第14話
「うう……頭痛い。吐き気もするし……。」
翌朝、クロエは自室のベッドから起き上がれず、おでこを押さえて唸っていた。
頭痛の原因はわかっている。二日酔いだ。
クロエは昨日、ウォルフと共にお忍びで王都に出て、連れて行ってもらった酒場で数週間ぶりのビールをしこたま飲んだのだ。いや、ビールだけでなく、途中からワインやウィスキーなんかもたくさん飲んだ気がする。
料理も美味しくて、食べて飲んで騒いで、盛り上がってもう一軒行ったあたりまでは何となく覚えているが、そこから先の記憶がない。
気づいたら自室のベッドに寝ていて、朝の支度を手伝いに来てくれたメイドに起こされたのだった。
「予想以上に楽しかったけど、いくらなんでも飲みすぎたわ……。」
ここまでどうやって帰ってきたのかも思い出せないが、多分ウォルフが連れ帰ってくれたのだろう。
記憶には全く残っていないが、もしかすると結構な迷惑をかけたのかもしれない。
次に会ったら、王都に連れて行ってくれたお礼と、酔いすぎたことへの謝罪をしなければ……。
それにしても、新しい王を選ぶためにまずはグラーディのことをもっと知りたいと思って、ラヴィやウォルフに無理を言って出かけた「お忍び視察」だったが、思っていた以上にいろいろなことを知れた気がする。
王都は想像以上に活気があって、市民たちは生き生きと生活していた。
市場とレストランの他にも、公園や学校、病院や美術館らしき施設もあり、どこに行っても様々な種族がいて、反目しあうこともなく、協力し合って暮らしているように見えた。
「この平和を守って、みんなを幸せにできる人を王様に選ぶのが、私の仕事なのね……。」
元々責任の重い仕事だと感じてはいたが、クロエの選択によっては今の平和な日々を奪われるかもしれない人々を実際に間近に見ることで、改めてその責任の重さが身に迫ってくるのを感じた。
「それから、ウォルフのこともいろいろ知れた気がする……。」
ウォルフの密かな楽しみであっただろうお忍び視察に無理を言ってついていったのだから、もっと嫌な顔をするだろうと思っていたのに、ウォルフは意外にも、クロエのリクエストに応じて色々な場所を見せてくれた。
それに、街を歩いていると、しょっちゅう「アッシュ」の知り合いから声をかけられたが、「アッシュ」も普段の威圧的で偉そうな態度ではなく、気さくに返事をしていた。
「ウォルフは、普段はあんなだけど、実は結構気さくでいい奴なのよね。それに、市民のことも本当に大切に思っているのが伝わってきたし……。」
クロエがそんなことを考えてぼんやりしていると、コンコンと部屋のドアが鳴った。
「はあい、どうぞ〜!」
メイドだろうと思って返事をしたが、扉を開けて入ってきたのはラヴィだった。
「えっ、ラヴィ!? ……あいたたた……。」
驚いてベッドから体を起こすと、また強く頭が痛んで再びベッドにへたり込んでしまった。
「大丈夫!? メイドから、クロエがどうやら二日酔いみたいだって聞いて薬湯を持ってきたんだけど……飲めそう?」
そう言いながらベッドの方へ近づいてきたラヴィの手には、何やら緑色の液体が入ったマグが握られている。
「これ、僕が煎じたんだけど、二日酔いに効くんだよ。」
ラヴィがそっと差し出してくれたマグを受け取って少し顔に近づけると、薬草の濃い匂いが湯気とともに立ち上ってきて、それでなくても二日酔いの吐き気と戦っているクロエには、かなりハードルが高く感じた。
「少し匂いはきついけど、頑張って!」
ラヴィが真剣な眼差しでこちらを見守っている。忙しいラヴィがわざわざクロエのために煎じてくれたのだから、飲まない訳にはいかないだろう。
クロエは覚悟を決め、息を止めて薬湯を一気に喉に流し込んだ。
「……プハッ! あれ、意外と美味しいかも……。」
グリーンスムージーのような味で、意外とさっぱりしている。
少し温めてあるのも喉に優しく、ゴクゴクと一気に飲めてしまった。
「でしょう? 薬湯って、その時その人の体に必要なものだと、ちゃんと美味しく感じられるんだよね。逆に必要ない薬湯だと、とても飲めなくて途中でギブアップしたくなるんだけど……。」
ラヴィは空になったマグをクロエから受け取りながら、楽しそうに話してくれた。
「ラヴィ、詳しいんだね。自分で薬湯を煎じられるっていうのもすごいし……なんだかお医者さんみたいだね?」
「あ、そうだよ。以前僕は神官だって話したけど、グラーディでは、神官が医者を兼ねているんだ。まあ僕は最近忙しくて、医者としての仕事はほとんどできていなかったんだけどね。」
ラヴィが、続けて説明した。
「昔、怪我や病気が呪いのせいだと考えられていた時代に、怪我をしたり病気になった人々は、呪いを解いてもらおうと神官の元に助けを求めて来ていたから、神官たちもなんとか患者を助けようと試行錯誤を繰り返してきた結果、今の医術が生まれたんだ。」
元の世界では獣医師をしていたこともあり、医療に興味のあるクロエにとっては、とても興味深い話だった。
「そうなんだ……。それにしても、第一王子として王家をまとめて、神官の仕事もしつつ、お医者さんとして治療もするなんて……ラヴィって本当に多才だねえ。」
おまけにイケメンだし、天は何物も与えすぎよね……とクロエは小声で呟いた。
「ありがとう。まあ、器用貧乏って言葉もあるけどね。それに、僕が得意なことはもう一つあるんだ。今日はクロエをそれに誘いに来たんだけど……二日酔いがおさまってきたら、ちょっと付き合ってくれない?」
*****
薬湯が効いたのか、ラヴィと話をしているうちに二日酔いはすっかりおさまっていたので、クロエはラヴィに誘われるまま、央宮のダンスホールに来ていた。
「待って……。ダンスホールってことは、これからするのはダンスなの……?」
今は少し休止しているものの、クロエは最近、花嫁修行として各種講義やレッスンを受けている。その中で最も苦手なものが、ダンスなのだ。
別に運動音痴というわけでもないはずなのに、ダンスを踊ろうとすると、滑ったり、足がこんがらがったり、パートナーの足に躓いたりして、まともにダンスを踊っている時間より、ホールの床に転がっている時間の方が長いのではないかと感じるほどだった。
「うん。……実はダンスの講師から、クロエがかなり苦戦しているって聞いて、練習を手伝えないかと思ったんだ。僕、ダンスは結構得意だから、教えてあげられるんじゃないかと思ってね。」ラヴィが優しく微笑んで言った。
「うう……でも、私本当にダンスが下手で、ラヴィにも呆れられると思うんだけど……。」
最近はダンスの講師にも呆れられていて、しょっちゅうため息をつかれている程だ。
「大丈夫だよ。ダンスはできるようになると結構楽しいからね!練習じゃなくて、遊びのつもりで一緒にやってみよう?」
ラヴィがそう言いながら近づいてきて、胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「クロエ、僕と踊っていただけますか? ……大丈夫、僕がリードするからね。」
そう言われては、断ることはできない。
クロエは教わった通りに、スカートの裾をつまんで軽く膝を曲げ、お辞儀をして応じた。
「……よろしくお願いします。」
クロエがラヴィの差し出した左手に右手を重ねると、ラヴィはクロエの腰を支えてくれる。ダンスの最初にとるホールドのポーズだが、ラヴィとの距離が近すぎて、なんだか緊張してしまう。
「ダンスの講師と練習しているときは、こんなに緊張しないのになあ。これじゃ、いつも以上に失敗しそう……。」
クロエが心の中でため息をついていると、ラヴィが優しく話しかけてくれる。
「クロエは記憶力はいいんだし、もう何日もダンスの練習をしてきたんだから、リードがちゃんとしていれば、ついて行くだけでちゃんと踊れるはずだよ。何も考えないで、僕に息を合わせて。……いくよ、1、2、3、4!」
ラヴィのカウントに合わせて出したはずのクロエの最初の足が、早速ラヴィの足にぶつかって、クロエは最初の一歩から転びそうになったが、ラヴィがクロエの腰をぐっと支えてくれたので、なんとか転ばずに済んだ。
「大丈夫! 緊張しないで、力を抜いて。絶対僕が支えるから、何回転びそうになってもいいんだよ。 もう一度行こう。……1、2、3、4。1、2、3、4!」
ラヴィのカウントに合わせて出した2回目の最初のステップは、なんとかラヴィの足にぶつからず、無事にダンスを始めることができた。
「その調子! 1、2、3、4。1、2、3、4! ……うん、すごくいい感じだよ!」
ラヴィがしっかり支えてくれるので、いつもよりスムーズに踊れている気がする。
こんなに長く転ばずに踊り続けられているのは、初めてかもしれない。
「すごい! こんなにちゃんと踊れたの、初めてかもっ……!」
クロエはだんだん楽しくなってきて、笑いながらラヴィを見つめた。
ラヴィは、いつでも優しく落ち着いていて、一緒にいる人のことをしっかり見てリードしてくれる。ダンス以外でも、どんなことでもラヴィには安心してついて行くことができるような気がする。
ラヴィは、クロエをしっかりリードして踊りながら、たまにクロエと目を合わせて、優しく微笑んでくれるのだった。




