第15話
ラヴィとダンスのレッスンをした翌日から、クロエは花嫁修行を再開していた。
一番苦手だったダンスを克服したことでまた一段とやる気が出てきたので、ラヴィに頼んで再開させてもらったのだった。
今日は朝から、王宮のマナーについてのレッスンと護身術のレッスンを受けたが、お昼休みの後はぽっかり時間が空いてしまった。
本当はパン老師からグラーディの歴史を教わる予定だったのだが、パン老師はまだ軍師の仕事が忙しいようで、休講になってしまったのだ。
次の授業が始まるまで本でも読んで時間を潰そうと、クロエは央宮にある図書館に来ていた。
この図書館は、クロエにとってとても居心地の良い空間だった。
広い室内にたくさんの本棚が並び、その一つ一つにぎっしりと蔵書が収められている。
本棚の間や壁際、奥にある暖炉の周りには、座りごごちの良さそうな椅子や小さな机がいくつも置いてあった。王宮に出入りする者なら誰でも利用できることになっているらしいのだが、皆仕事で忙しい為か、いつもほとんど人がおらず、蔵書の貸出しを担当するヤギ族のおじいさんは、日当たりの良い場所に椅子を置いてしょっちゅう居眠りをしている。
クロエは、今日も気持ちよさそうに居眠りをしているおじいさんを起こさないよう、足音を忍ばせてそっと受付を通り過ぎ、等間隔で並んでいる書棚の間に入り込んだ。
おもしろそうな本はないかと、並んだ背表紙を眺めながら歩いていると、一冊の本が目に飛び込んできた。
グラーディの地理に関する本が集められた書棚には、難解そうな本ばかりがぎっしりと並んでいるのに、間に一冊だけ、背表紙に「おうきゅうのひみつ」と子供のような字で書かれた本が挟まっていたのだ。
背伸びをしてその本を手に取ると、本はなぜか不自然なほど軽く、中からことりと音がした。
不思議に思いながら開いてみると、それはなんと本ではなく本を模した形をした小物入れだったようで、中から古めかしい鍵が転がり出てきたのだった。
「え、この鍵は……?」
クロエは驚いて鍵をつまみ上げ、手のひらの上で転がして観察してみた。
鍵は銀色で、所々錆びているようだったが、よく見ると何か文字が書いてあった。
『一番暖かい場所が、一番涼しい場所につながる』。
何かの暗号だろうか?クロエには解ける気がしなかった。
この鍵を誰かに届けるべきか、このままそっと元に戻しておく方が良いかと悩んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
「すごい! クロエ、もう見つけたんだね!」
「キャ………!!!」
クロエが驚きのあまり大声で叫びそうになると、リンネが慌ててクロエの口を手で塞いだ。
「シー! クロエ、僕だよ!」
リンネは小声で話しながら、人差し指を口に当てて、「静かに」のポーズをした。
「……もう、いきなり後ろから現れるんだもん! びっくりするわよ!」
クロエも小声で返事をする。
「ごめんごめん。クロエが図書館に入っていくのが見えたから、ちょっと驚かせようと思ってついてきたんだ。でも、クロエがあっという間にその鍵を見つけるから、僕もびっくりしたよ。」
リンネはいたずらっぽく微笑みながら、クロエが手にしている鍵を指差した。
「この鍵がなんなのか、リンネは知っているの?」
「もちろん! その鍵を隠したのは僕だからね! ……っていっても、子供の時に隠したまま最近まで忘れてたんだけど……。」
リンネが苦笑しながら答えてくれた。
「そうなの!? これ、何の鍵なの?」
「ふふふ、なんの鍵だと思う? ヒントは、本のタイトルだよ!」
本のタイトルは、「おうきゅうのひみつ」だ。ということは……。
「王宮の隠し部屋の鍵、とか……?」
クロエはあまり自信がなかったが、リンネはクロエの回答に小さく拍手をしてくれた。
「半分くらい正解! クロエ、こっちに来て!」
リンネは音を立てないように小走りで図書館の奥にある暖炉の方へ進み、クロエを手招きした。
暖炉は、朱色の煉瓦造りの古めかしいものだった。掃除が行き届いた王宮内では珍しく、いつから放置してあるのかわからない灰が暖炉の中に積もっている。
グラーディは一年を通して暖かい国なので、クロエは王宮で他に暖炉のある部屋を見たことがなかったし、この暖炉も火が入っているところは見たことがないのだが……。
「この暖炉はね、カモフラージュなんだよ。えーと、確かこの辺りに……あった!」
リンネが暖炉の側面のレンガを調べていくと、一つだけ外れるものがあり、外すと下から鍵穴が現れた。
「わ、鍵穴? すごい! 何だか脱出ゲームみたいね!」
クロエは興奮して、思わずグラーディの人には伝わりづらい感想を述べた。
「クロエが元いた世界には、そんな遊びがあるの? 名前から察するに、どこかから脱出するゲームだよね? ……でも、今から僕たちがやるのも、まさに『脱出ゲーム』かも! クロエ、その鍵をここに差してみて。」
クロエが言われるままに、持っていた鍵を鍵穴に差し込んで回すと、どこかでカチリと音がした。
「鍵を回すと、ここが開くようになるんだ。」
リンネはそう言いながら暖炉の中に上半身を突っ込み、暖炉の奥の壁を押すと、何と壁が扉のように開いたのだった。
「クロエ、ちょっと狭いけど入ってこられるかな? 僕が先に行くね!」
リンネはそういうと、四つ這いになってあっという間に暖炉の中に入っていってしまった。
「え、ちょっと待ってよ! ここに入っていいの?」
クロエは少しためらっていたが、リンネが戻ってくる気配もないので、仕方なく四つ這いになって、隠し扉の奥へ進んだのだった。




