②
俺は焼きそばパンを食べながら考える。
「これ、考えなしに食品を消費しちゃって良かったの?」と。
でも勿体振って食べなかったらきっと腐るだけだよな、と。
とにかく食べ物を確保しよう。
最悪、薬草を食うしかないが、出来れば他の人間がいる所へ行きたい。
そうとなれば移動しよう。
次のスライムを倒したらとにかく移動しよう。
・・・と考えてながらスライムにとどめを刺した瞬間に久しぶりのファンファーレがなる。
『レベルが6になった!
"ちから"が6上がった!
"みのまもり"が5上がった!
"すばやさ"が4上がった!
"まりょく"が4上がった!
"かしこさ"はあがらなかった!
"かっこよさ"が1上がった!
"HP"が5上がった!
"MP"が4上がった!
"スキル"『愛想笑い』を覚えた!』
相変わらずスキルはろくでもない。
しかし『かっこよさ』が初めて上がった。
『かしこさ』は上がらなかったけど。
そういえば、学生かばんの横のポケットを開けるのを忘れてた。
学生かばんのポケットの中には例のアレが入ってるんだよ!
スマートフォンが!
ここがどこだかわからんけど、スマホのナビがあったら道に迷う事なんてねーだろう?
俺はスマホを構える。
『圏外』
うん、予想はしてた。
しかも充電残り15%。
夜、寝てる間に充電したばっかりなのに減り方が半端じゃない。
そういえば『圏外』が一番、充電の減りが早いって聞いた事がある。
何にしてもスマホは何の役にも立たない。
それでもスマホに何か利用価値があるかも知れない。
必要になった時に充電切れじゃ話にならない。
俺はスマホの電源を自ら切る。
とにかく出発しよう。
どこへ?
俺に聞くな。
手に持った鉄パイプを地面に立てる。
パタン
鉄パイプが倒れる。
俺は鉄パイプが倒れた方向に行く事にした。
後に隠しステータス『運の良さ』と言うモノがある事を知る。
そして、俺は運の良さは最低だ。
そんな俺が運試しをしてもろくな結果にはなるわけがない。
俺は鉄パイプが倒れた方向に歩いて行く。
どこまでも大草原が続いているのかと思いきや、草原は街道に続いていたようだ。
これがどういう意味かわかるか?
街道がある、と言う事は『街道を作った人がいる』と言う事だよ!
街道を行けば人間に出会うって事だよ!
俺はウキウキとしながら街道を行く。
素早さが上がっている俺はスキップしながら街道を行く。
そのスキップは江ノ島電鉄くらいの速さだった。
街道は森の中に入っていく。
「怪しいヤツ!
止まれ!」俺は横から声がかけられる。
横を向く。
横にあるのは鬱蒼とした森だ。
「気のせいか」俺は通りすぎようとする。
「『気のせい』じゃない!
ここだ!
木の上を見ろ!」
俺は声に従って、木の上を見る。
そこには弓を構えた緑色の服を着た女がいた。
「何だ、榊原郁恵か」
「ぴ、ぴーたーぱん?
何だ?それは?」
「榊原郁恵を知らんのか?
緑色の服を着た女といったら、榊原郁恵しかいないのは常識だと思ったが・・・」
「それはどこの常識だ!?
私はエルフだ!」
「そうか。
俺の親父はキャンターだ」
「?????
貴様は一体何を言っている?」
「乗ってるトラックの話だろ?
アンタはいすゞエルフに乗っている。
俺の親父は三菱キャンターに乗っている。
それで良いじゃねーか」
「貴様が何を言っているのかわからない!」
「何でこの程度の話がわからないのか、こっちがわからない。
いきなり乗ってるトラックの自慢を始めたり、オモチャの弓矢を人に向けてきたり・・・。
アンタ、無礼にもほどがあるぞ?
俺が人恋しくなくって、人に会えてホッとしたんじゃなかったら法廷案件だぞ?」
女はピクリと動いた。
俺が発した言葉に何か反応したのは間違いない。
「『オモチャ』だと?
エルフの誇りである弓矢を『オモチャ』だと?」
どうやら女は弓矢を『オモチャ』と言われた事に腹を立てているようだ。
あー、こういうガンプラ好きとかいるよな。
ガンプラをオモチャとか言われた途端にキレ出すの。
こういう場合は面倒臭いからこちらが折れるに限る。
「ごめん、俺が悪かった。
お前はその弓矢が大事なんだもんな。
その大事なモノをオモチャなんて言われたら、怒って当たり前だ」
「うるさい!
人間の言う事など聞くか!」
どないやねん!
「『人間』てアンタも人間だろうが!」
「私が人間に見えるか!」
「人間以外の何なんだよ!」
「さっき言ったであろう!?
『エルフ』だと!」
「だから乗ってるトラックの自慢をされても意味がわからん!
俺がガキの頃、親父が言ってた『父ちゃんのトラック、キャンターなんだぞー!スゲーだろ?』みたいなものか?
それを聞かされた俺は何て応えりゃ良いんだよ!?」
「貴様『森の賢人』エルフを知らんのか!?」
「俺の知ってる『森の賢人』はオランウータンの事なんだよ!
オランウータンであるアンタがなんでそんなに偉そうなんだよ!?」
「エルフを知らんのか・・・。
そんな人間がいるのか?
まぁ、しょうがない。
説明してやる」
女は被ったいた緑色の帽子を外す。
すると、帽子の中でまとめていたブロンドの髪の毛が溢れ出す。
「美しい・・・」俺は思わず呟いた。
女の顔が真っ赤に染まる。
何だ、コイツ?
疑問に思ったのも一瞬、女の耳が露になる。
「耳が尖っている!」
「そう。
私の種族はみんな耳が尖っているのだ。
貴様は耳が尖っている人を見た事があるか?」
「耳が尖っている人は一人しか知らない。
『久米宏』しか耳が尖っている人は・・・」
「人間で耳が尖っている人はいないはずだ!」
「それがいるんだよなあ」
俺は勝ち誇ったように言いながら、女の耳を触った。
「え?
貴様、今、私の耳に触れたのか!?」
「うん、触れたけど。
やっぱり本当に尖ってるんだね。
作り物じゃないんだね」
「だから言っただろうが。
『私はエルフだ』って。
『エルフは耳が尖っている』って。
・・・そんな事はどうでも良いのだ!
貴様は未婚の乙女の耳に触れたのだぞ!」
「意味がわからん・・・」
「エルフの女は配偶者にしか耳を触らせないのだ!」
「ソイツは正直すまんかった」
「『すまんかった』じゃすまんのだ!
エルフの婚姻の契約は絶対なのだ!」
「エルフって貞操観念強いの?」
「いや、エルフは享楽的で悔しいが貞操観念は緩いと言われている」
「どないやねん!」
「だからこそ『婚姻』に強い縛りを設けてるのだ!
でないと、エルフは誰とでも関係を持ってしまう!
『耳を触った、触られた相手以外の異性以外と交際、婚姻してはいけない』という決まりは絶対だ!
無かった事には出来ん!」
「わかった。
俺に耳を触られた事をアンタが忘れれば俺も忘れる」
「それで終わりになる訳なかろう?
この首飾りの宝玉を見ろ!
赤いだろうが!」
「それがどうした?」
「エルフの女性は誰でもこの首飾りをしている。
未婚のエルフの宝玉の色は水色だ。
既婚のエルフの宝玉の色は赤色だ。
既に私は貴様の人妻だ!」
「拒否すりゃ良いじゃねーか!」
「拒否なんてしたら首飾りが絞まって首がネジ切れてしまう!」
「『呪いの首飾り』じゃねーか!」
「そのくらい厳しくしないと、享楽的なエルフは縛れないのだ!
つまり婚姻は絶対なのだ!
私は貴様と添い遂げなくてはならないのだ!」
「自分で言うのもなんだけど、俺を殺せば良いんじゃねーか?」
「そんな事を出来ると思うか?
拒否するだけで首が絞まるのだぞ!」
「じゃあ俺はどうすりゃ良いんだよ!?」
「口惜しいが・・・末永く頼む」
「アンタはそれで良いのかよ!?」
「エルフの一生で、貴様と添い遂げる時間など、瞬きほどの時間だ。
耐えられないほどではない。
『末永く』とは言ったが、私にとっては本当は末永くはないのだ。
貴様が他に相手を見つけたとしても私は特に何とも思わん。
貴様が私を娶る幸運にうち震えるが良い」
どうやら嫁って言ってもそれほど難しい話じゃないらしい。
『ダーリン、浮気はダメだっちゃー!』って女に付きまとわれるのより縛りは小さいらしい。
「さよけ。
それより何で森の中で俺に弓矢を向けてたの?」
「貴様が明らかな不審者だったからだろうが!
不審者が自分のテリトリーに入って来たら武器くらいは向けるわ!」
「失礼な!
俺のどこが不審者なんだよ!」
「まずはあのステップ。
人間であのステップで走っているヤツを見た事がない!」
どうやら俺のウキウキスキップを見てコイツは俺を『怪しい』と思ったらしい。
コイツはスキップというモノを知らないんだろうか?
ん?コイツって名前何て言うんだ?
「おい、アンタ何て名前なんだ?」
「どうして貴様に名前を教えなきゃならんのだ?」
「アンタが俺と婚姻関係にあると言ったんだろうが。
嫁の名前を知らない旦那がいるか?」
「つまらん事を気にするのだな、私は気にしないが」
つーか気にしろ。
まぁ、こちらから譲歩しようか。
「こちらから名乗ろうか。
俺は石鎚仁。
ジンと呼んでくれ。
親父が酒好きで、迷惑にも当時ハマってた酒の名前を付けやがったんだ。
ホラ、こっちは名乗ったぞ。
名前を教えてくれないか?」
「・・・私の名前はイリス。
イリス=カンパネラという名前だった。
これからはイリス=イシヅチだが」
「何で名前が変わるんだよ?」
「人間の婚姻はよくわからんが、エルフの婚姻は女性が旦那の姓を名乗るのだ」
「何で『イシヅチ』が姓だとわかった?
『ジン』が姓だと思わなかったのか?」
「変な事を言うな。
貴様が父親に『ジン』と名付けられた、と言わなかったか?
だったら『ジン』が名で『イシヅチ』が姓だろう?
名前が姓の後なのが珍しいが、東には姓が先に来る人間の部族がある、と言う。
貴様が東から来た、と考えれば何の不思議もあるまい」
イリスは微妙に頭が回るようだ。
「そうか。
じゃあ俺はイリスって呼ぶから、アンタも俺をジンって呼んでくれないか?」
「何でだ?
『貴様』じゃいかんのか?」
「『貴様』って呼ばれるのが嫌だから『ジンって呼んでくれ』って言ってるの!」
「よくわからんが『ジン』と呼べば良いのだな?
ジン、これからよろしく頼む」
頭の中で聞いた事のないジングルが鳴り、アナウンスが響く。
『イリスが仲間になった!』と。
イリスに話を聞く。
「ここら辺に街ってある?」
「街はないが、集落ならいくつかあるな」
贅沢は言ってられない。
「ここから一番近い集落に連れて行ってくれないか?」と俺。
立ち止まったイリスは信じられないモノを見た表情で「正気か?」と言う。
「とにかく情報が足りない。
集落で情報集めがしたい」
「その集落がジンに友好的とは限らん。
実際に私はジンにいきなり弓矢を向けた。
少なくともエルフの集落は間違いなくジンには友好的ではない」
「エルフの集落じゃない他の集落もあるんだよな?」
「確かにあるが・・・」
「イリスが他の種族の集落に行きたくない気持ちはなんとなく理解出来るけど・・・。
頼むよ。
何とか情報を得たいんだよ!」
「・・・そこまで言うなら、気は進まんが案内しよう」
「・・・おい、ここはどこだ?」と俺。
「ゴブリンの集落だが?」とイリス。
ゴブリンなんてファンタジー世界の雑魚がいるとは。
考えないようにしていたが、ここは異世界なんじゃ?
そんな事、今はどうでも良い!
ゴブリンと呼ばれた『ソイツら』を観察する。
ソイツらは腰ぐらいの背丈で緑色だ。
半裸で腰蓑を巻いている。
黒目がない。
白目の部分が濁った黄色である。
耳と鼻が尖っていて、毛髪がない。
俺を威嚇するように取り囲んでいる。
どいつもこいつも頭が小さい。
身体の構造がほとんど人間と同じなら脳が極めて小さい事を意味していて、交渉の余地がない事を意味している。
「どういう事だよ!?」
「こちらが『どういう事だ!?』と言いたい。
ジンが『近くの集落に連れて行け』と言ったから私はしょうがなく『ゴブリンの集落』に案内したまでだ」
俺はアホだ。
俺は人間でイリスはエルフなのだ。
イリスにとって、人間もゴブリンも大差ないのだ。
他種族の集落を案内する時、ゴブリン的な種族の集落を案内される可能性は元から排除すべきではなかった。
反省は後にしよう。
今、正にゴブリン達は俺に襲いかかろうとしている。
考えろ!
どうすればこの場を切り抜けられる?
そうだ!
学校のヤンキーに囲まれた同級生が、ヤンキーに土下座する事で危機を乗り越えた、という話を聞いた事がある。
「ああいう話が通じない相手には分かりやすく『敵意がない』って伝えなきゃいけないんだよ」
土下座した同級生は言い訳がましく言っていた。
ゴブリンはヤンキー以上に話が通じないだろう。
だったら、ヤンキー以上に綺麗な土下座をしなきゃならないのでは!?
思えばこの時の俺には圧倒的に『かしこさ』が足らなかった。
俺はゴブリンの前で綺麗な土下座を決める。
頭の中でアナウンスが流れる。
スキル『土下座』が発動!
ゴブリン達は驚き戸惑っている。
よく考えたらゴブリンに『土下座』の意味が理解出来る可能性は低い。
『敵意がない』と言う意思がゴブリンに伝わった可能性は低いがゴブリンを困惑させて、動きを止める事には成功した。
「やったらああああああああ!!!!!!!」
俺はヤケクソで目の前のゴブリンの群れに突っ込む。
良く考えたら、ゴブリンは何も悪事を行っていない。
集落で大人しく生活していたら、突然異分子が集落に訪れて、警戒していたら土下座したと思ったら、突然暴れ出した。
十割、俺が悪い。
極悪人だ。
「ギャウギャウ!」襲われたゴブリン達が騒ぎ出す。
『何だ、コイツ!?
頭おかしいぞ!?』ってところか?
後で考えてみたら、この時に勢いで人型のモンスターに攻撃したのは良かったのかも知れない。
この時に攻撃出来ていなかったら人型のモンスターに攻撃するのは抵抗があったままかも知れない。
「侵略か?侵略なのか?
最初から虐殺するつもりなら、そう言っておいてもらわんと。
しかし、やはり人間のやることは野蛮だな」とイリス。
そう言われても言い訳も出来ない。
いきなり攻撃を仕掛けておいて『愛と平和!』ってのも無理がある。
でも囲まれた状態で敵の攻撃を待つのは自殺行為だと思うんだ。
敵が俺の『土下座』の意味を理解出来ずにフリーズしている今しか攻撃のチャンスはない。
俺が両手に鉄パイプを持って、ゴブリン達に殴りかかる。
「ほう、二刀流か」イリスが感心するように言う。
意識はあんまりして・・・いや、無茶苦茶宮本武蔵を意識してたか。
「それよりイリスも攻撃してよ!」
「何で私がゴブリンを憎くもないのに攻撃しなきゃいかんのだ?」
「旦那の敵は嫁の敵じゃねーの!?」
「それもそうか。
ジンとは添い遂げねばならんのだったな」
イリスは『やれやれ』といった様子で弓に矢をつがえる。
いっぺんにつがえた矢の本数は五本。
そんなテキトーに撃ったら矢がもったいない!
・・・と思ったら放たれた矢はホーミングして、一本一本が違うゴブリンの眉間に突き刺さる。
つーかイリス、無茶苦茶強くないか!?
それともこれが普通なのか!?
俺が弱すぎるだけか!?
俺の振り回した鉄パイプはフリーズしているはずのゴブリンにヒョイっと躱されている。
ゴブリン無茶苦茶強よい!
全く歯が立たない!
そりゃそうか。
今まで単体のスライムしか倒してないんだもんな。
いきなりゴブリンの群れを相手にするとか、何様だよな。
でもイリスにとってはゴブリンは雑魚みたいだ。
・・・もしかしてイリスに弓矢向けられた時、俺相当ピンチだったんじゃない?
99%死んでたね。
棒倒し占い、どこが占いなんだよ!?
無茶苦茶大凶じゃねーか!
まぁ、イリスが仲間になったから良いようなものの。
イリスはゴブリンの集落をあっという間に全滅させた。
その間俺が何をやっていたかって?
何もしていなかった訳ないじゃないか。
「今だ、やれ!」
イリスを超応援していた。
頭の中でファンファーレが鳴る。
『レベルが15になった!』
え?




