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第11話

中庭で刺客の襲撃を受けてから数日間、クロエは全てのレッスンや講義から解放されていた。

というより、グラーディの歴史と地理の講義を担当するパン先生は、実は本業は王家お抱えの軍師であるらしく、今回発覚したキツネ族の謀反への対策軍議に出席するため、クロエの講義に割ける時間が無くなってしまったのだ。

最も重要なパン先生の授業ができなくなったのであれば、襲撃でショックを受けているクロエの心を癒すためにも、一度全部のレッスンや講義を休止して、ゆっくり休んだ方がよいだろうと、ラヴィが気を使ってくれたのだった。


忙しかった日々にぽっかりと空いてしまった時間で、クロエはずっと考えていた。

あの日、レオンの傷を癒した時、なぜだかクロエは、こうすればレオンの傷を治せると確信していた。

いや、確信していたというよりは、知っていたという方が感覚として近い。

昔いつもそうしていたことを、ふっと思い出したような感覚だったのだ。


「違う、違うと思おうとしてきたけど……、もしかしたら私は、本当にグラーディの伝説にある、【獣を統べる乙女】という奴なのかもしれない……。」

クロエ自身も、もうこれ以上その事実を否定し続けることが難しくなってきていた。

伝説のように血や涙で畑や湖を浄化することはできないが、口付けで傷を癒せることや、声で獣人たちを従わせることができるのは、伝説の中の乙女の特徴と一致している。


これまでは心のどこかで、自分は間違ってここに連れてこられたのではないか、そのうち本物の【獣を統べる乙女】が現れて、自分はお役御免になって元の世界へ帰れるのではないかと思っていた。

しかし、こうまで証拠が揃っていっては仕方がない。

自分がおそらく本当に【獣を統べる乙女】なのだとちゃんと認めて、真っ向から向き合っていくしかない……。

クロエは1人静かに、【獣を統べる乙女】としての責務に向き合っていく決意を新たにしたのだった。


「と言っても、やらなきゃいけないことは、別に変わらないんだけどね。」

クロエがグラーディの平和のためにできることは、できる限り早く、正しい王を選んで無事に即位させ、他の種族に謀反を起こさせる隙を与えないことだ。

そうしなければ、この前のように血が流れ続けることになってしまうから……。

あの夜の恐怖をまた思い出しそうになり、クロエは慌てて頭を振って、余計な思考を頭から追い出すと、大きな声で独り言を言った。

「よし! いっちょ【獣を統べる乙女】として、グラーディを救っちゃいますか!」


*****


【獣を統べる乙女】としての責務をしっかり果たしていこうと決意を新たにした翌日。

クロエは珍しく、王宮の西宮にきていた。


グラーディの王宮は、東西南北の4つの宮と中心の央宮、合わせて5つに分かれていて、現在は、東宮にはレオンとリンネ、西宮にはラヴィとウォルフ、南宮にはクロエが住んでいる。


城の中であっても、南宮から遠い場所や普段あまり行かない宮に行くときは、4人の王子のうちの誰かか2人以上のメイドを護衛としてつけるように言われていたクロエは、忙しそうな王子達やメイドに迷惑をかけるのも気が引けて、基本的には自分の部屋のある南宮か、講義やレッスンの行われる央宮以外は出歩かないことにしていた。

しかし、今日はある用事のために初めて西宮に来たのだった。


初めて見る西宮は、南宮と比べると男性が多く、活気のある雰囲気だった。

ちょうど国王軍の兵士たちが昼食休憩に入る時間だというのもあるかもしれない。

西宮と央宮の間にある訓練場で行われた午前の訓練を終えた兵士たちは、三々五々食堂へ向かっていたが、どの兵士もチラチラとクロエを見ている気がした。

「私、何か変なのかしら? できるだけ目立たない格好にしたつもりなんだけど……。」


クロエは今日、ラヴィが用意してくれた服の中では最もシンプルな紺色の膝丈ワンピースを着て、獣の耳と尻尾がないことを隠すために、頭からすっぽりと厚手のローブをかぶっている。

このローブは、部屋から出るときは必ずかぶるようにリンネから言われていたが、しかしクロエの部屋付きのメイドや、クロエに講義やレッスンを付けている講師達は、すでにクロエが【獣を統べる乙女】であることを知っているのでわざわざローブを着て素性を隠す必要がなく、最初の頃は律儀に毎日ローブをかぶっていたクロエも、段々と教室への移動中くらいしかかぶらなくなっていたものだった。


クロエがある人を探してキョロキョロと周りを見回しながら、人通りの少ない廊下を歩いていると、不意に後ろから腕を掴まれた。

「お嬢さん、新人のメイドか何か? 道に迷ったの? 案内しようか?」

声をかけてきたのは、どうやら2人組の国王軍の兵士だった。

2人は兵士にしてはチャラチャラした雰囲気で、クロエはなんとなく関わりたくないと思い、さっさと立ち去ろうと掴まれた腕を振り払った。


「いえ、ちょっとこちらに用事があるだけですので。失礼します。」

「おっと!」

1人の兵士がクロエの前に回り込み、通せんぼのように腕を広げている。

「ツレないねぇ。ちょっとお話ししようよ。」

前後を兵士に挟まれて、クロエは前にも後ろにも進めなくなってしまった。

2人の兵士は、ふざけた様子で笑い合っている。

「ほら、お前がイカツイから、この子怖がっちゃってるみたいだぞ?」

「いやぁ、お前がチャラそうだからだろ? ……お嬢さん、名前は? 俺たちこう見えても真面目な兵士だから、そんなに怖がらないでよ。ちょっと向こうで話しでもしない?」


クロエは、どうしたものかと考えていた。

退くように「命令」しても良いが、そうすると獣を統べる乙女であることがバレてしまって、後々面倒かもしれない。

かと言って、他にこの2人を退かせられる方法も思いつかないし……。


クロエが悩んでいると、調子に乗った兵士がまた手を伸ばしてきた。

「君、よく見るとすごい可愛いじゃん! どこの種族? フードなんて取って、ちゃんと顔見せてよ!」

「ちょっと、待っ……!」


男の手がクロエのフードにかかった瞬間、背後から聞き覚えのある声がした。

「おい! そこで何をしている!」

ドスの聞いた声で問い正され、2人の兵士は慌てて声の主の方に向き直り、最敬礼した。

「はっ! ウォルフ殿下!」

ウォルフは怒気をにじませながら、素早くこちらに近づいてきた。

ラヴィから聞いていた通り、ウォルフは今日非番らしい。

いつもの国王軍の黒い軍服ではなく、白っぽい麻の上下に身を包んでいる。


「何をしていたのかと聞いている! 答えろ!」

「はっ! この女性が道に迷っているようでしたので、道案内をしようと声をかけておりました!」

……事実とは随分違う言い訳だ。

しかしクロエとしては、2人に絡まれたおかげで探していた相手に会えたので、ウォルフにこれ以上怒られる前に2人を解放してあげたいという気持ちになっていた。


クロエは、マナーのレッスンで習った「目上の者に対する女性の礼」の仕方をなんとか思い出し、左足を半歩後ろに引いて少し膝を曲げ、両手でスカートを広げながら頭を下げてウォルフに話しかけた。

「ウォルフ殿下、お探ししておりました。お伝えしたいことがございますので、人払いをお願い致します。」

ウォルフはまだイライラしているようで、しばらくの間クロエを睨みつけていたが、ひとつため息をつくと兵士達に命じた。

「さっさと行け! ……この女のことは誰にも話すなよ。」

「はっ! 失礼いたします!」

兵士達は慌てた様子で、足早に去っていった。


ウォルフは、黙ったまま兵士達が走っていくのを見ていたが、2人が角を曲がって見えなくなると、クロエの腕を掴んだ。

「着いて来い。ここは人が通る。」


*****


どこへ連れていかれるのかと思ったが、着いたのはウォルフの私室のようだった。

なんというか、想像していたよりかなり殺風景な部屋だ。

クロエの部屋の半分ほどの広さで、家具といえば、木製のベッドとテーブル、椅子が置いてあるのみだ。クロエは椅子に腰掛けて部屋を見回しながら、率直な感想を述べた。

「なんか……ミニマリストみたいな部屋ね。ウォルフのイメージ的に、筋トレグッズとかがあるかと思っていたけど……。」


「『みにまりすと』とやらがなんなのかは知らんが、俺は筋肉をつけるためだけのトレーニングはしない。剣を使った試合と実践で、十分筋力はつくからな。それにこの部屋は寝に帰るだけで、大抵は執務室か訓練場にいるから……ってそんなことはどうでもいい! お前は共もつけずにこんなところで何をしていたんだ!? 兵士の中には、ああいう粗暴なやつもいるんだぞ! 全く、俺がいなかったらどうなっていたか……!」

ブツブツ言うウォルフをなだめるように、クロエが言った。

「ウォルフに会いにきたのよ。ラヴィに、ウォルフは今日オフだって聞いたから。」

ここのところ国王軍の仕事でずっと城を開けていたウォルフだが、今週は珍しく城に帰っている上に、今日は久しぶりの非番だと聞いて、クロエはウォルフにあることを頼もうと、会いにきたのだった。


「……ほう、もしかしてやっと俺の……」

「妻になるかはまだ決めてないけど!」

クロエは、ウォルフのいつものセリフを遮った。

「そうか? だが不用心なんじゃないのか?」

ウォルフはツカツカとクロエのそばに寄り、前回と同じように、強引にクロエの顎に手をかけて上を向かせた。

「俺はお前に触れるために、わざわざお前の同意など得るつもりはないぞ。……俺と2人きりになるよりは、さっきの兵士達の方がまだ安全だったかもな?」

言うや否や、ウォルフはクロエの唇を奪おうと顔を近づけてきた。


「ステイッ!!!!! 座りなさい!」

「グッ!」

クロエの「命令」を受けて、ウォルフはピタリと動きを止め、崩れるように床に座り込んだ。

「全く。この間も何度もステイさせられたのに、全然学ばないわね?」

「ぐう……。くそっ!」

ウォルフは床に座り込んだまま、悔しそうにクロエを睨みつけているが、そんな視線は意に介さず、クロエはウォルフに今日ここまで来た目的を告げた。


「あのね、今日はウォルフにお願いがあってきたのよ。……私を城の外に連れ出して欲しいの!

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