7.お父さんは、変わりたいと思ったんだ。変わってしまったら、帰れなくなったんだよ。
お父さんと私は、ベンチの壊れている背もたれを避けて、隣にぴったり並んで座っている。
「きーちゃん。
お父さんは、変わりたいと思ったんだよ。
きーちゃん達と一緒にいるために、どうしても変わりたかったんだ。
自分を変えたかった。
自分を変えたら、きーちゃん達と離れないで済むと思ったんだよ。」
とお父さん。
お父さんが変えたかったのは、外見?
「お父さんの見た目は、若くなっていたから、すぐには分からなかったよ。
お父さんみたいだとは思っていたけど、他人の空似だと思っていた。
昨日までは。」
昨日、きーちゃん、と呼んでくれたから、確信できたの。
ヒーローは、私のお父さんだって。
「昨日は、大変だったね。あの人はもう来ないよ。」
とお父さん。
「うん。お父さん、昨日は来てくれてありがとう。お仕事に行く時間だったんだよね。」
お父さんは、私の頭を撫でてくれた。
「お父さんは、きーちゃんのお父さんだから。
きーちゃんが来てほしいときは、どこにだって行くよ。
きーちゃんがどこにいても。」
とお父さん。
これが、私のお父さん。
「外見が若返っても、やっぱり、お父さんのままだから嬉しい。」
「きーちゃんのお父さんだからね。」
とお父さんも嬉しそう。
「そうだよ。お父さんは、私のお父さんなんだから。
お父さん、家に帰ろうよ。
公園で会うんじゃなくて、また一緒に暮らそうよ、お父さん。」
私は、お父さんの手を引いて立ち上がりかけた。
お父さんは、私に手を引かれても、ベンチから腰をあげない。
「お父さん、どうしたの?
帰るんだから、立たないと。」
「帰れないんだ、ごめんね、きーちゃん。」
とお父さんは、目尻を下げた。
帰ってこれない?
「お父さんの理由を教えて?」
「きーちゃんは、理由を聞いてくれる優しい娘さんだ。」
とお父さんは、ほっとしている。
「お父さんは、私達のために変わったんだから、帰ってこれるなら、もう帰っているよね?」
何かしら、理由があったんだろうと、想像できる。
今の、全然性格が変わっていないお父さんを見ていたら、一筋縄ではいかない、帰れない理由があったんだろうって。
「うん、きーちゃんは、凄いね。
実はね、お父さん、人間じゃなくなったんだ。」
とお父さん。
うーん。
人間じゃない、とは、漠然とした表現だよね。
「年齢に対して若返りすぎたこと?
美容整形の技術の進化?
さっきのお医者さんが上手過ぎたから?
お父さんが外見から変わりたかったんだったら、成功はしているから、悲観しなくていいよ。
非人間的な感じはしないから。」
思いついた見た目の理由を却下してみた。
「お父さんは、年をとれなくなったんだ。」
お父さんは、こわごわと、理由を話してくれる。
「整形が崩れないように、定期的なメンテナンスがいるから、顔をこれ以上イジるのは不可という話題?」
神経を使う話題ではある。
「整形じゃなくてね、きーちゃん。お父さんは、人間を辞めたんだよ。」
え、人間を辞める?
「麻薬はダメだよ、お父さん。」
「麻薬は、お父さん、使ったことがないから、安心して、きーちゃん。
きーちゃんには、お父さんが変わる決心をして、家を出たところから話した方がいいみたいだ。」
とお父さん。
「うん。聞きたかった。」
お父さんから話してくれたら、と思ってはいた。
お父さんが話さないなら、踏み込まないつもりでいたけれど、本当は、ずっと知りたいと思っていた。
私のお父さんだから、私を置いていくはずがない、と思っていた。
お父さんを信じて待っていて良かった。
信じて待っていたから、お父さんに会えた。
私は、もう、お父さんとお別れしたくない。
だから、お父さんが話してくれることを全部聞く。
全部聞いて、お父さんが帰ってこれる方法を探す。
お父さんが、家に帰れない、と一人で思い詰めているなら。
お母さんと妹の待つ家に、私が、お父さんを連れて帰る。
私達は、四人家族。
お父さんが、帰ってくる家は、なくなっていないよ。
帰ってきて、お父さん。
楽しんでいただけましたら、ブックマークや下の☆で応援してくださると嬉しいです。