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第2話

気が遠くなっていくのを感じながら、クロエは夢うつつで、今日ここに至るまでに自分に一体何が起こったのかを思い出そうとしていた。

「そうよ、今日はいつものように出勤して、朝から怪我をした子の治療をしていたんだった……。」


*****


事故に遭う数時間前。

クロエはいつものように、勤務先の動物園の診察室で、怪我をした動物の治療に当たっていた。

「はーい、ちょっとだけしみるよ〜!」

岩場で滑ってすり傷を作ったカピバラを手際よく消毒して、包帯を巻く。カピバラはリラックスした様子でじっとクロエに体を預けているので、治療はあっという間に済んだ。

「よーし終わり!良い子だったね!」

クロエがカピバラの頭を撫でていると、診察室のドアが勢いよく開き、男性飼育員が飛び込んできた。

「黒江先生! カンガルー舎で、オス同士がケンカしています!」

「また!? すぐ行きます!」

カンガルーは、メスやナワバリなどを巡って、オス同士でケンカになってしまうことがある。ケンカが白熱すると怪我をすることもあるので、なるべくすぐに引き離すことになっているのだが、下手に飼育員が間に入ると、それこそ人間まで大怪我をしかねない。

そこでこの動物園では、こういう場合にはクロエを呼ぶことになっているのだ。


「あそこです!」

男性飼育員と共にカンガルー舎へ走っていくと、なるほど古株のボスカンガルーと体格の良い若いカンガルーが、大乱闘を繰り広げていた。

クロエは迷わず走って、速度を緩めることなく柵を飛び越え、2匹の近くまで行くと大声で叫んだ。

「2人とも、ステイ!!!」

ステイは犬への指示に使う言葉だし、本来カンガルーには言葉での指示は通らないはずだが、にもかかわらず、クロエが叫ぶや否や2匹はぴたりと動きを止めた。

「はい、ケンカはおしまい! ちょっと動かないで、ケガしてないか見せてね!」

クロエがてきぱきと2匹の身体を確認する間、2匹は微動だにせず、じっとクロエにされるがままになっている。

「よし!2人とも特に大きなケガはないみたいね! ……あなたたちはもう、毎日のようにケンカしないの! ほら、2人とも自分のナワバリに帰りなさい!」

クロエが命令すると、2匹はあっさりと解散して、それぞれ別々の方向へ去って行った。


こんなふうに、クロエには昔から不思議な力があった。

動物に異常に好かれ、どんな動物でもクロエが命令すれば必ず言うことを聞くのだ。

子どもの頃は、この特異体質のせいで周りから気味悪がられたりするのが嫌だったが、今では開き直って、その力を存分に活かして獣医師として働いているのだった。


*****


クロエは午前中の仕事を終えると、お昼を買いに行こうと動物園の外に出た。

すると、広い車道を挟んだ向かいの歩道を、大型の猫がフラフラと歩いていくのが見えた。

オレンジがかった赤毛の猫で、フワフワの見事な毛並みがところどころ汚れてしまっている。足取りも弱々しく、長い尻尾をズルズルと引きずっていた。

「あの子、具合が悪そう。怪我でもしてるのかな……。」

怪我をしているなら治療してあげようと思い、クロエはいつものように声をかけた。

「ちょっと君! 今そっちに行くから、そこから動かないで!」

すると猫は、弾かれたようにこちらを振り返り、クロエをまじまじと見つめると、突然クロエの方に向かってヨタヨタと走り出し、車道に飛び出した。

「嘘でしょ!? なんで私の言うことを聞かないの?」

いつもなら、例え人間嫌いの野良猫だって、クロエの言うことを聞いてその場で待ってくれるはずなのに。

クロエが焦りながら車道を確認すると、もうすぐそこにトラックが迫っていた。

猫に気付いていないのか、全くスピードを緩めていない。

「このままだと、あの子が轢かれちゃう!」

クロエはガードレールを跨いで車道に飛び出し、両手を伸ばしてなんとか猫を抱き上げた。しかし、そのままの勢いで反対側の歩道に向かって走ろうとしたところで、体勢を崩して転んでしまった。

「もう、間に合わない。せめてこの子だけでも……!」

猫を体で庇うように抱きしめたのとほとんど同時に、右半身に強い衝撃を受け、身体が宙に浮かんだあと、アスファルトに叩きつけられるのを感じた。


……身体が重い。

まだ痛みは感じなかったが、身体を起こそうとしても指先さえほとんど動かせなかった。

視界の中にある右腕は明らかに折れていて、おかしな角度で曲がり、肩や腕の裂傷からはじわじわと血が流れて始めていた。

クロエを跳ね飛ばしたトラックは、一度停止したようなのに、運転手は降りてくることもなく、そのまま走り去ってしまった。

「……嘘……しょ、せめて……救急車くら……呼んで……ね……。」

なんとか絞り出した声は、かすれていて自分の耳にすらほとんど聞こえなかった。


「すまない。」

不意に、お腹の方から低い声がした。

なんとか視線を下げて声のした方を見ると、先程助けた猫がクロエのそばにちょこんと座り、こちらを見つめていた。

「すまない。私のせいでひどい怪我を負わせてしまった。」

猫が喋っているようにも見えるが、そんな訳はない。事故のショックで一時的に脳が混乱しているのかもしれないなと、クロエは薄れていく意識の中で思った。

猫は、そんなクロエの様子を見ながら続けて言った。

「お前にはもうほとんど時間がないようだ。そして私にももう、ほとんど力は残っていない。本当に、最期にお前を見つけ出すことができて良かった。」

霞んでいく意識の中で、猫から眩いオレンジ色の光が放たれ、自分もその光で包まれていくような気がした。


「私の最後の力で、お前を転生させる。【獣を統べる乙女】よ。どうかグラーディを救ってくれ。」


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