第16話
扉を通ると、その奥は意外にも広い空間だった。
天井も高くなり、普通に立って歩けそうだ。しかし、かなり埃っぽい……。
「クロエ、こっちだよ! 秘密の抜け穴、面白かったでしょ?」
そう言って微笑むリンネの手には、うっすらと光る石のようなものが握られていて、その光が真っ暗な空間を照らしていた。
「あ、これは光石だよ。日に当てておくと光を溜め込んで、暗いところでもしばらく光ってくれるんだ。」
「光石?結構明るいね!……というかリンネ、ここは何なの? 隠し部屋?」
「隠し部屋というか、隠し通路なんだ。王宮には、例えば侵入者が来た時とかに逃げられるように、色々なところに隠し通路があるんだけど、これはそのうちの一つだよ。子供の頃、僕の母の部屋でこの鍵を見つけて、合う鍵穴を一生懸命探してこの通路を見つけたんだ。ほら、鍵に暗号が書いてあったでしょ?」
確か、『一番暖かい場所が、一番涼しい場所につながる』と書いてあった。
なるほど、『一番暖かい場所』とは暖炉のことだったのかと、クロエは感心した。
「じゃあ、この通路は一番涼しい場所に繋がっているってことになるの? 一番涼しい場所って?」
「それは着いてからのお楽しみ! さ、クロエ、行こう!」
リンネはクロエの手を取り、奥へ向かって進み始めた。
*****
しばらく進むと、左右に分かれた分岐路が現れた。
「リンネ、どっちに進むの?」
クロエが聞くと、リンネはまたいたずらっぽく笑って答えた。
「クロエ、ここを見て。また暗号が書いてあるでしょ? 暗号を解けば、どっちが正しい道かわかるようになっているんだ。」
リンネが光石を分岐点の壁に近づけると、確かに暗号らしき文章が書かれていた。
『人の選ばぬ道を選べ』
人の選ばぬ道……? ということは……。
「右かな?」
クロエが答えると、リンネが驚いて答えた。
「すごい! 正解だよ! どうしてわかったの?」
「元の世界で大学に通っていた時、心理学の講義をとっていたんだけど、道が左右に分かれている時、大体の人は左の道を選ぶんだって習ったことがあったから。人が選ばない道ってことは、右かなと思って……。正解?」
クロエが回答の理由を説明すると、リンネは感心したように頷いた。
「確かに右が正解だけど、そういう理由だったんだ……。始めて知ったよ。僕は最初左の道を選んで、ぐるぐる回ってここに戻ってきちゃったんだよね。」
間違った道を選んでも、落とし穴になっていたりするわけではないのか……。
クロエは少し安心して、リンネと手を繋いで右の道を進み始めた。
10分程歩くと、また左右に分かれた分岐路があった。
リンネが、分岐点の壁に書かれた暗号を光石で照らしてくれる、
『右も左も選ぶな。ただ祈れ。』
リンネが、またいたずらっぽい顔をしてクロエに問いかけてくる。
「クロエ、これはわかるかな? 右も左も選ぶなって書いてあるけど、左右しかないもんね。どっちにする?」
クロエは暗号が解けずに迷っているところだったが、リンネの言い方でピンときたことがあったので、上の方を見上げてみた。
すると、分岐の壁の少し上の方に梯子があり、その上の天井が扉のようになっているのが見えたのだった。
「正解は、右でも左でもなく、上ね! あの梯子を登って、上の扉から脱出するのが正解! グラーディでは、祈るときは顔を上に向けるものね。だから暗号の『祈れ』は、上を向けってことなんだわ。……合ってる?」
クロエが自信ありげに答えると、リンネはまた驚きながらも、パチパチと拍手してくれた。
「すごいなあ。僕はこれを説くまでに、何度も右の道も左の道も行ってみて、ぐるぐる迷ったのに……。クロエは『脱出ゲーム』の天才だね!」
そういいながら、リンネは手を伸ばして梯子を引き下ろしてくれたのだった。
*****
梯子を登り、扉の外に出ると、そこはまだクロエが来たことのない庭のようだった。
「ここはね、北宮の中庭なんだ。一番涼しいっていうのは、一番北側にあるって事みたいだね。」
クロエは服についたホコリを払いながら、辺りを見回した。
確かに、涼しくて気持ちの良い風が吹いている。
庭はかなり広いが、草花はほとんど生えておらず、芝生の広場のようになっていた。
「グラーディの王宮の庭って、南宮の中庭もそうだけど、草花が少ないわよね?」
「うん……。大きい木なんかがあると、刺客が隠れやすいからね。だからあえて何も植えないで、見晴らしのいい空間にしているんだって。特にここは北宮で、王の住む宮だからね。」
そういう理由だったのか……。
今通ってきた通路も、リンネによれば非常時に脱出するための道だということだし、王宮に住む者は、常に刺客や侵入者に備えておかないといけないのかもしれない。
だがいくら備えても、どこからか忍び込んでしまうこともある。
実際にクロエはついこの間、刺客の襲撃を受けたばかりだ……。
クロエは、なるべく思い出さないようにしていたあの夜のことをまた思い出し、胸が締め付けられるのを感じた。
これ以上あんなことが起きないように、早く「正しい王」を選ばないと……。
「クロエ、ごめんね。嫌なことを思い出させちゃったかも……。」
リンネが心配そうにこちらを見ているので、クロエは慌てて微笑んだ。
「大丈夫!『脱出ゲーム』すっごく楽しかった! 連れてきてくれて、ありがとう。」
リンネがまだ心配そうなので、クロエは何とか安心させようと、ふざけたふりをして言った。
「暗号の解読は全問正解だったけど、何かご褒美とかないのかしら?」
「あ、あるよ! というか今日はこれを渡したくて、クロエを探してたんだ。」
リンネはポケットから小さな布の包みを出して、クロエに差し出した。
「これ、球根と種?」
「そうだよ! アマリリスの球根と、ネモフィラの種!この前、ガーデニングが好きだって言ってたでしょ?南宮の中庭はあんなことがあったから、他にクロエが息抜きができる場所を見つけてあげたくて……。この中庭は、クロエの好きに使っていいように許可を取ってあるから、クロエの気が向いたときに今の通路を通って来て、息抜きに使って。とりあえず育てやすそうなお花を持ってきたけど、他にも植えてみたいものがあったら言ってね!」
リンネは、球根と種とともに、隠し通路の鍵と光石をクロエに渡した。
「でも、刺客が隠れられないように、草花は植えないんじゃ……。」
「大丈夫! 草花や木があって物影ができたとしても、もう二度と刺客が忍び込めないように、警備態勢も強化したから。今はもう、警備に穴はないはずだよ!」
リンネは、少し涙ぐんでいるクロエをそっと抱き寄せ、優しく告げた。
「もう二度と、クロエに怖い思いをさせないよ。絶対に僕が守るから……。」




