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第10話

刺客の振り下ろしたナイフがレオンの左腕を切り裂き、真っ赤な血しぶきが舞うのが、まるでスローモーションのように見えた。


「レオン!」

クロエの叫びが中庭にこだまする。


刺客は一度後ろに下がり、ナイフを構え直すと、再びレオンとクロエの方へ向かって突進してきた。

レオンはまだクロエの「命令」による体の痺れが残っているようで、少し手が震えていたが、それでも素早く剣を抜くと、左手でクロエを自分の背中側に引き寄せながら一太刀の元に刺客を切り捨てた。


レオンが刺客を斬り捨てる瞬間、クロエは目を閉じたかったが、体が全くいうことを聞かず、瞬きすらできなかった。

レオンの剣が切り裂いたところから、先ほどとは比べものにならない量の血しぶきが上がった。血しぶきは勢いよく飛び散り、クロエにかかりそうになったが、レオンが少し前に出て、代わりに血しぶきをかぶってくれた。


刺客は芝生の上に倒れ、胸のあたりからさらに血が流れ出して、芝生の上に広がっていっている。戦闘について全くの素人であるクロエにも、刺客がすでに絶命しているのがわかった。さっきまで生きて動いていた刺客は、もう二度と起き上がることはないのだ。


「クロエ、怪我はないか!?」

目を見開いて刺客の遺体を凝視し、息もできないでいるクロエの顔を、レオンが心配そうに覗き込んでくる。

返事をしたくても、息を吸うこともできなかった、


「油断するな、まだ来るぞ!」

ウォルフの声がした。


何とか視線だけ動かしてそちらを見ると、数人の刺客が走ってくるのが見えた。

もうこれ以上、人が斬られるところを見られない。

クロエは何とか目を瞑り、時が過ぎるのを待った……。


*****


数秒なのか数分なのかわからない時間が経った。

クロエは目を瞑り、耳を塞ぎ息を止めて、何も感じないようにしていたが、ふと体が温かいものに包まれたような気がして、ゆっくりと目を開けた。


「クロエ、もう大丈夫だ!」

気がつくと、クロエはレオンの胸に抱かれていた。

何だか懐かしい。

この体温を、ずっと前から知っている気がする。

レオンの体温に包まれて、クロエは少しずつ息ができるようになっていった。


クロエが、やっと動くようになった体を少し動かしてウォルフの方を見ると、ウォルフは特に怪我もせず無事なようで、地面に倒れた刺客の覆面とローブを剥ぎ取っているところだった。

刺客は、金髪に金の目、そして太い尻尾を持っていた。

「やはりな……キツネ族だ。」

ウォルフが吐き捨てるようにいった。


キツネ族……。確かパン老師の講義で習ったはずだ。

昔から王家に敵対的で、人数が多く、狡猾な戦術を得意とする種族だったと思う。

そのキツネ族が王宮に刺客を差し向けてくるとは、どういうことなんだろう。


刺客は最初、明らかにクロエを狙っていた。

つまり、クロエが次代の王を選ぶのを阻止し、王家に対して謀反を起こそうとしているということなのだろうか。

王子達やパン老師から、謀反を起こす種族が出て来る可能性があると散々聞かされていたのに、いざ本当にそんな事態に直面すると、とても現実のこととは思えなかった。

しかし、レオンがかばってくれるのがあと少し遅かったら、芝生の上に倒れ血を流していたのは、刺客ではなくクロエだっただろう……。

そう考えると、クロエは体の芯から冷たくなっていくような恐怖を感じた。


「クロエ……大丈夫か?」

レオンが再び声をかけてくれた。

改めてレオンの様子を確認すると、レオンの腕の傷からは、まだ少し血が流れている。

「……っ! ごめんなさい、レオン! 私のせいで腕を切られて……!」

やっと声を発したクロエにレオンは安堵したようで、少し笑顔を見せながらヒラヒラと手を振って答えた。

「このくらい、なんてことない傷だ。縫わなくてもすぐ治るだろうし……」

改めてレオンの傷を見た瞬間、クロエは何かを思い出しそうになった。

「何だろう。ずっと前に、同じことがあったような……。」

思い出そうとした瞬間、クロエの頭に鋭い痛みが走った。

「っ! 痛っ……!」

クロエが頭を抱えると、レオンが慌てた様子で問いかけてくる。

「クロエ、どこか痛むのか!? 頭か!? 見たところ。傷はなさそうだが……。」

一瞬の痛みの後、頭痛はすぐに消え去ったが、それと同時に、クロエの脳裏によぎった懐かしい記憶のカケラも、どこかにいってしまったようだった。


頭痛が過ぎ去って少し落ち着くと、クロエはレオンに言った。

「レオン、傷を見せて。」

そう言った時は、クロエはただ獣医師としてできる治療をしようと思っただけだった。

レオン達獣人は、体の作りからいえば圧倒的に人間寄りに見えるが、傷ついた皮膚の治療くらいは獣医師にもできるはずだ。傷の様子を見て縫合が必要かどうか判断し、必要ならばクロエが縫おうと思ったのだが、レオンが素直に差し出した腕に触れた瞬間、クロエはふと、自分が縫合などよりもっといい方法を知っているような気がした。

クロエはそのままレオンの左腕を引き寄せると、ほとんど本能的に、血の滲む傷口に口付けたのだった。


「……っクロエ! 何して……!? 俺の血が付いてしまうだろう!」

レオンは慌てて左腕を引っ込めたが、その時はもう、傷は跡形もなく消えていたのだった。

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