勇気についての覚え書き
この覚え書きを未来の自分に宛てて残す。ふだんはこのようなことはしないが、本件に関しては判断に完全なる自信がない。よって決断に至る過程や心情を記憶が薄れないうちに残し、将来の自分の判定を仰ぎたい。
バァリィ家当主ノトールの行動は勇気と忠節に基づくものか、それとも卑怯で臆病なものだったのか。
また、私の取った(いや、取らなかった)行動は正しかったのか。
私を含む臨時貴族会議の裁定は、貴族にあるまじき恥ずべき行動ではあったが恩情を示すというものだった。ゆえにノトールは爵位を子に譲り、隠居した。しばらくして死去が伝えられたが、死因についてはつまびらかにされていない。子も領地に引きこもり、武門の家として尊敬を集めていたバァリィ家は、今では片田舎でひっそりと目立たぬようにしている。それが我らの裁定が与えた結果だ。
だが、私は迷っている。本当に『恥ずべき行動』だったのか。砦から兵を引いたのは隊の再編成を行おうとしたのではないか。事実として確認されたが、あの砦は先の竜大戦において暴竜の業火にさらされており、その後修復されることなく風雨にさらされていた。ゆえに積み石は強度を失っており、オークを主体とした魔王軍の攻撃に耐えられるものではなかった。もしそのまま踏みとどまり続けていた場合、兵たちは自壊する砦とも戦わねばならなかっただろう。
しかし、あの場合、撤退が適切な軍事的行動であったかについては論が分かれた。引けば押される。これは当然分かっていたはずで、ノトールの行動は敵軍を領内に引き入れるという前代未聞の結果を生んだ。建国以来侵されたことのない神聖な我が国に汚れた魔王の手下どもが足を踏み入れたのだ。現在でも浄化作業が続いている。この点は擁護のしようがなかった。
一方、これを戦術と見ればどうか。調書に基づき私が指摘したのだが、これは撤退ではなく意図された作戦と見るべきだ。
砦の背後は谷間であり、ノトールは圧倒的多数の敵軍を引き入れることによって包囲を避けるとともに少数の自軍で持ちこたえ、時をかせぎ、援軍を待とうとしたという釈明は充分合理的であり、作戦として不自然ではない。ただ、その撤退の決断が早すぎ、また陣取る位置として引き過ぎではないかという指摘も同様にあった。
「撤退は撤退だ。それに開戦してすぐ砦を明け渡したではないか。引いて再度陣取った位置も内側過ぎるとは思わんかね? 王の兵を預かる将軍のすべきことではない。結果よければすべて良し、などと言うのは貴族らしからぬ行動では?」
臨時貴族会議は、戦場に出たこともないであろう生白い手を振り回し、ここぞとばかり名誉をわめく者ばかりだった。そもそも彼らは引いたこと自体が許せないのだった。あのまま砦とともに果て、敵軍をいくばくなりともすりつぶし、人類の勇気を示し、忠節の証とすることこそ貴族の務めではないか。
ここで私はもう少し主張すべきだったかもしれない。砦の調査結果が手元にあったが、砦は思われていた以上に崩壊が進み、すでに砦としての用をなさなくなっていたと報告していた。しかし、見た目は維持されていたのでそういう鑑識眼のない者には十分立てこもれるように見えるだろう。私はその報告を公式には提出せず、付帯意見として、まるで本の注釈のように小さく付け加えるにとどめた。会議の雰囲気からするとノトールに肩入れしすぎるのがためらわれたのだった。私とて当主として自分と家を守らねばならない。
私は糾弾されるノトールを覚えている。石のように変わらぬ表情。何を聞かれても事実以外話さなかった。すべて軍事的報告のような客観視点で、自分がどう思ったかなど一言も口にしなかった。その手は私の席からも分かるほど傷つき、ぬぐい去れない様々な濃さの茶色の汚れでまだらになっていた。
その顔が一度だけ歪んだ。若い貴族の一人が撤退の決断の早さに絡んで、『卑怯』と『臆病』という言葉を投げつけた時だった。本当にかすかな変化だったので気のせいかもしれないが、今思い返しても表情が変わったと思う。さすがにそのような暴言は議長から注意され、その貴族は会議に対して謝罪し、議事録からは取り除かれたが、私の心には刻みつけられた。
裁定は秘密投票だった。その直前、王室より、バァリィ家のこれまでの功績と長年忠実に仕えたノトールに対し恩情が示され、罪に問わぬ代わりに隠居が示された。私はこれに賛成した。このあたりが落としどころだと考えたのだった。これ以上争ってもノトール有利にひっくり返ることはない。それなら少なくとも家が安泰な方に乗るべきだろう。
そして、その通りの結果となった。
議長がノトールに意見の陳述を許した。これが貴族を前にしての最後の発言となる。議事録を参照して引き写しておく。
『議長および会議の皆様、発言の機会を与えていただき感謝いたします。また、私ごときにこのような長期にわたって時間を割いていただいたことにも御礼申し上げます。ここに、私ノトール(筆者注:ここで少し言い淀んだように感じた。爵位を付けようとしてやめたものと思われる)は会議の裁定に無条件で従います。
さて(筆者注:水を一口飲んだ)、ここでは勇気について様々な議論がなされてきました。私は興味深く耳を傾けておりました。ただ勇気と言ってもそれぞれの解釈があるものだと感心もしておりました。この勇気について一言だけ申し上げておきたい。私ごときが勇気がなく臆病であったと謗られるのは一向にかまいません。人の上に立つものとしてそういう評価は甘んじて受けねばならないでしょう。しかし、この戦闘に参加した一人一人の兵に『卑怯』とか『臆病』などという言葉を使うことは絶対に行っていただきたくありません。彼らは極度に困難な状況でよく戦い、任務を果たし、国を守ったのです。彼らこそ『勇気』ある王の僕と申せます。この点を強調し、私の最後の発言といたします。
ご清聴ありがとうございます。王に栄光あれ』
『ご清聴』どころか野次だらけだった。この点は強調しておく。『貴族』といっても『上品』ではない。叩ける者は叩ける機会に叩いておく。要は人間らしかった。
話は以上だ。未来の自分よ、この私の判断をどう思う? 適切だったか? それともノトールの名誉のためにもっと戦うべきだったか?
それに『勇気』についてはどうだ? ノトールにはあったか? 会議の貴族たちには?
そして、私には?
了