第7話
「それでも、必ず僕が守る。誰にもクロエを傷つけさせたりしないから。」
リンネの真剣な眼差しと手の甲へのキスで、クロエは身動き一つできなくなってしまった。
顔に血が上っていくのがわかる。今自分はさぞかし真っ赤な顔をしているだろう。
まさか、いつも元気で可愛らしいリンネがこんな風に迫ってくるとは、思ってもみなかったからだ。
カチカチに固まっているクロエを見て、リンネは表情を緩め、ふっと微笑んだ。
「アハハハ! クロエ、顔真っ赤だよ! かわいいなあ!」
リンネはパッとクロエの手を離し、お腹を抱えて笑いだした。
その様子を見て、やっとクロエも声を出すことができた。
「もっ……もう! びっくりしたでしょ! からかって……。」
クロエは熱くなっている自分の頬に手を当てながら、リンネから顔を背けた。
「からかってないよ。全部本心だ。」
リンネは微笑みながら、しかし真剣な口調で続けた。
「クロエはさ、多分僕のこと男性としてはあんまり意識してくれてないんじゃないかと思って。ほら、僕はまだ17歳だし、兄達やクロエより年下でしょ?」
可愛らしい外見通り、リンネはやはり10代だったようだ。
「でも、年下だから頼りないって思わないで。……ううん、クロエに頼りになるって思ってもらえるよう頑張るから!……だから、僕のことも、夫候補の一人として、ちゃんと見てね。」
リンネの方に向き直ることができず、相変わらず頬を押さえたまま俯いているクロエを、リンネが背後から抱き寄せた。
想像より筋肉質な腕と固い胸板に挟まれて、全く身動きができない。
「もー! クロエ、わかった? わからないならもっとギューしちゃうぞー!」
「……わ、わかった! わかったからっ!!」
これまで彼氏がいたことがないばかりか、男性とろくに触れ合ったこともないクロエが、ほとんど気絶しそうになりながらやっとの思いで返事をすると、リンネはそっとクロエを離してくれた。
「ありがとう。……今日のところは、この辺にしといてあげるね!」
「今日のところは」とは、不穏な言葉である。
日頃からこんな風に迫られたのでは、クロエはとても心臓が持ちそうになかった。
早鐘のようになる心臓がまだおさまらず、なんとか深呼吸をして息を整えようとしているクロエに、リンネが言った。
「さて!そろそろ部屋に戻ってもいいはずだよ!クロエに似合いそうなのをいっぱい集めておいたからね!」
*****
リンネに言われて部屋へと戻ると、何やら部屋の中の様子が一変していた。
室内にあったテーブルとソファは、元々おいてあったどっしりとしたものから、可愛らしいアンティーク調の物に変わっており、さらにワードローブとドレッサーが運び込まれていた。
カーテンや、ベッドにつけられた天蓋は、元の深緑色の物からパステルブルーの物に変えられ、部屋全体が明るくなったような気がした。
部屋の中のあまりの変わりように驚きつつワードローブを開けてみると、中にはぎっしりとカラフルなドレスやワンピースなどが収納されていた。
薄いピンクのドレスを1着取り出して、ドレッサーの大きな鏡の前で体に当ててみたが、豪華な刺繍やレースがふんだんに使われたドレスは、クロエには分不相応な気がした。
グラーディに来る前のクロエは動物達に囲まれて暮らしていたから、とにかく動きやすく、汚れてもいい服ばかり着ていたのだ。
スカートを履くのすら、いつぶりだか思い出せないくらいだった。
「こんな可愛いドレス、私なんかじゃとても着こなせないわよ……。」
「そんなことないよ。」
クロエは独り言のつもりで呟いたが、予想外に返事が返ってきたので驚いて振り向くと、入り口の扉を半分開けて、ラヴィがニコニコとこちらを見ていた。
「ラヴィ!」
「びっくりした? 僕とリンネで、クロエに似合いそうなものを集めたんだ。気に入ってくれたら嬉しいんだけど……。あ、でも、もし気に入らなかったら、またいくらでも取り替えられるからね!それに足りない物があればなんでも言って?すぐ用意させるから。」
普段は落ち着いて頼り甲斐のあるラヴィが、珍しく慌てて話すのが可笑しくて、クロエは思わず微笑んだ。
「ありがとう! すごく可愛いと思う。部屋も家具もドレスもちょっと立派すぎて、私には勿体無い気もするけど……。」
「だから、そんなことないよ!」
ラヴィは真剣な表情で言った。
「家具はリンネと一緒に選んだけど、ドレスは全部、僕がクロエをイメージして選んだんだ。クロエの優しく清らかなイメージに合わせたし、布もレースもクロエにふさわしい最上級の物を使っているから、似合わないはずがない!」
ラヴィの甘すぎる褒め言葉に、クロエは赤面してうつむきながら答えた。
「……ありがとう。うん、ありがたく着させてもらうね。」
クロエは本当は、普段なかなか着る機会がないだけに、可愛らしい服やレースに人一倍憧れがあった。
ワードローブに並んでいるドレス達は、どれもクロエの好みど真ん中のものばかりだ。
着こなせる自信はなかったが、ラヴィがクロエのために選んでくれたのなら、大切に着させてもらおう。
改めてワードローブの中のドレス達を嬉しそうに眺めているクロエを見て、ラヴィも安心したように息をついた。
「よかった……。クロエはいきなりグラーディに転生させられて、しかも王を選んで結婚してほしいなんて頼まれて、本当に大変だと思うから……。クロエが少しでも心地良く暮らせるように、僕にできることはなんでもしたいと思ってるんだ。」
ラヴィが優しい眼差しでこちらを見て微笑むので、クロエはまた赤面して顔があげられなくなった。
そんなクロエをさらに愛おしそうに眺めながら、ラヴィは上着の中に手を入れて、小さな箱を取り出した。
「……それから、これも僕からのプレゼント。もし気に入ったら付けて欲しいんだけど……。」
ラヴィが小箱を開くと、中から赤い宝石のついた指輪が現れた。
「すごい……! 綺麗な石! なんだか、ラヴィの瞳みたいね……。」
ピンクがかった赤い石の色は、ラヴィの瞳の色をそのまま写したようだった。
指輪のあまりの美しさにクロエが目を奪われていると、ラヴィはそっとクロエの手を取って、左手の薬指に指輪をはめてくれた。
クロエが元いた世界では、左手の薬指の指輪には特別な意味があるのだが、グラーディではどうなのだろうか。
「よかった! サイズぴったりだね! これはね、ウサギ族の族長に代々受け継がれている石なんだ。族長が妻を娶る時渡すものなんだよ。」
「えっ、そんな大切な指輪、もらえないよ……!」
まだ4人のうち誰と結婚するか決められていないクロエには、ラヴィにとって特別な意味のある指輪をもらうことはできない気がした。
慌てて指輪を外そうとするクロエを制して、ラヴィが言った。
「いいんだ! クロエが誰を選ぶとしても、僕の心はクロエに捧げると決めているから。……でも、そんなに重くとらえないで、石が気に入ったらつけていて欲しい。それに、僕は神官だから、僕が念を込めた石は、お守りになるんだよ!」
ラヴィは、クロエが抜こうとした指輪を、再びクロエの指に押し戻しながら言った。
「さ、もうはめちゃったから、返品は無しだよ! これはもうクロエのものです!」
ラヴィがふざけた様子で押し切ろうとするので、クロエもおかしくなって笑い出してしまった。
「アハハハ! もう、仕方ないなぁ。……ありがとう。全部、大切にするね。」