適任者
落ちてきたのは、よく見てみればそれは、エルゼの色違いの様な生き物だった。
多分フューリタンの仲間の精霊なのだろう。ただ不思議と、エルゼを見ていると沸々と湧いてくる苛立ちの様なものが感じられなかった。
薄桃の毛と黄色くキラキラとした瞳、薄氷を思わせるような翅が、パタパタと控えめに動いている。同じ精霊のハズだのに、どうしてこっちの方が精霊らしく見えるのだろう。
まぁ精霊らしくねぇからだろうな、ボケハムが。
それにしても、適任者っていうのは何なのだろうか。
「適任者…適任者…………!適任者!俺と同じだ!」
という事は、傑も俺と同じく世界を救う使命がとか言って選ばれた被害…仲間って事になるわけだ。
なるほど、前まで考えていた友達になれるかな云々はそもそも友達でしたということでオチてしまっていたワケだが、それなら話は早い。普通じゃない同士仲良く頑張って行こうじゃないか、地獄まで。
俺は2度頷き、再び視線を戻した。
「あれ…貴女…ルル?」
「へ?ああっ!エルゼ先輩!」
どうやら2人…いや、2匹と言った方がこの場合は正しいのだろうが、お互いに面識があるらしい。
「知り合いなのか?」
「ええ!特務救世士になるため共に勉学に励んでいた後輩です!優秀なんですよ!」
「エルゼ先輩こそ、あそこでは主席でみんなの憧れだったじゃないですか」
主席…?憧れ…?これが…?
現状のこいつ見てる限り、凡暗ここに極まれりって感じしかしてないが。
そう言いたいのを必死に、懸命に堪えた。いや別に言ってもよかったのだろうが、話が前に進まなさそうな気がして、両者の会話を眺めていた。
「それにしても貴女もこの星に配属されたんですか?通常、フューリタンの複数配属は相当危険度が高く認定されないとあり得ない話だと思うのですが」
「……え?エルゼ先輩、まさか監督官の話聞いてなかったんですか…?現地の者に救わせるという内容だから3名の特務救世士が配属されるって…というかエルゼ先輩の前にも既に1名配属されているはずですが……」
「え?……あ、ああ!そ、そういえばそうでしたねぇ!……にしてもこの僕より先…?となると…いやまさか…」
慌てて誤魔化したなこのハムスター。やっぱり凡暗じゃないか。
思うに、こいつはどうにも色々抜けていると、そう言わざるを得ない。これが優秀だと持て囃されていたというフューリタン星の住人は、魔法の腕以外は滅法弱かったりするのだろうか。
俺も今から幼稚園行ったら秀才としてもてはやされる自身があるからな、そう言うことなのだろう。
そうでなければ、地球に来る時にデブリかなんかで頭でも打ったのだろうか。可哀そうに。
「お、おい、話がよくわからねぇんだが、どう言う事なんだ…?」
傑は未だ話が見えていないらしい。まぁ、当たり前だろう。
「あっ、そうですよね!では…初めまして!私はルル。ルル・フューリタンっていいます!」
そんな傑の呟きが聞こえていたのか、エルゼとの会話を一度中断したルルがこちらを向いた。
「え?あ、あぁ、俺は龍崎 傑。……で、さっきの……なんか適任者とか言ってたのがどういうことか教えてもらいてぇんだが」
「はい!えっと、この星は今、未曾有の危機に晒されています!そしてそんな危機からこの星を、そして人々を救うため!私たちがやってきたんです!よろしくお願いします!」
「はぁ……じゃあ、適任者っていうのはあれか?お前と一緒に地球を救えって話か?」
「そう言う事です!察しがよくて助かります!では早速力を──!」
そう言って手を取ろうとするルル。
しかし。
「嫌だが」
傑から出たのは拒絶。即答だった。
「……えぇ!?何でですか!?」
「いや普通に、妙なもんを身体に入れられるのは嫌だってだけだが……ま、他当たってくれや」
「そ、そんなぁ!ここ1週間ほど探し回ってましたが、あなた程の力を持つ人間はいませんでした!だからそんなこと言わないで下さいよ!」
「だからの意味が分からんが、嫌なもんは嫌だ」
俺もこうして拒みはしたんだけどな。精霊ってのは強引だ。どうせ……
「ルル、いけませんよ。規則にあったでしょう、どうしても嫌だという場合は無理強いしてはならない、と」
「そ、そうでした…!流石は先輩です!いつも大事なことを教えてくれます!」
諭すように言うエルゼに、その黄金に輝く瞳で憧憬を向けるルルとやら。
だが待て、待って欲しい。今のエルゼの言葉が本当なら、俺には言わなければならないことがある。
「おいエルゼぇ…?俺はあんなに拒んだのにおかしいよなぁ…!!?」
「え、あ、い、いや!アレは何というか……その、あの時も言いましたが、力を1度でも使ってしまうと取り戻しが付かないといいますか…」
「せ、先輩……?噓ですよね……?」
全てが終わったらフューリタン星とやらに行ってコイツの所業を全部暴露してやる。と思いながらも、傑をこちら側にどうにかして引き込めない考えていた。
道連れ……被害者……いや、違うな。
友人……友達……フォーエバーフレンズ……あぁ、そうだ、仲間だ。
仲間は多い方がいいに決まってる。俺だけで戦うよりもコイツとばらけて戦う方がきっと楽だし。
それにエルゼたちの会話を聞く限り、もう1人自分と同じような存在がすでにいるらしいし。
「傑、俺が言うのもなんだが力は貰っておいた方がいいんじゃないか?ヴォルス…さっきの化物から身を護るにも、力がないと大変だろうしさ」
俺は意図を悟られぬよう、それがさも善意であるかのように提案する。なかなかに極悪な気がしないでもないが、気にしてはどうにもならない気がする。
「そりゃそうかもしれねぇけど…でもなぁ…」
しかし俺の方を一瞥するともう一度ルルの方へと向き直り、きっぱりと拒絶の意思を伝えた。
なんだ、俺みたいな格好にされるくらいなら要らないってか。
テメェマジでやったるぞこの野郎。
「わかりました!ですがこれからお供させてもらいます!それくらいはいいですよね?」
「お供ったって…」
「あぁ、大丈夫。そいつら他の奴からは見えないようにできるっぽいから。傑の所為で信憑性薄れたけど」
「はぁ……ならまぁ、いいけどよ」
△▼△▼△▼△▼△
俺は変身を解除すると、傑とは途中でわかれそのまま帰路につく。
すっかりと辺りは暗くなっていて、夕闇の中は静寂に包まれていた。
「エルゼ、ホントにちゃんと魔法は効いてるんだよな?」
「え、はい…すみません。まさか認識阻害が破られるとは思ってませんでした…」
「頼むぞマジで」
「はい……魔法に関しては後でかけ直しておくので、はい」
「ならいいけど。……あ、そうだ、聞いてなかったけど……何でお前の姿まで見られたの?心当たりはあったみたいだけど」
「それは……まぁ、横着してたからですねぇ。まさか、まさか勘で魔法が破られるとは思ってもみなかったので、認識阻害を一括にしていたんですよ。これまではそもそも颯くんが変身している姿を見られていなかったので僕の姿も見えていなかったんですが、今回それが見破られたので僕の姿も見えるようになってしまった、という感じです」
「芋づる式に全部ばれたのか…この役立たずがぁ…」
「申し開きもありません……はい」
あまりもの杜撰さに項垂れてしまい、掴みかかる気さえ起きない。
その時、携帯から通知音が鳴った。
「ん…姉さんか…」
内容は「アイスとプリン買って帰って」というもの。いつも通り、俺をパシリにするためのものだ。
「嫌だ。っと」
「即答ですねぇ」
「だってもうコンビニ通り過ぎたし、わざわざ戻りたくないから」
そういってスマホの電源を落とすと、今度はけたたましい着信音が閑静な住宅街に響く。
ビックリしながらも電話に出ると、予想通りというべくか、掛けてきたのは姉さんだった。
「どうせまだ外にいるんでしょ!?買ってきなさいよ!」
「もうコンビニ通り過ぎたからヤダ、帰る。じゃあね」
「買ってこなかったら家入れないから」
そう言い残して切られた。無茶苦茶なとは思うが実際やりかねない。
「しゃーない、買いに戻るか……」
「戻るんですか……」
俺は肩を落とし、従わざるを得ない己の無力さを嘆く。
「あ!じゃあ僕用のマヨネーズも買って欲しいんですけど!」
「却下、金稼いでから言え」
姉への嫌がらせも兼ねてゆっくりとコンビニに向かった。
入店すると、やや効きすぎなエアコンの涼しい風に包まれる。涼しくもあるが、長くいたら腹を壊しそうだ。
レジの方からは「らっしゃ~せ~」とやる気のなさそうな声が聞こえる。
店の端にあるスイーツコーナーから適当にプリンを1つ取り、カップのアイスを自分のも合わせて2つ掴むと、財布を取り出しながら会計に。
支払いを済ませて店を出ると、一気に生温い空気に包まれて、若干の気持ち悪さを感じた。
「早いとこ帰ろう、流石にまた溶けてたらぶっ飛ばされるしな」
「マヨネーズ……」
家に帰ると、姉が玄関先で仁王立ちをしていた。
俺が帰ってくるまで待ち構えていたのだろう、やっと帰ってきたと顔に書いてある。これがネコとかだったら可愛いんだけどなぁ。姉じゃぁなぁ。
「早く出して」
ただいまも無しに、礼も無しに。買ってきた物を出せというこの姉。
もう魔法の一発くらいなら撃ち込んでもいいんじゃないだろうか。それが最期の一発になることは間違いないだろうが。
「はいはい、と。姉さんのは……」
袋から取り出そうとすると、自分用に買ってきた方のアイスを分捕られてしまった。
「あ、ちょっと!そっち俺のなんだけど!」
「え?でも私はこっち食べたいし」
そういって2階に上がって行く。俺はその背中を見送り、表情が引き攣らせながら独り言ちる。
「あのアマァ……!今に見てろよ……」
「姉弟喧嘩に魔法は使わないでくださいね…」
エルゼからは、苦笑しながらも注意された。
魔法は使わないにしても身体はだいぶ強くなったのだ。
今なら勝てる。いつか勝ってやる。殴りつけたいわけじゃないがどうにかして勝ちたいのだ。
出来る物なら、涙目で謝る姿が見たい。
「フ、フフ、フフフフフ……」
そう嗤った俺だったが、今後姉に勝利できることは無いという絶対の事実を、まだ知らなかった。