沢くんと岬先輩は今日も互いを利用する
BL・GL要素は二人の嗜好として会話に出る為、保険としてキーワードに入れています。
そもそも、この物語にはラブはありません。
沢悠真と岬結華は付き合っていない。
「岬先輩、できましたよ!」
「おお~さすが沢くん、今日も完っ璧な三つ編み!これで私も可憐な文学少女ね」
「見た目だけはですけどね!岬先輩は残念ながら中身が伴ってません」
残念!と笑う沢の耳を引っ張る岬と、わざとらしく痛いと騒ぎながらも楽しげな沢の様子がイチャついているようにしか見えなかったとしても。
「そういう沢くんだって、見た目だけなら結構いい線いってるのになぁ……中身は重度の百合オタなんだもん。爽やかフェイスが泣いてるよ?」
「腐女子の岬先輩には言われたくありませんけど、まあ顔なんて壁には関係ありませんからね!俺はただ、可憐に咲く百合を見守れればそれでいいんです」
「それなら私だって壁だよ。百合の間に挟まる男と同じで、BLの間に挟まる女は御法度なの!わかるかい?沢くんや」
話の内容はともかく、やたらと距離が近い二人が、遠目から見ると他愛ない会話の合間にじゃれ合っているようにしか見えなかったとしても。
「惜しい、あまりにも惜しい……岬先輩はこんなに完璧な文学少女に見えるのに!俺は、クラスでは互いの為に他人の振りをしてるけど、放課後ひっそりと愛し合う……そんなギャルと文学少女の切ない百合が大好物なんですよ」
「わかる、いいよねそういうの!私はクラスの中心の爽やか陽キャ男子が、実は地味で目立たない陰キャ男子に片思いしてるシチュが大好物……!」
それぞれ自分を百合と薔薇の沼に引きずり込んだ思い出の作品を思い出して高揚しているだけだというのに、なまじ見た目がいいせいで互いに頬を染め合っているようにしか見えなかったとしても。
「あー……現実って残酷っすねぇ」
「本当にね~、まあお互いにコーディネートしあって創作意欲を掻き立てることはできるんだけど……あっ、沢くん頭プリンになりかけてる!今度の日曜、髪染めにいこうよー」
「あれ、そうですか?じゃあどうします?日曜はいつも通りアニメショップ巡りとカラオケに誘うつもりだったんですけど」
「大丈夫大丈夫。実はいい穴場の美容室見付けたんだよね~何とほとんど待ち時間なし!仕上がりはそこそこだけど、値段もあんまり高くないし。ちょっと早めにカラオケを切り上げたら、沢くんお気に入りのアニメが始まるまでには帰れるでしょ」
さらっとデートの約束をしているように見えたとしても、だ。
沢悠真と岬結華の間には、微塵も恋愛感情など存在しない。今後芽生えることもなければ、意識することすらない。彼等は、ただただお互いをオタ活の為に利用しあっているオタク友達であり、それそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
幽霊部員と名ばかりの顧問しかいない文芸部は、実質沢と岬の二人だけで活動している。とはいえ、年に一度部誌を出す以外は部室である旧図書室で駄弁っているだけなのだが。
旧図書室は、数年前に学校併設の図書館ができたことで役目を無くし、現在は文芸部の活動時以外は施錠されている。中の本がほとんど残ったままである為室内は埃っぽく、快適な部活動の為に定期的に二人で掃除をするようにはしているが、大体途中から読書か談笑に変わってしまう為、効果の程は『お察しください』といった状態だ。
旧図書室の主と呼ばれていた先代の文芸部部長から鍵を渡されたのが、現文芸部部長の岬。半年前に沢が入部するまでは、一人静かに持ち込んだ本を呼んだりスマホから投稿サイトでBL小説を書いたりして過ごしていたのだが、気の合う相手を見付けた彼女は、今ではすっかり喧しく──尤も、こちらが素なのだが──文学少女からは程遠い。
沢はと言えば、そもそも入部の動機が旧図書室には文学少女の霊が出るという眉唾物の噂だった為、そんなものはいないと岬に否定された際は、相当落ち込んだ。
「俺は信じてたんですよ……!きっとここには、愛する少女への未練から成仏できずにいる百合系文学少女がいるって」
「いや、そんなのいたら私文芸部辞めてるから。ホラーは苦手なんだよねぇ……」
「まあ、文学少女の霊ってのは岬先輩を見間違えた人が流した噂なんですけどね」
「ひどいよねー、私はただ最高のネタを思い付いて感動してただけなのにさ」
両手で顔を覆い、漏れ出そうな奇声を堪えていた結果『啜り泣く文学少女の霊』として噂になっていたのだが、実際は腐女子が悶えていただけである。
尤も、文芸部の知名度が低いのも一因ではあるのだが。
「けど、その噂のおかげでこうして語り合える上に理想の文学少女コスをしてくれる人と巡り合えたんですから、噂に感謝ですかね?」
「お互い嗜好は違えど偏見はないしね~。沢くんは受けにも攻めにも変身させられるから、それも含めて感謝だよ」
「今は確か、モデルやってる上級生に恋してオシャレに目覚めた健気受け……でしたっけ?」
「そう!だからめちゃくちゃ見た目に気を遣うし、流行とか調べまくっちゃうのよ。よって、プリン髪なんて絶対に許されないッ」
そんな互いの行動が、周りからは微笑ましいカップルにしか見えないことを二人は知らない。
そもそも、壁になりたい二人は自分の恋愛なんてものは考えたこともないのである。
「俺は来世は女子高の壁になりたいですね~。学校内のあらゆる壁が俺……!」
「それなら私は男子校の壁……いや、でも共学だからこそ美味しい展開もあるし、サラリーマンもいい!医者とか弁護士とか職業系も」
「そんなこといったら俺だって社会人百合大好きですよ!くっ、なりたい壁が多すぎる」
既に来世は物理的な壁になるつもりなのだから、彼等にとっては自分が主人公の物語など解釈違いにも程があるのだ。
これは、そんなオタクライフを過ごす二人のゆるっとした絶対恋にならない物語。
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