第17話
リンネと脱出ゲームをした数日後の朝、クロエは落ち着かない気持ちで、自室の窓から外を眺めていた。
王宮は今日、朝からいつになくバタバタしている。
レオンが今日いよいよ、国王軍の一部を率いてキツネ族の村へ「視察」に出かけるからだ。
名目上は「視察」とは言うものの、実際にはこの間起きたキツネ族の刺客による襲撃についての説明を求めに行くらしい。
しかしキツネ族は、昔から王家に対してあまり友好的ではないらしく、今回の「視察」も難航する可能性があり、この間の襲撃に関する説明の如何によっては、国王軍による村の制圧も視野に入っているという……。
城内のそこここから漏れ聞こえてくる噂を聞いて、クロエはいよいよ落ち着かない気持ちになっていた。
レオンは本当に無事に帰ってくるだろうか?
この前キツネ族の刺客の襲撃を受けた時、レオンはクロエをかばって斬られ、怪我をした。あんなことがまた起こらないとも言い切れないのではないだろうか……。
それにクロエは、レオンと国王軍に無事でいて欲しいと思うと同時に、キツネ族の村の人々のことも気にかかっていた。
キツネ族の村にも、非戦闘員や女性や子供が大勢いるはずだ。国王軍に制圧されて、村人たちの平穏な生活が壊されるようなことになったら……。
そんなことを考えているうちに、クロエはいてもたってもいられなくなってしまった。
予定通りに行けば、視察隊は3日も経たないうちに帰ってくるということだが、どうしても出発前にレオンに会っておきたい。
クロエは身支度を終えると、外出用のローブを羽織って部屋から出て行ったのだった。
*****
レオンの率いる国王東軍は、東宮で出発の準備をしていると聞き、クロエは東宮にきていた。
「私がついて行けば、もしこの間のようにレオンが怪我をしたとしても、すぐ治療することができる。なんとかついていけるよう、レオンにお願いしてみよう。それに、私は王宮の外はまだ王都しか見たことがないから、獣人の村を見るのも、きっと勉強になると思うし……。」
以前ウォルフに会いに西宮に行った時はナンパ男たちに絡まれたが、今日の東宮は視察隊の準備でバタバタしており、クロエに構う人はいなかった。
しかし、勢いで出てきたは良いものの、レオンがどこにいるのかが全くわからない。
東宮は南宮よりかなり広く建物の構造も複雑で、やみくもに歩いていると、迷子になってきた道を戻ることもできなくなりそうだった。
クロエが少々途方にくれながら歩いていると、前方に見覚えのある人を見つけた。
「乙女よ、やっと来ましたな。」
「パン老師!」
クロエにグラーディの歴史や地理を教えてくれている、チンパンジー族のパン老師だった。
最近パン老師は、今回の視察に関する軍議にかかりきりで、クロエの授業はずっと休講になっていたので、会うのは久しぶりだった。
「お久しぶりです。パン老師はこちらで何を……?もしかして、今回の視察にパン老師も同行されるのですか?」
クロエが問いかけると、パン老師は顔の前で大きな手をひらひらと振って答えた。
「いやいや、ワシのような年寄りが何日も馬に揺られたら、ポックリ行ってしまいますぞぇ。視察は若い者に任せておくのが一番じゃよ。……ワシは、ここで乙女が来るのを待っておったんじゃ。」
パン老師は、乙女、つまりクロエを待っていたと言う。
クロエはつい先程思い立って、誰にも言わずにここに来たのに、どうしてパン老師はクロエが来ることを知っていたのだろうか……?
クロエが心の中で疑問に思っていると、パン老師が見透かしたように答えた。
「フォッフォッフォ! 年寄りには経験があるからのう。若者より先が見えることもあるのじゃよ。そんなことより乙女よ、これをあげよう。中を見てみなされ。」
パン老師はクロエに、持っていた布袋を渡してくれた。布袋はかなり大きく、中に何が入っているのか、ずっしりと重かった。クロエは中身を確認すると、驚いてパン老師に問いかけた。
「パン老師、これは一体……?」
「じゃから、年寄りには若者より少し先が見えるのじゃ。この袋に入っているものは、これからお前さんに必要になるものじゃよ。今は意味がわからんかもしれんが、とりあえず取っておきなされ。」
クロエはなんと言って良いか分からず、あっけにとられてパン老師を見つめていたが、パン老師は、用は済んだとばかりにさっさと踵を返し、去りながらまた一つクロエの心を見透かした。
「それから、レオン王子はこの廊下をまっすぐ行って、左に曲がって一番奥にある自室におるぞぇ。」
*****
パン老師に言われた通りに廊下を進み、突き当たりにある部屋をノックすると、本当にレオンが出てきた。
「クロエ、どうしたんだ? 共も付けずにこんなところまできたら危ないだろう!」
レオンはほとんど出発の準備ができた様子で、いつもの黒い軍服を着て、剣を履いていた。
「レオン、お願いがあって来たの。私も視察に連れて行……」
「ダメだ。」
言い終わる前に断られた。断られるだろうとは思っていたが、ここまでキッパリ言われると食い下がりづらい……。
「でも、私がついていけば、もしレオンが怪我をしてもすぐ治療できるし、他の人の怪我だって……。」
「そんな心配は必要ない。今回はあくまで視察だし、戦闘になる可能性はほとんどないんだ。」
レオンは言い聞かせるようにクロエに言った。
「だったら連れて行ってくれても良いじゃない! 王都の外を見るのも、王を選ぶための勉強の一つになると思うし……。」
「それはまた今度、時間のあるときにすれば良いだろう。何もキツネ族の村じゃなくても、王都の近くには王家に友好的なイヌ族やネコ族の村もあるんだし。」
レオンは少しも譲歩する気がなさそうだったがクロエはなおも食い下がった。
「でも、この前あんなことがあったから不安なのよ。絶対に邪魔しないから、……お願いします!」
「クロエ……。俺は二度とあんなヘマはしない。だから心配するな。」
レオンは優しく微笑みながら、クロエに言った。
「城で無事を祈っていてくれ。……さあ、準備の続きをするから、南宮に帰るんだ。」
レオンはそっとクロエを部屋の外に誘導すると、扉を閉めてしまった。
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「やっぱり、ダメだったかぁ……。」
こうなったら、国王軍に紛れてついて行ってしまおうか。
いや、いくら今回は100人という大人数での視察だと行っても、耳も尻尾もないクロエが紛れていれば、あまりに目立ってすぐばれてしまうだろう……。
南宮へ戻る道を歩きながらそんなことを考えていると、ふと頭の中に先ほどのパン老師の言葉が浮かんできた。
「この袋に入っているものは、これからお前さんに必要になるものじゃ。」
クロエはもう一度パン老師にもらった袋の中を確認し、その中身に改めて驚いたのだった。




