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第12話

「私を城の外に連れ出して欲しいの!」

クロエの言葉を聞いて、ウォルフはあっけに取られたような顔をした。

「何を考えている……。お前、逃げ出すつもりなのか?」

「違うわよ! むしろ、逃げるのをやめて向き合うことにしたの!」


意味がわからないといった表情のウォルフに、クロエは説明し始めた。

「……この前、キツネ族の刺客に襲われたでしょ。なんとか撃退したけど、レオンは怪我をしたし、刺客達はみんな死んでしまった……。その件で、今レオンが国王軍の一部を率いてキツネ族の村に向かう準備をしているって、リンネから聞いた。話し合いでうまくいけばいいけど、もしかしたらまた戦闘になって、この前よりもずっと沢山の人が傷つくかもしれない。」

この話をするのは、クロエにとってまだ辛かった。

あの襲撃から数日たった今も、ふとした瞬間、飛び散る真っ赤な血や倒れて動かなくなった刺客の姿を思い出し、胸が締め付けられる。

それでも、ウォルフになんとか気持ちを理解してもらおうと、クロエは話を続けた。

「キツネ族が刺客を送ってきたのは、次の王が決まる前なら、今の王家を倒して自分たちが新しい王として君臨できるかもしれないと思っているからでしょ? 逆に言えば、次の王が決まって、その王がしっかり国を治めれば、もう二度とあんなことは起きないはずよね。」


クロエは、しっかりとウォルフの目を見つめながら言った。

「……もうこれ以上あんな犠牲を出さないために、この国の新しい王にふさわしいのは誰なのか、ちゃんと選びたい。自分の……【獣を統べる乙女】の責任を果たしたいと思ったの!」


しかし、ウォルフは合点がいかないようだった。

「それなら城から逃げたりせず、早く選べば良いだろう?」

「逃げ出したいわけじゃないってば! この国の王を選ばなきゃいけないのに、私はこの国の……グラーディのことを全然知らないのよ。それじゃ、正しい王なんて選べるわけがないでしょ?だから、私を城から連れ出して、王都を見せて欲しいの!」

クロエとしては、本当は王都の外の獣人達の村々も見たかったが、国内の情勢が荒れ始めている今、流石にそこまでの遠出は許されないだろうから、まずは王都の見学をと考えたのだった。


「まあ、言いたいことはわかったが……。だが俺と2人で行く理由はなんだ?俺もそう頻繁に王都に降りている訳ではないぞ。どちらかと言えば、ラヴィの方がずっとよく王都の視察に行っているようだが……。」

良かった。なんとかクロエの気持ちは伝わったようだ。

少しほっとしながら、クロエはウォルフの質問に答えた。

「ラヴィは、王子として王都を「視察」してるんでしょ? 今回はそういうのじゃなくて、もっと実際の国民の生活を、王都の皆さんの近くで見てみたいと思ってるのよね。」

できれば身分を隠して、王都の獣人達と気軽に話してみたかった。


「だから、なんで俺となんだ? 俺だって「視察」以外で王都にはそう行かないが……。」

クロエはイタズラっぽく微笑みながら、ラヴィから仕入れたとっておきの情報を披露した。

「えーと、確か『黒猫亭』だっけ? スペアリブが絶品だってね?」

クロエの口から出た店の名前に、ウォルフはビクッと反応した。

「それから、『メゾン・リリー』は、美人オーナーのリリーさんとおしゃべりしながら飲める人気のお店らしいわね! 他にも王都には、素敵なお店がいっぱいあるんでしょ? オオカミ族の『アッシュ』って人は、たまに王都に現れては、町の人たちと一緒に飲んだり騒いだりして、ずいぶん顔が広いみたいじゃない?」

ウォルフは、苦虫を噛み潰したような顔をして、こちらを見つめている。


「ねえ、『アッシュ』? 王都でオススメのお店に連れて行ってね!」


*****


王都の中心街にある青空市場は、この日も活気に溢れていた。

「お嬢さん! 旬のフルーツを使ったデザートはどう? 可愛いからおまけしちゃうよ!」

「お兄さん、彼女にアクセサリーを買ってあげなよ! うちのは全部、本物の金製だよ!」

ウォルフとクロエが連れ立って歩いていると、あちこちの屋台から威勢のいい声がかかった。


まずは王都で一番人の集まるところに行きたいというクロエのリクエストに応えて、ウォルフがこの市場を選んだのだが、ウォルフの予想以上に、クロエは市場を楽しんでいた。

あちこちの店にちょこちょこと立ち寄っては、お店の人と話したり、甘いものを買い食いしたりして、思う存分市場を満喫している。


クロエが持っているグラーディのお金は、実は昨日、ラヴィから「お忍び視察の軍資金」として貰ったものだった。

クロエが、王都に出て肌でグラーディを感じたいとラヴィに相談すると、ラヴィは、ウォルフが非番の度に変装して王都で飲み歩いていることや、行きつけのお店の名前などを教えてくれて、ついでに軍資金(お小遣い)まで持たせてくれたのだった。

一方ウォルフは、まだ苦い顔をして、納得がいかないというようにしきりに首をひねっていた。

「まさかラヴィにバレているとは思っていなかったぞ……。本当に、なんでバレたんだ?」

ウォルフのぼやきに、クロエは先ほど買ったフレッシュパイナップルジュースを飲みつつ返事をした。

「まあ、派手に暴れすぎんたんじゃない? この前、王都の酒場で乱闘騒ぎを起こしたこともバレていたわよ。」

それを聞いて、ウォルフはさらに深くうなだれた。

「くそっ、あれか……! 確か殴った相手は国王軍のやつだった。俺の顔をよく知っているやつだったんだな……。この変装には結構自信があったんだが……。」


確かに、ウォルフの変装はなかなか見事なものだった。

グレーの髪を真っ黒に染めて後ろで縛り、普段のイメージとは違う白い麻の服を着て、さらに伊達メガネまでかけている。

ぱっと見なら、クロエも全くの別人だと思っただろう。

「ウォル……じゃない! えーと、アッシュはどうして変装までして王都で遊んでいたの?」

ウォルフはため息をつきながら、しかしいつもより素直に応えてくれた。

「まあ、お前と同じような理由だ。王族としての「視察」よりは、普通の市民としての方が、王都の獣人達の生活がよく見えるだろうと思ってな。……まあ、たまには王宮の食堂じゃなく、王都の美味い店で気兼ねなく飲みたいというのも、正直あるけどな。」


なんだかいつになく素直だ。

ウォルフも、軍服を着て王子として振舞っている時よりは、カジュアルな服を着て「アッシュ」になりきっている時の方が、リラックスできるのかもしれない。


……本当に、いつもこのくらい素直で可愛ければいいのに……。

クロエがぼんやりとそんなことを考えていると、少し先を歩いていたウォルフが立ち止まってこちらを振り返った


「人が集まる場所の次は、飯が美味い店だったな。着いたぞ。」

クロエが市場の次にリクエストした、「美味しいご飯が食べられるお店」に着いたらしい。

店の扉の上にかかっている看板を見上げると、黒いネコの絵が描かれていた。

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