あ……阿波は魅力的な人だと思いますよ……ってイタタタタタッ!」
「やっぱりそういう目で見てるんですね…!」
どっちにしろじゃねぇか…!というかこの人滅茶苦茶力強い…!いや、力そのものはそこまで強いというワケでもないのかもしれないけど、人間折壺みたいなところを的確に把握しているせいか、物凄く痛い。
「そういうのも含めて服選びで勝負付けましょう!ね?」
「そうですね。私が七海さんに一番似合う服を……はっ!」
一度手を離し、服選びを再開した白百合先輩だったが、何かに気が付いたようにこちらを見た。
「まさか……!服選びと称して私の七海さんにあんな服やこんな服を着せようとしているのですか…!?」
「どんな服をイメージしてるのか知りませんけど、ここにそんな服はありません」
「許せません…!よくも私の七海さんにぃっ…!」
血の涙を流しながらこちらを睨む。怖すぎるこの人。
そもそも服選びの勝負持ち掛けてきたのはあなたでしょう。
結局、そんな会話を何度か続けながら服を選んでいった。
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「じゃあ服も3つ揃ったことだし、早速着てみるわ」
服選びが終わり、それぞれ集めた服を持って集まると、阿波は言った。
「ん……?3つ?」
おかしい。俺と白百合先輩はそれぞれ1セットずつしか持ってきてはいないはずだ。
何故──いや、考えるまでもない。絶対にコイツだ。考えるまでもなく、こいつ以外にありえない。
服を選ぶのに集中していたせいで阿波の事まで見ていなかったが、多分暇になったから自分も探しに行こうとか考えて見繕って来たのだろう。
阿波は意気揚々と試着室に入っていく。
「まずは私のから着るから」
「はぁ…もういいや…」
「七海さんの服…!」
諦めて溜息をつくだけの俺と、恍惚とした表情を浮かべ、阿波が出てくるのを今か今かと待つ白百合先輩。
そしてカーテンがシャッ──と、音を立てて開け放たれた。
「だっさ……」
出てきた阿波はやはりダサかった。女子高生というのは盛らないと気が済まないのだろうか。
「七海さん!可愛いです!」
「本当ですか!?そうですよね!御厨がダサいダサいっていうから不安になっちゃって……」
「この可愛さが分からないなんて…!あの人は見る目が無いんですよ。七海さんは宇宙一可愛いですから…!」
「えぇ…?」
この人確か芸術的なセンスはずば抜けて高いとか言ってなかったか?阿波が好きすぎて服が見えていないのかもしれないが、もしかすると……
「次は美咲先輩の服を着てみますね」
「はい!楽しみにしてますね…!」
一抹の不安が脳裏をよぎったが、そんな考えは肩に落ちてきたドスンという衝撃で搔き消えた。
「七海さんがダサい…?」
「またこの流れやるんですか…」
その細腕からは想像もできないほど強い力で片が握りしめられ、きれいに整えられた爪が食い込んでいく。
「先輩がいくら贔屓目で見ているとはいえ、アレは普通にダサいですよ」
「死にたいのですか…?」
完全に目が極まり、プラチナブロンドの髪が逆立っている。
「はぁ…」
「訂正しなさい…!七海さんへの侮辱は私への侮辱…!断じて許容できません…!」
尚も静かに怒りをむき出しにする白百合先輩を放置していると、カーテンが開いた。
白百合先輩の選んだ服だし大丈夫だろう。
「どうですか!」
「七海さん…!素晴らしいです!」
「引き分けかぁ…」
しかし、出てきた阿波の服は終わっていた。
白百合先輩もそっち側だったのか……でも待て。白百合先輩の着ている服自体は全然ダサくない。むしろすごくよく似合った服を着ている。
お金持ちのお嬢様っぽい人だし、家の人間が選んだ服を着ているからという可能性もあるが、やはりこの人──阿波のセンスを読み取り、その上で阿波が似合うと感じ、且つ阿波が一番喜ぶ服を選んだというのか?
客観的な勝ち負けは一切考慮せず、阿波のセンスを立てる形で服を選んだというのか?
何考えてるんだこの人。
「じゃあ最後は御厨の服着てくるから」
「……」
一頻り褒められた後、再びカーテンを閉める阿波を見ながら、俺は思った。
「そういえばこれ誰がジャッジするんだろう」
「多数決でいいのでは?」
「それ意味ないですよね」
俺は自分のにしか手を上げないし、阿波のセンスが終わってるというところから話が始まっているのだから阿波の票は無効。白百合先輩は阿波がこっちと言ったら本人の意思とは関係なくそれに同調するだろう。
多数決などするだけ無駄だ。
「七海さんがいるだけで意味があるのです…!」
こんな意味不明なこと言いだす始末だし。
「もう何着ても可愛いって言うんじゃないですか…」
当然です!と鼻息を荒立てる白百合先輩。
そして彼女はナチュラルに試着室へと入り込み、叩き出された。
「何してるんですか……」
「興奮しすぎました……」
鼻血を出しながら起き上がる彼女を、俺は冷めた目で見下ろしていた。
そしてカーテンが開いた。3度目だ。
「こんな感じ!」
「これでいいと思うんだけどなぁ……」
この3つの中から選ぶなら、自分が選んだとか抜きに俺の案が最良な気もするのだろうが、当人が首を傾げているのだからどうしようもないだろう。
そこで、だ。
「店員さん?」
俺は先程から度々感じていた視線の主の裏に回り込み、肩を掴んで逃げられないようにした。
茶髪の女性店員は、どこか小動物のような動きで試着室前の阿波達を見ていた。
「ひゃいっ!?」
「さっきからチラチラ見てましたよね?」
「す、すみませんっ!?」
「いや、別に謝らなくてもいいんですけど…」
「余りにもセンスが終わってる子がいたのでつい…!」
おぉ……言うなこの人。白百合先輩が聞いてたら店潰されるぞ。
俺は事情を説明し、協力を求めた。
「あの、斯々然々なので、第三者的な目線でのジャッジをお願いしたいんですけど」
「な、なるほど。分かりました!この店入って2週間のこの菊池!不肖の身ながら誠心誠意努めさせていただきます!」
大丈夫かなこの人。
そんな心配もしたが、流石は服屋にいるだけある。あの3つの中からはちゃんと俺のを選んだ上で、それを改良しよりよく仕上げて阿波に売りつけていた。
因みに会計をしたのは白百合先輩だった。
「悪いですよ美咲先輩…!」
「七海さん…これは沖縄旅行の経費ですから、受け取ってください!」
そんな会話をしていたが、服とか旅行って経費で落ちるのだろうか。あまり深入りしない方がよさそうな闇が見えたが、知らぬ存ぜぬを突き通すのも生き残る術だ。
そう思い背を向けると、服を受け取ることにした阿波の声が聞こえた。
「じゃあお礼に先輩の服は私が選びますね!」
「え…あ…はい…お願いしますね…七海さん…」
思わず振り返ると、引き攣った笑顔でそう答える白百合先輩。
やっぱダサいって思ってたんだな。
心の中で笑いながら、再び背を向け店を出てから少しして、エルゼに言われた。
「颯くん……?自分の服はどうしたんですか……?」
猛ダッシュで店にとんぼ返りし、先の女性店員に服を選んでもらった。
俺は一体何をしていたのだろうか。