第20話
「いや、湯気で何も見えなかったぞ……。うん、全然見ていない!」
レオンは温泉から上がり、クロエの方に背を向けて素早く服を着ながら、少々無理のある主張を繰り返していた。
クロエの方は、レオンが近くにいるので温泉から出られず、できる限りお湯に深く浸かって体を隠そうとしながら怒鳴った。
「噓つき! あれだけ近づいてたら見えたでしょ!? もう、なんでこんな時間に温泉に入っているのよ!?」
こんな時間に温泉に入っていたのはクロエも同じなのだが、自分のことは棚上げしてレオンを問い詰めた。
「いや、さっきまで明日の準備やらで忙しくて、バタバタしていたんだ!やっと一通り仕事が済んだので、せっかくだから温泉に入っておこうかと……。俺も、まさかこんな時間に他に人がいるとは思わなかったし……。……って、そんなことはどうでもいい!クロエはなんでこんなところにいるんだ!?」
クロエは返事に詰まった。
まずい……。裸を見られた衝撃で忘れていたが、よく考えると一番見つかってはいけない人にあっさり見つかってしまったことになるのだ。
あれだけ付いて来るなと言われたのに勝手に付いてきたのだから、流石に今回は結構怒られるかもしれない。
それに、付いてきた方法を正直に話すと、王宮の重鎮であるパン老師はともかく、ミャオス隊長は部下の確認不足を咎められるかも……。
熱いお湯に浸かったまま、なんと言い訳しようかとぐるぐる考えているうちに、クロエはのぼせて頭がクラクラしてきた。
「……だいたい、どうやって付いてきたんだ!? 兵士に紛れ込むにしたって、クロエは一目で獣人じゃないとバレるんだから……。おい、聞いているのか?」
レオンが、急に静かになったクロエの方ちらりと確認すると、クロエはのぼせすぎて気を失いかけ、温泉に沈みかかっていた。
「嘘だろ!? おい、クロエ!!」
クロエは薄れ行く意識の中で、レオンが服のまま温泉に飛び込んで助けに来てくれるのを眺めていたのだった。
*****
「ふう……。ありがとう、レオン。」
クロエはレオンに温泉から抱え出され、レオンから貸してもらったタオルを体巻いて、岩によりかかって休んでいた。
レオンが皮製の水筒に入った水をくれたので飲みながら涼んでいると、少しずつ火照りが治まり、意識がはっきりして来たようだった。
「うん、だいぶ気分が良くなったかも。ご心配おかけしました。」
レオンは、タオルしか巻いていないクロエの方を直視できないのか、こちらに背を向けたまま話しかけて来る。
「そうか。じゃあとりあえず服を着てくれ。この辺に置いてあったな……ってなんだコレは? 付け耳!? ……これをつけて兵士に紛れ込んでいたのか!? それにこの軍服も、どこで手に入れたんだ……?」
レオンに付け耳と軍服が見つかってしまった。
もうこれ以上誤魔化すのは厳しいと観念したクロエは、ここに至るまでの一部始終をレオンに洗いざらい白状した。
「……そうか、パン老師が……。あの人は、たまに信じられないようなことをするからな……。」
レオンは疲れた顔をして、深いため息をついた。
「パン老師からもらった変装セットで兵士のふりをしたのと、ラッキーなことに新人の兵士と人違いされたので、なんとかここまで来られたのよ。本物のニーアンって人には申し訳なかったけど……。」
「いや、人違いの件もおそらくパン老師の仕込みだろう。ミャオス隊長が、パン老師から頼まれていたんだろうな。移動が馬ではなく荷車だったというのも偶然にしては出来過ぎだし、新人なのに木材拾いしかやっていないというのもおかしい。新人は普通、もっとこき使われるものだからな。……まあ、獣を統べる乙女だということは流石に伏せているだろうから、どこかの名家の子息が訳ありで視察隊に同行するから、気を使ってやれとかなんと言ったんじゃないか?」
そうだったのか……。
レオンの推理が当たっているとすると、ミャオス隊長はさぞ気を使って疲れたのではないだろうか。後で隊に戻ったら、こっそり謝っておこう……。
「それで、これからどうするんだ?」
レオンが呆れ顔で問いかけて来る。
「どうするって……もうここまで来ちゃったんだし最後まで付いて行くわよ!まさかここから1人で帰れなんて言わないわよね?」
「……まあ、帰るなら馬車でも調達して、護衛をつけて送るが……。しかし本当にお前も、パン老師以上に何をするかわからないからな。護衛を撒いてまた付いてこようとするかもしれないし……。どこにいるのかわからなくなるぐらいだったら、近くに居させる方がマシか……。」
レオンはうんざりしたような顔で、またしてもため息をついている。
こんな時間まで働いているような忙しいレオンに余計な心労を背負わせていることに、クロエは少し申し訳なさを感じていた。
「大丈夫よ!ミャオス隊長が色々気を使ってくれているみたいだし、他の人にはバレないように、ちゃんと兵士に紛れ込んで付いて行くから!レオンは私のことは忘れて、視察に集中してくれれば……。」
「そんなわけに行くか! ミャオス隊に置いておいて、万が一クロエの存在が兵士たちにバレたら……相当面倒臭いことになるぞ!」
レオンは急に指揮官らしい厳しい表情になって、クロエに告げた。
「ニーアン新人兵は今を持って5階級特進。国王東軍の大尉として、私の護衛の任に就くことを命ずる!」




