54.頭を握り潰したがる医者の余生。悪霊祓いが来ても、霊能者が呼ばれても。余生を家族と過ごすと決めた医者は、無敵になった。
『お父さんを引き取ってよ!ずっと見てきて、話しかけてくるのよ!』
と医者の娘は、医者の息子夫婦の家のインターフォン越しに吠えている。
『何を言ってるのか、分からないわ。』
と困惑する嫁の声。
『玄関を開けて、見てください。見れば分かります。』
という娘婿。
『とりあえず、何がどうだって?』
息子が玄関を開けてみると。
『息子の家も、実に過ごしやすそうな家だ。』
透けた医者は、にこにこしながら、息子の家に入っていく。
玄関から歩いて入っていく透明な医者。
『何?幽霊?』
と目を見張る息子。
『お父さん。昨日は、うちに来たから、今日からそっちでみてよ。』
と娘は、ほっとして、踵を返そうとした。
娘の声を聞いた透けた医者は、息子夫婦の家の玄関から、ひょこっと、顔をのぞかせる。
医者は、娘夫婦に、お礼を伝え、心配を払拭するために話しかけた。
『送ってくれてありがとう。
僕は、余生を家族と過ごすと決めた。
仕事は廃業してきた。
息子、娘、妻は勿論。
息子や娘が作った家族とも一緒にいることにする。
今日は息子のところでお世話になって、明日は、娘のところにお世話になる。
妻のところには、娘と息子のところから、日帰りで行き来する。
僕がいるからといって、毎日の外出予定を控えたりしなくてもいい。
僕は、僕の家族がどこにいても、何があっても、探しにいって、見つけられる。
旅行に行くときは、誘ってほしい。
見失うことはないが、見失っても、必ず追いつく。』
と医者。
『『『ヒイ。』』』
娘婿以外は、悲鳴をあげた。
娘婿は、悲鳴をあげる三人を見て、これからのことを考えましょう、と言った。
『今日は、息子夫婦と何をして過ごそうか。
そうだ、昨日まで会えなかった時間の埋め合わせから始めよう。』
医者は、にこにこしながら、玄関から、家の中へ、と、息子を引きずっていく。
息子夫婦と娘夫婦は、娘婿と嫁で話し合いをして、医者の霊を祓うことにした。
医者の息子と娘は、医者をドライブと称して、悪霊祓いしてくれそうなところを転々とした。
火を焚いたり、祈祷が始まったり、水をかけられたり。
お祓いが行われている間、医者は、息子と娘の対面に座った。
『思い込みで不確かなものに金を払い、無駄な時間を費やしたくなるほどの資産家でもないだろうに。
お前達。
兄妹揃って、騙されていないか?
悩みにつけ込んで、金を使わせる方法は、壷を買わせるだけではない。
人を騙す手口には、証拠が残らないものも多くない。
孫もいる年齢になってからの方が、危ないんだ。
騙されている最中は、騙されたと自覚するのは難しい。
今のお前達に、騙されている、と指摘しても無駄なことは、重々承知。
僕は、お前達の父親としてできることをする。
子どもは、いくつになっても子どもだとは、よく言ったものだ。
僕の息子と娘は、僕がついていないと、早晩、騙されて借金まみれになる。
同じ騙されるなら、僕の前で騙されるように。』
医者は、父親としてのやる気をみなぎらせ、息子や娘が、人に会いに出かけるときは、必ずついていくと決めた。
息子と娘は、透けた医者を祓ってもらおうとしたが、医者が魂になっているのは、大きな口の加工によるもの。
一般的な除霊や、浄霊は、医者にはきかない。
医者の説得のため、娘夫婦の住む家へ、医者を訪ねてきたという霊能者に、医者は言った。
『僕は、僕の寿命が尽きるまで、家族と過ごすと決めている。
僕が話す言葉の意味が理解できないか?
僕が家族と過ごす障害となるものはいらない。
僕は、家族以外に時間を使いたくない。
邪魔をするな。』
医者は、部分的に触れるようにした手で、霊能者の頭を鷲掴みにして、頭蓋骨をミシミシいわせた。
『邪魔をするなら、邪魔をしにきた全員の頭を握り潰す。』
医者の固い決意を聞いた、医者の説得にきた人は、医者の決意の理由を尋ねた。
医者は、家族と離れることになった経緯を話した最後に、望みを口にした。
『残り少ない命は、せめて、家族と暮らしたい。』
医者の話を聞いた人は、手に負えません、説得できません、命には変えられません、と何もせずに帰っていった。
息子と娘は、老後資金と時間を費やしてやと、彼らが見ないふりを貫き通してきた父親が無敵だと悟った。
医者は、精魂尽き果てた息子と娘に宣言した。
『僕は、家族と離れていることが、家族のためだと思い込んでいたけど、間違いだった。
僕は、子どもの養育を疎かにしたツケがきた、と思って、息子と娘を育て直す。』
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頭を握りつぶしたがる医者と医者を切り捨てた家族の結末は、ここまでです。
次話は、主人公、実月とお父さんと大きな口。




