56.私の十七歳の出会いは、私の人生を変えた。私の心の黒さを気に入った大きな口。心の黒さを貫いた私は、寿命がくるまでお父さんと生きていく。
私は、大きな口よりも先に、お父さんに同意してもらいたい。
「お父さん、一人で思い残すことがないなら、私と一緒に死んでくれない?」
お父さんは、私の物騒なお願いを聞いても、笑顔をなくさなかった。
「きーちゃんが望むことは全部叶えるよ。」
とお父さんは、私の頭を撫でた。
嬉しい。
ありがとう、お父さん。
「私は、私の寿命が残っているうちに、お父さんと旅をしたいの。」
「魂になって?創造主みたいに?」
とお父さん。
大きな口から、頭を潰したがる医者が、魂だけになって、思うままに余生を過ごした話を、お父さんは私と一緒に聞いている。
「うん。もう、生きて肉体を使ってできることは、全部やったと思う。
昔みたいに、お父さんと二人で遊んで満足してから寿命を迎えたい。
お父さんも、それでいい?」
私は、布団で寝たまま、首だけをお父さんに向けた。
お父さんに手を差し出すと、お父さんは、手を握ってくれる。
お父さんは優しい。
お父さんの優しさに私はいつも安心して甘えてきた。
でも。
今、私がお願いしている内容は、今までのお願いの内容とは一線を画す。
お父さんも、私にどんなことをお願いされているか、理解している。
お父さんは、医者の話題を自分から出してくれた。
お父さんは、私のお願いを叶えたら、自分がどうなるか理解している。
私は、理解しているお父さんにお願いはするけれど、お願いすること自体は謝らない。
謝ったところで、私は、私の決断にしたがい、私のしたいことをする。
私が、私のすることを謝ることは、私の望みじゃないのに不本意ながらやらないといけないと言い訳しているようなもの。
私は、私のしたいことに泥を塗りたくない。
非道なことでも、私がしたいからした、と胸を張る。
それが、私。
大きな口、公認の、心の黒さ。
「お父さんは、最後まで、きーちゃんと一緒だよ。
きーちゃんが、お父さんのことをいらない、というまで、きーちゃんについていくよ。」
とお父さん。
お父さんは、いつも、私がほしい言葉を、ほしいときにくれる。
「ありがとう。お父さんの人生、最後まで全部、私がもらうね。
私は、お父さんを共犯者にして、最後に被害者にするけど、これからも一緒にいてね。」
私がしたいことは、お父さんの人としての生を終わらせること。
私と一緒に。
「お父さんは、きーちゃんと生きて死ぬために、生きていたんだよ。
きーちゃんが、ごめんなさい、と思うことは、何もない。」
とお父さんは、私の頭を撫で続けた。
お父さんは、覚悟している。
私は、私の決断を口に出して、確認する。
「私がいてほしいと願って、一緒にいて、とお父さんに頼んだら、お父さんは、一緒にいてくれると返事をくれた。
一緒に来て、と誘ったら、お父さんは来てくれると言ってくれた。」
私は行動に移すことにした。
「大きな口に、相談したいことがあるの。
私は、私の体から自由になって、お父さんと遊んでから、人生を終わらせると決めた。
お父さんの人生も、私と一緒のタイミングで、私が終わらせたい。
お父さんは、医者と同じように、大きな口が体を喰うにしても、私はどうすればいい?
私は生身だから。」
大きな口は、ケハケハ笑いながら、天井を一周して、布団の横に戻ってきた。
「特別、特別。大きな口は留守番している。」
と大きな口。
大きな口が、何かをしたんだと思う。
私は、体から離れた。
私の体は、布団の中で寝ているように見える。
「体の動きづらさがなくなった!
楽!ありがとう!大きな口。」
私は、魂の姿で、飛び跳ねた。
動きやすい。
思うままに動ける。
「次は、お父さんの番。」
私の声は弾んで、高くなった。
「きーちゃん、待っていてね。お父さんも、すぐにいくよ。」
とお父さん。
「喰う、喰う。」
と大きな口は、お父さんの足元に移動した。
大きな口は、お父さんの体を足から順に食べていく。
お父さんの体が、部屋の中から消えていくのを私は見ていた。
私は、お父さんに、死んで、と頼んで、大きな口を使って殺した。
お父さんは、いいよ、と快諾してくれた。
でも。
私は、私が、どういう経緯でお父さんを死なせたかを死んでも忘れない。
「お父さん!」
私は、魂になったお父さんに飛びついた
魂になったから、飛びついても、転ぶ心配はない。
「きーちゃん。」
お父さんは、魂になっても若返った姿のまま。
医者の施術は、肉体だけじゃなく、魂の年齢も固定していた?
私はお父さんに飛びついたときに、動きやすさの謎が解けた、と思った。
私の魂の姿は、高校生の頃に戻っている。
私は高校の制服を着ていた。
私の髪は、大きな口と初めて会った頃のように真っ黒なストレートになっている。
私の十七歳は、人生を変えた年だった。
私が中学生のときに家からいなくなって、若返ったお父さんと再会した。
お父さんと再会して、頭を握り潰したがる医者と知り合って、腐れ縁になった。
頭を握り潰したがる医者とお父さんの貫き通す意思を喰った大きな口。
私の心の黒さを気に入った大きな口。
私は、大きな口に、協力してもらったから、私の家族をバラバラにせずに済んだ。
私の望みにそう家族として、終わることができた。
「寿命が来たら、肉体は死ぬ。」
と大きな口。
「ありがとう。大きな口。行ってくるね。
私、生きている間に、大きな口に会えて良かった。
私の偽らない心を好きになってくれて、ありがとう、大きな口。
大きな口が私の心の黒さを気に入ったように、大きな口との暮らしを私は気に入っていたよ。」
大きな口は、ケハケハと笑った。
十七歳の私は、お父さんと手を繋ぐ。
十七歳は、子どもだから。
「行こう、お父さん。私は、まだまだ、遊び足りないの。
寿命まで、遊び尽くすよ!まずは、ミラーハウスに行こう!
体がなくなったら、行きたいところリストは、私の頭の中に、全部、入っているよ。」
大きな口には、お礼を用意したの。
私の寿命がつきたとき。
大きな口は、私の体ごと私の魂を食べる。
大きな口には、たくさん協力してもらって、待たせたからね。
美味しく食べてもらおう。
大きな口に、私を食べるときに、お父さんの魂も食べたら、お父さんは一緒にいられるのかを聞いたの。
大きな口は、食べた後のことは知らないって。
私は、お父さんも一緒に食べてもらうことにした。
最後までずっと一緒だよ、お父さん。
お父さんと一緒なら、大きな口の中という未知の世界も楽しめると思う。
「きーちゃん。
お父さんは、成長盛りのきーちゃんの側にいなかったことをずっと後悔していたんだ。
子どものきーちゃんと、もう一度遊びにいけるなんて、これ程、嬉しいことはないよ、きーちゃん。
ありがとう、きーちゃん。
きーちゃんのお父さんは、幸せ者だよ。」
お父さんは、おっとりと笑っている。
お父さんが、私といたから幸せだと言ってくれた!
お父さん、私もだよ。
「死んでからも、私が、お父さんを退屈させないよ。
まずは、ミラーハウスへ幽霊ごっこをしにいこう。」
私とお父さんは、大きな口に、留守番を任せて、家を飛び出した。
頭を握りつぶしたがる医者が、体が軽いと喜んでいた気持ちが良くわかる。
私の最盛期、一番動ける肉体の感覚で、体を動かせる。
住み慣れた家を飛び出して、お父さんと手を繋いで走る。
運動会の親子競技みたい。
私が小学生で、お父さんがまだ仕事に行っていたころ。
お母さんと妹は、妹の習い事が最優先。
運動会の親子競技は、毎年、私とお父さんの組み合わせだった。
私のお父さんは、他の子から、実月のお父さんは優しくていいなー、と言われていて、私は、お父さんが自慢だったの。
お父さんには、伝えたことがなかったね。
ちゃんと伝えたい。
「お父さん、聞いて。」
「聞いているよ、きーちゃん。」
「お父さんは、永遠に私のヒーローなの。
お父さんは、いつもかっこよくて、私の自慢だよ!」
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次話が、最終話です。
次話は、噂、大きい口、主人公の実月、お父さんのお話になります。




