⑧
「確かこの人・・・」
「ミーナと呼んで下さい」
「えー、明らかに俺より歳上だよねー。
呼び捨てはちょっと・・・。
じゃあ『ミーナさん』で。
ミーナさんのお母さんはお父さん、ヨシダヨシオを追って集落を出たんだよね?
どこに行ったか、心当たりはあったのかな?」
長老が間に入って来て言う。
「ミーナの母親、ジーナはワシの娘だ。
それより賢者様はワシの話を聞いて飛び出して行ったのだ」
「『それより』じゃねー!
って事はミーナさんは長老の孫じゃねえか!
あんたは自分の孫を処刑しようとしてたのか!?
自分の孫が可愛くはないのか!?」
「ワシはお主が勇者殿である事を確信しておったからな。
勇者殿と言えば『正義の味方』、勇者殿が処刑を止めない訳がない、と思っておった。
因みにミーナをとらえていた衛兵、ヤツはミーナの叔父、ミーナを姪として溺愛していた者よ」
「元からミーナさんを殺す気なんてなかったって事?
俺、あんたら二人に騙されたの!?」
「騙したつもりはないがな。
ミーナが集落に久々に来た人間に槍を突き付けた、と聞いた時は『あちゃー、やっちゃった!』と。
しかもその相手が『預言の勇者』の出で立ちと一致したら・・・もうミーナを罪人にするしかないかな、と。
でも勇者殿なら必ずミーナの処刑を止めてくれると信じておった」
「つまんねー猿芝居してるんじゃねー!
もし俺が止めなかったらミーナさんがどうなってたか考えただけで汗が吹き出てくるだろーが!」
「でもその後に勇者殿がミーナにプロポーズをしたのは予想外じゃった。」
「俺も『アレ』がプロポーズって事は予想外だったよ。
いまさら『知らなかった』なんて通らないんだろ?」
俺はミーナさんの首飾りの宝玉を見る。
宝玉はやはり青色から赤色に変化している。
つまりミーナさんは今、自分が『人妻』である事を受け入れている。
ミーナさんは幸せそうに俺の肩に頭をのせていて、その姿を目の前でイリスとリーリエが俺を汚物でも見るような目で見下している。
俺はイリスとリーリエの冷たい視線を見て、慌てて話題を変える。
「そんな事を聞きたかったんじゃないんだよ!
長老はヨシダヨシオに何を聞かせたんだ?」
「東に行くと海に突き当たる。
海の近くは断崖絶壁で近寄る事は『ほぼ』出来ない」
「『ほぼ』?」
「海に近付く方法は2つ。
我々竜化した竜人のように羽をはやして海の上を飛んで渡る」
「もう一つは?」
「自由に泳げる種族であれば海に飛び込める」
「ふーん。
・・・で、ヨシダヨシオは長老のどんな話を聞いたの?」
「もう二百年ほど昔の話を賢者様にしたんじゃ。
ワシもその頃、冒険に憧れており集落の外に憧れておった。
ワシは決心をして竜化して隣の大陸に渡ろうと決めたんじゃ。
それでワシは隣の大陸まで飛んだ・・・は良いが隣の大陸は人間が幅をきかせておったのだ。
隣の大陸では『竜人』というだけで仕事にはつけなかったのだ。
ワシは飯だけ食って隣の大陸から戻ってきたのじゃ。
・・・で、その時食べた飯というのが『サヌークウドゥーン』じゃ」
「サヌークウドゥーン?
何か聞いた事がある響きだな」
「サヌークとは国の名前だそうだ。
島には4つの国があり
『サヌーク』『エイワ』『イーヨ』『トゥーサ』と呼ばれていたそうだ。
『サヌーク』の名物はウドゥーン。
『イーヨ』の名物は『イーヨカーン』という名の酸っぱい果物。
『トゥーサ』の海では『カーツォ』という名の魚が取れたそうだ。
『エイワ』で有名なモノはダンスだそうだ。
年に一回行われる『エイワ踊り』は近隣でも知らない者がいないほど有名らしい」
「その4つの国知ってるよ。
『讃岐』『阿波』『伊予』『土佐』って俺がいた日本の『四国』だもん。
で長老が食べた『サヌークウドゥーン』って『讃岐うどん』の事だろ?」
「それはわからん。
とにかく『サヌークウドゥーン』とは細長い紐のような白い食べ物じゃ」
ほぼ間違いはない。
この世界にうどんを持ち込んだヤツがいる。
「で、長老はヨシダヨシオに何を吹き込んだの?」
「人聞きの悪い事を言うでない。
ワシは『サヌークウドゥーン』を伝えた者が『サヌーク』に帰った、という話をヨシダヨシオに話しただけだ」
つまり香川から異世界に来たヤツが讃岐、日本に帰ったって話か。
長老には全く興味ない話だろうが、ヨシダヨシオには無茶苦茶知りたい話だろう。
もしかしたら人間社会では『転移』のシステムが構築されているのかも知れない。
「賢者様は『ダシ』という物の作り方に必死になったおった。
しかし賢者様は我々に『ダシ』の説明、『何でダシが必要なのか?』を理解させるのに苦労されていた。
そこで賢者様は『ウドゥーン』を例に挙げたのだ。
ワシは『ウドゥーン』を隣の大陸で食べていた。
賢者様はワシに隣の大陸の話を根掘り葉掘り聞いた。
そして賢者様は東に向けて旅立たれたのだ」
「しかし小さな子供を放ってどこかへ消えるとかとんでもねえ野郎だな!」と俺。
「いや、竜人の親離れは二才だ」
「早いな、おい!」
「親離れしたら子供は一ヶ所に集められて、十五歳まで共同生活を送るのだ。
共同生活の中で教育、軍事訓練を受ける。
子離れが済んだ時に旅に出る竜人は多い。
賢者様が旅に出たとてそれを責める者などいない。
過去にも旅に出た者が若い頃に見聞を広げ、集落を発展させてきたのだ。
ワシも若い頃、隣の大陸まで旅に出た、という話をしなかったか?
ただミーナの母親、ジーナは情が深すぎて賢者様を追って旅に出てしまったがな」
そこら辺の『家族観』とか『親子観』っていうのは口を挟んじゃいけないモノなのかも知れない。
しかし俺はどうも『子供や妻を置いて』日本に帰ろうとしたヨシダヨシオが許せなかった。
でも俺も結局同じなのか?
奥さんが二人、今は三人か・・・いるのに日本に帰る方法を探している。
帰りたい訳じゃない。
『帰らない』と『帰れない』じゃ大きく違うはずだ。
『帰る方法』を知りながらも『帰らない』選択を俺はする・・・かも知れないのだ。
いざその場面になってみないと俺がどういう選択をするかは自分でもわからない。
わかっている。
そんなのは逃げ口上だ。
ヨシダヨシオだって、そうやって自分に都合の良い言い訳を考えていたのかも知れない。
次の日の朝、東の海沿いの海岸へ向かう。
海岸と言っても砂浜はない。
『リアス式海岸』とでも言うのだろうか?
波も荒く、海岸には船着き場もない。
どうやって隣の大陸に渡るのか、考えなくてはいけない。
「一人なら竜化して背中に乗せる事も出来るけれど、三人を乗せて海を渡って隣の大陸に行くのは無理だ」とミーナは言った。
それは二人きりになるための方便ではないだろう。
三人乗せて平気で長距離を飛べるなら、竜人の集落から隣の大陸まで飛んで行くだろうし。
それに竜人にとって竜化は一大決心なのだろう。
長老も隣の大陸まで往復、竜化して飛んだ事が認められて長老になったらしいし。
竜化はとんでもなく痛いらしいし。
身体のサイズが一瞬で変わるからねえ。
成長期に身体が大きくなる時、膝が痛くなるじゃん?
あの痛みの何十倍もの痛みが全身で起こるらしい。
「こんな痛みを覚悟するんだぞ!」
これがプロポーズの時に覚悟を見せると言うことらしい。
でもプロポーズの時に竜化するのは儀式のようなモノだ。
『尻尾を触らせるのがプロポーズOK』というのは、相手にも竜化してもらうのが大前提だ。
じゃなきゃ相手に尻尾はないのだから。
相手に竜化してもらった時点で、プロポーズは99%成功したようなモノだ。
実際にプロポーズしようと竜化して、相手が竜化してくれなくてプロポーズ失敗、というケースはかなりあるらしい。
じゃあ竜化するのは無駄なのか?
そんな事はない。
竜化は『男を魅せる』という意味もある。
竜化した男にほだされてプロポーズOKしてしまう女性も少なくない、との事だ。
トラックの前に飛び出して『ボクは死にませーん』と言うようなモノらしい。
そう考えると、無理矢理女性に竜化させてゲリラ的に尻尾の撫でた俺とヨシダヨシオは最低だな。
歩いて行く、とは言っても立ち入り禁止だった近道が今なら使える。
かなりのショートカットになる。
近道は獣人の集落だけじゃなく海岸にも通じている。
・・・というか、どちらかと言えばそちらのほうが竜人としては経済効果が高い。
魚介類などの海産物、特に賢者が伝えた『ダシ』の原料の海藻類が手に入りやすくなる。
海藻は乾物にするので海から遠くても手には入るのだが。
あと、長老が隣の大陸で覚えてきた『ダシ』の原料『カーツォ』に似た魚を原料にした『カーツォヴシ』の原料になる魚『カーツォ(仮)』などが簡単に手に入る。
竜人の料理の旨さの原因は出汁か。
ヨシダヨシオに頼らなくても元々竜人の料理はマシだったのだ。
『カーツォヴシ』ってかつおぶしの事だよな?
やはり隣の大陸には転移の手がかりがありそうだ。
しかも近道にはモンスターが出ない。
だってアンデッドモンスターだらけで人間どころかモンスターだって近付けなかったんだから。
獣人の集落につながる道にスケルトンは完全にいなくなった。
東の海岸に続く近道にアンデッドモンスターは少し残っている。
残ってはいるが、今回その近道を通りながらアンデッドモンスターを殲滅しよう。
俺の行動が竜人の集落のためになるんだ。
そう思わないと『集落一番の槍使い』を引き抜いた罪悪感が消えない。
「エリアヒール!」
俺がスケルトン達をまとめて灰にする。
エリアヒールがヒーリングの何倍のMPを消費するかはわからない。
だって自分のステータス見えないし。
でもスケルトンが次々に『マジックポーション』をドロップする。
この調子で近道のスケルトンを殲滅しよう。
ガツガツとステータスとレベルが上がる。
相変わらず『かしこさ』と『かっこよさ』の数値の上がりかたは微妙のようだ。
まぁ上がらないよりは良いか。
俺が次々とスケルトンを倒しているとイリスとリーリエとミーナが『さすがっす!』という尊敬の眼差しで俺を見てくる。
いや、ただの相性だ。
俺は三人が余裕で倒せるモンスターには勝てない。
でも俺にとってスケルトンはハナクソで、唯一気にしなきゃいけない『MP切れ』もスケルトンがドロップする『マジックポーション』のお陰で心配する必要はない。
竜人にも回復魔法が使える者がいるんじゃないかな?
って言っても俺が今回スケルトンを全滅させてしまったら回復魔法の使い途なんてないんだけどね。
つーか、俺一人が大量にレベルアップして他の三人がレベルアップしないって事は、俺がかなり三人よりレベルが低いって事よね?
俺、いままで本当によく生き残ってこれたよね?
「俺って今、どれくらいの強さなんだろう?」
「強さは相性の要素が強い。
どれだけレベルが上がっても『アイツには勝てるけど、コイツには勝てない』っていうのがある。
私は遠距離攻撃は得意だけど、近付かれると脆い。
それはいくらレベルが上がってもその傾向は消えない」とイリス。
なるほど、レベルだけで『強さ』は計れないって事か。
「でもジンは相当注意深く敵を選ばなくちゃ簡単に死ぬ」
うん、やっぱり俺、弱いのね。
どれだけレベルアップすりゃ、そこそこの強さになるんだろ?
『相当強くなっただろ!?』って思った時に、ホワイトベアの攻撃がかすっただけで瀕死になったし。
「でもここ数日でジンは急激に強くなったよな」とリーリエ。
そうだろ!?
ホワイトベア数匹にとどめを刺して、アンデッドモンスターを倒しまくったんだ。
これで目に見える成長がなかったら、本当に深刻に『才能なし』という事になる。
俺は大きくレベルアップしたが、ミーナもひとつレベルアップしたようだ。
そして『ドラゴンブレス』というスキルを獲得したようだ。
そのスキルは竜人だけが獲得できるスキルらしい。
「『ドラゴンブレス』ってどんなの?
臭いの?」と俺が聞く。
頭の中でアナウンスが響く。
「スキル『ノンデリカシー』が発動した!」
レベルが上がって獲得したばかりのスキルが早くも発動した。
ミーナはしばらく話してくれなかった。
色々なスキルを覚えた。
『放蕩無頼』
意味は良くわからないが『ブライ』という響きがカッコいい!
是非ともこれから頻繁に使っていきたいスキルだ。
他にも色々なスキルを覚えたが意味がわからないから使い途がわからない。
魔法も覚えた。
その中でも『フォーゲット』の魔法というのが気になる。
きっと『何か』を忘れる魔法なんだろう。
これはどんな使い途なんだ?
敵に使うモノなのか?味方に使うモノなのか?自分に使うモノなのか?
イリスに聞いたが「聞いた事がない」との事だった。
「もしかしたら『ジンのオリジナル魔法』なのかも」と。
だとしたら慎重に使い途を探らなきゃならない。
間違って使ったら取り返しがつかない事になりそうだ。
道は整備されていない。
当たり前だ。
この近道にスケルトンが出るようになってから近道には一切手が入っていない。
道の真ん中には樹木の根が張り、普通に歩こうと思っても根にけつまずく。
近道を使わず大回りするのよりは遥かに早いが、それでも近道を歩くには時間がかかる。
夜通し歩いたとして1日、夜営しながら目指したら2~3日かかるのは覚悟しなきゃいけない。
たどり着いたとしても海岸沿いに港街はない。
昔と変わっていなかったら海岸沿いには漁業を生業としているサハギンの小屋がある、という。
サハギン?
半魚人じゃねーか?
そんなの交渉出来るのかよ?
出来るか、出来ないかじゃない。
荒れた港もないところから舟を求めるなら、舟を持っている存在、サハギンを頼る以外に道はない、らしい。
嫁三人で隣の大陸に渡る事を諦めてイリスとリーリエを置いて行けば、何とかミーナの背中に乗って飛んで行けるかも知れない。
ミーナ自身は「そんなの出来るかどうかわからない」と言っているが。
ミーナは先日初めて竜化したから、『竜になって飛んだ事はない』との事だ。
ましてや『人を背に乗せて隣の大陸まで飛べるか』などは全くの未知である、と。
だから何にしてもサハギンの舟に頼らなくちゃいけない。
サハギンが友好的な種族である事を祈ろう。
あと文化人類学、超大事。
俺の知ってる常識はサハギンの非常識である可能性は高い。
知らず知らずに無礼を働いている可能性だってある。
現に他種族の常識を理解していなくて、嫁が三人も出来てしまったのだ。
それは幸運の類いの話だが。
相も変わらず嫁達に夜の見張りを任せて爆睡する。
「俺しかスケルトンを倒せないんだから俺が見張りをする」と言ったが「スケルトンが現れたら起こす。周囲の警戒も出来ない者に見張りは任せられない」と断られた。
次の日の朝に起きると、イリスとミーナが四匹スケルトンを倒していた。
イリスは風魔法で、ミーナは『ドラゴンブレス』でスケルトンを倒したそうだ。
大量にスケルトンが現れたら対処出来ないが、一匹や二匹現れたなら倒せない事はないのだな、と。
リーリエも直接攻撃じゃなくて風圧でかまいたちを巻き起こすスキル『空刃斬』でスケルトンは倒せない事もないらしい。
何か『俺スゲーだろ?俺にしかスケルトンは倒せねーんだ!俺カッコいい!』って態度取ってた自分が無性にカッコ悪い。
この娘ら、俺に花を持たせてくれたのね。




