第5話
王子たちから色々と話を聞いた後、クロエはまたどっと疲れてしまい、少し一人で休ませてもらうことにした。
部屋に一人になって改めて考えてみても、本当に突拍子もないことに巻き込まれてしまったものだ。
早く元の世界に戻りたいが、そのためには一度結婚しないといけないなんて……。
大体、4人の中から選べと言われても、昨日今日に初めて会った男性をどうやって選べばいいのかわからない。
全員かなりのイケメンなのは認めるが、彼らのことで知っているのは、顔と名前となんとなくの性格くらいだ。それだけで選べと言うのは無理があるのではないだろう……。
それも100日以内にとは、無茶振りにも程がある。
「でも、文句ばっかり言っててもどうにもならないわよね。とりあえず、今わかっていることを整理してみようかな……。」
クロエはため息をつきながら考え始めた。
第一王子のラヴィは、確かウサギ族だと言っていた。
優しくて穏やかで、頼りがいもありそうだ。
クロエがグラーディに来てから、わからないことは大体ラヴィが教えてくれているし、結婚してしばらくしたら元の世界に戻してくれるとも約束してくれている。
第二王子のレオンは、言動に謎が多すぎて正直よくわからない。
クロエのことを庇ってくれた気がする時もあれば、冷たい口調で「馬の骨」呼ばわりする時もある。
それに、さっき「俺のことを覚えていないのか」と言っていたのは、神殿で会ったのが初対面ではなかったということなのか?
そうはいっても、異世界に知り合いなんていないし、初対面でないはずがないのだが……。
でも、やたらとクロエを元の世界に戻そうとしてくれている。
レオンを選んだとしたら、元の世界に戻るための協力は、他の誰より期待できるのではないだろうか。
第三王子のウォルフは、オオカミ族というだけあって、気性が荒くて怖そうな感じがする。実際に手荒に引き寄せられそうになって驚いた。
あの強引さでは、結婚後に本当に元の世界に戻してくれるのか不安な気もする。
第四王子のリンネは、人懐っこくて可愛らしい。
勤めていた動物園でクロエが世話していた小熊の子を彷彿とさせて、なんだか放って置けない気がする。
しかし、見た目はどう見ても10代の少年だから、結婚相手として見るのは難しい気がするのだけど……。
こうしてじっくり考えてみると、結婚するとしたらやはりラヴィ一択という気がする。
別にラヴィを好きなわけではないが、それは他の王子に対しても同じだ。
それなら、条件で考えて一番無難な相手を選ぶしかないのではないか……。
それにしても、やはり出会ったばかりの男性と結婚するなんて、これまで男性とろくに付き合ったこともないクロエにはハードルが高すぎる……。
ましてや、ラヴィの言うように、「心を捧げて愛する」なんて想像も出来なかった。
グルグルと考えているうちに、お腹からググーッと大きな音が鳴って、クロエは自分が空腹なことに気が付いた。
今が何時なのかわからないが、少なくとも丸一日くらいは食事をしていないはずだ。
どこかで食べ物を調達したいが、この世界にはコンビニやレストランなんてないだろうし、そもそもお金を持っていない。
というか、まず寝巻きから着替えないことには部屋の外にすら出にくいが、着替えをもらうにはどうしたらいいのだろうか?
クロエが、もしかしてどこかに着替えが収納されていないかと部屋の中をウロウロしていると、コンコンと扉をノックする音がした。
「クロエー、入っても良い?」
リンネの声だ。
「あ、うん。どうぞ!」
クロエが返事をしながら扉の方へ近付くと、リンネがカチャリと扉を開けて入ってきた。
その腕には、白いワンピースと丈の長いローブ、それとなにやら蓋付きのバスケットが抱えられている。
「クロエ、お腹空いてない? 着替えを持ってきたから、これに着替えてピクニックしよう!」
*****
クロエは、リンネに促されるままに、ワンピースとフード付きのローブに着替え(さすがに着替え中は部屋の外に出ていてもらったが)、手を引かれて城の中庭らしき場所に来ていた。中庭は周囲をレンガ造りの高い壁に囲まれていて、柔らかな芝生には暖かい日差しが降り注いでいる。
クロエは庭を見回して、あることに気づいた。
「このお庭、素敵だけど木も花もないのね? 日当たりもいいし植物がよく育ちそうだけど……。」
元の世界でベランダガーデニングに凝っていたクロエは、この広さの庭を好きに使って植物を植えられたら最高だろうな、と想像していた。
「そうだねえ。でもそのおかげで、この中庭は庭師すらあまり出入りしないし、ちょっと休んだりするのには最適なんだよ。僕はたまに来るんだ!」
リンネは、中庭のちょうど真ん中あたりまでくると、芝生の上に手際良く大きな布を広げ、その上に置いたバスケットから次々と食べ物を取り出し、並べていった。
「クロエも座って! はい、サンドイッチ! 紅茶も持ってきたし、あとスコーンとフルーツもあるよ!」
「あ、ありがとう……。」
トマトとレタスとベーコンらしきものが挟まったシンプルなサンドイッチは、クロエが今まさに食べたかったものだった。
しかし、異世界の食べ物を消化できるのだろうか?
味付けも見た目と全く違って、この世界独特のものだったらどうしよう……。
恐る恐る口を近付けサンドイッチをひと口食べると、口の中に慣れ親しんだ味が広がった。
「おいしい……!」
「わ、良かった! たくさん作ってきたから、いっぱい食べてね!」
そう言いながら、リンネは蓋付きの壺からマグに紅茶注ぎ、クロエのそばに置いてくれた。
「作った? リンネが作ってくれたの?」
クロエはサンドイッチをパクパクと食べながら、驚いて問いかけた。
「うん。食堂に頼んでも良かったんだけど、サンドイッチくらいなら僕でも作れるし、クロエに食べて欲しいなって思って。」
サンドイッチ3つとスコーンを食べ、紅茶を飲んで、クロエはやっと一息つくことが出来た。
自分で思っていたより、かなりお腹が空いていたらしい。
紅茶のマグを両手で持ち、満足そうに息をつくクロエを、リンネはニコニコしながら見守っていた。
「本当にありがとう。私、すごくお腹が空いていたみたい……。」
「ううん、待たせちゃってごめんね。昨日から何も食べてないんだし、そりゃお腹が空くよねぇ……。」
リンネは、クロエのマグに紅茶を注ぎ足しながら言った。
「それから、着替えも、今着てもらっているものの他にも色々届けさせるから。でも、部屋の外に出る時は、必ずこのローブを着て、しっかりフードをかぶってね」
クロエが羽織っているローブは、しっかりした厚手の生地でできていて、フードも大きく、かぶると顔の上半分くらいは隠れるようになっていた。
「わかった。でも、どうして?」
「クロエは耳と尻尾がないでしょう? グラーディではみんな耳と尻尾があるから、フードをかぶっていないと一目で獣人じゃないことが……異世界から来た【獣を統べる乙女】であることがバレちゃうんだ。」
リンネは急に真剣な顔になった。
「僕たち4人を次の王にしたくない種族も多いけど、そういう種族にとって【獣を統べる乙女】の存在は脅威だから、クロエが王宮にいることがバレたら、暗殺者を差し向けて来るかも知れない。」