服屋
「結構もらえたな…」
「日当のバイト代としてはすごい額でしたね」
俺はロマンス怪人からの計らいで、それなりの額のバイト代を貰っていた。
曰く「私には解決のできない問題だったからな!その分色を付けておいた!存分に有効活用してくれたまえ!」とのこと。
夏休みだし、臨時収入は有難いことこの上ないからいいのだが、魔族の分際でこれだけの額をポンと出せるような環境に奴が身を置いているという、その事実自体はやはり気に食わない。
そんな俺は今日、久しぶりに服を買いに出ていた。
服が無いわけではないのだが、タンスの中の服のいくつかがボロくなっていたり小さくなっていたりと、「これで外に出るのにはちょっと……」といった具合にダメになっていたので、完全に外に出れなくなる前に買い足しておこうというワケだ。服を買いに行くための服が無い、なんてことになってからでは遅い。
ということで服屋にやってきたのだが。
「あ、御厨」
「……!あ、あぁ、阿波か」
「……え、あんた今私のこと忘れてた?」
「い、いや……忘れてない。あまりにも姿が変わってたから、一瞬戸惑っただけ」
「それどういうこと……?太ったとかじゃないよね……?」
ジトッとした目線をこちらに向けてくる阿波。
少し独特な雰囲気のある店だったのだが、その中で出会った阿波は、更にそれを吹き飛ばすような恰好をしていた。いや、独特とか言うレベルの話ではない、毒涜だ。そんな言葉はないが、意味合いとして間違いではないだろう。
「太ってはないと思うけど…」
「じゃあ何?言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」
こういう時、その言葉を真に受けてホントにハッキリ言ってしまえば大抵は碌なことにならないということは、姉さんが俺に身をもって教えてくれている。
だから俺は言葉を選んだ。選びに選んで言った。
「罰ゲーム?」
「何がよ!?」
「言葉を選んでそれですか……」
阿波の私服というのは見たことが無かったが、とにかくダサかった。終わり過ぎる程に終わり尽くしていた。終わりの終わりが終わっていたのだ。
ただこれまでそういった恰好を見たことが無かったが故に──カラオケで見かけたときは何故か制服だったので──望んでそんな恰好をしているという思考に行きつくことなく、俺は罰ゲームか何かだと考えたのだ。
それが悪かったのだろう。阿波はキレた。
「ご、ごめんって」
「ダサくないし……!」
聞けば阿波は生徒会の白百合先輩──前に相談も受けていたわけだが、その人と2人で旅行に行くために服を新調したいそうだ。
そう言えば流華先輩言ってたっけ。この2人がキャンセルして枠が空いたから俺たちを誘ったと。
「沖縄に行くの?」
「そう。だから向こうに合った感じの服にしようと思ったんだけど…」
その考えからどうしてここまで酷い服装に行きついたのか、全くもって度し難い。沖縄の人たちをなんだと思っているのだ。いや俺も沖縄文化だとかについて造詣が深いとかそういうわけではないのだが、これではほぼ侮辱に近いぞ、阿波。
下から、厚底のブーツにダメージジーンズ。
ブーツはともかく、ここまではそこまでおかしくもないのだろうが、腰に巻かれたベルトが意味不明だった。
なんで蛇の金細工なんかついているのか。変身ベルトかな?
そのベルトからはこれまたよくわからないチェーンが何本か出ていたり、その上に着た白いシャツはなぜか英字まみれだったりと、よく分からないものが多すぎる。
しかも十字架のネックレスって…キリスト教徒じゃなければただの厨二病でしかない。
もう上から下まで全部意味わかんない。正気の沙汰と思えない。
俺も自分の服のセンスに絶対の自信があるとは思っていないが、流石にここまで酷くない自信はある。
「ちょっと待て阿波」
「何よ」
「いらないからそれ」
どこに置いてあったのか知らないが、サングラスを掛けようとする阿波の手を止めた。
「頭にも何か付けた方が良いかなって思ったんだけど…」
「お前はパフェか何かか!ゴテゴテさせればいいみたいな風潮止めろ!」
「えぇ……?ダメ?」
いつの間にか帽子をかぶろうとしたその手を再度止める。
「帽子ならいいって話じゃない!置けって!」
不服そうに、サングラスとおじいちゃんが被っていそうな帽子を棚に戻す阿波。
「お前それ一旦全部脱げ」
「へ…?へぁ!?な、な、何言ってるのよ!?」
そう言うと、顔を赤らめ騒ぎ出した。何をどう勘違いしたのかは分かった。
「……ここでじゃねぇよ」
「え、あ、そ、そうよね!」
そして俺は阿波の服をまともなモノにするため、一度阿波を元の恰好に戻すことに──
──したのだが。
「ダッセェ……!」
「えぇ…!?これもダメ?」
「そりゃそうだよな、服選ぶセンスが終わってるんだから元の私服もそれ相応に決まってるよな…」
「今までそんなこと言われたことないんだけど…」
「周りに恵まれなかったな。友達は選んだ方がいいぞ」
「そんな…」
阿波は店内で崩れ落ちた。
店員も遠巻きに見ているが、見ているくらいなら色々助けてやればいいのに。
この恰好でうろつかれても困るので、阿波を試着室に押し込み、適当に服を見繕っていく。
「これでダサくなくなるの…?」
「さっきよりは、多分」
「そう……じゃあ着てみる」
服を持っていくと、首を傾げながらも大人しく服を着ていく阿波。
「これでいいの?」
「おぉ…いいじゃん。さっきより」
「なんか納得いかないんだけど…」
そんなものは知らん。自分で飲み下せ。
出てきた阿波は、先程よりは確かにマシになっていた。0には何をかけても0なので何倍というような表現はしないが、プラス評価は受けられそうだ。素がいいからな。
「あ、でも沖縄に合うものがいいんだっけ…」
これは姉さんが普段しているような恰好をそのまま当てはめただけで、阿波の言う沖縄に合わせた恰好とは言えないと思う。別に沖縄っぽさを演出する必要もないとは思うのだけれど、折角の旅行なのだとしたら、恰好から入りたいと考えるのも分からないではない。
そう思い、試着室前で悩んでいると、後ろから震えたような声が聞こえた。
「七海さん……!?」
「あ、美咲先輩」
振り返ると、手で口を抑えて顔を青ざめさせた白百合先輩が立っていた。
その顔には絶望が、その目には怒りが浮き出ていた。
この人は以前から俺に敵対心燃やしてたんだよな。阿波が好きなのだろうけど。
阿波は吞気に声を掛け近付いて行って服を見せているが、その度に俺に向けられる目がより強い怒気を孕んでいく。
怖いからその目止めて欲しいんですけど。
今にも俺を射殺さんとするような視線だったが、阿波が事情を説明するとそれも落ち着いてくれた。
「七海さん!私も服を選んでみてもいいでしょうか?」
「私の……ですか?」
落ち着いたかと思えば、今度は自分が阿波の服を選びたいと言いだした。俺としてはこの人に任せられるならそっちに任せて自分の服でも選ぼうかと思ったのだが──
「はい!御厨さんには負けません!勝負です!」
「は?」
──などと言い出しために、阿波の服選びは続行となった。
「では、それぞれ七海さんに似合う服を持って集合ということでお願いしますね?」
「は、はい…」
有無を言わさぬ威圧感と共に放たれたその言葉に、俺は頷く他なかった。
「え、私ここで待機…?……いや、私も選んでこよっと」
三者三様、服選び開始である。