六十七話 瑞稀、清明(二)
「さて。我がブランド推進室の記念すべき第一回全体会議をはじめるとしよう」
低い卓の向かいで、灰田室長が厳かに口火を切りました。
「いや。いやいやいや。なんでこんな料亭みたいなとこで会議なんですか! まだ午前中ですよ、室長」
ていうか、全体会議って言ったってふたりだけですし。
*
新任二日目の午前十時。
外で会議するからと言われついていったら駅の向こう側まで歩かされ、途中のカフェなどには目もくれず真っ直ぐ着いた先が老舗の蕎麦処。しかもまだ暖簾も架かってないし。
あわあわする私を尻目に、厨房に向かって片手を上げた灰田室長は、出てきた板さんの案内で一番奥の座敷席に上がり込みます。まるで実家かなにかみたい。
なんにも言ってないのにお茶とおしぼりと美味しそうなお新香が出てきて、お洒落な箸置きと和紙で包んだ高級そうな割りばしが手前に置かれました。
私にはもう、どこからどう手を付ければいいのかわかりません。だってまだ、火曜日の午前中ですよ。
「室長は重たいなぁ。フツーに灰田でいいよ。僕も瑞稀ちゃんって呼ぶからさ」
軽ぅく応える室長は熱いお茶をひと口飲むと、持ってきたサコッシュからA4の紙の薄い束を取り出して黒のサインペンとともに卓の上に置きました。
「ここね、こう見えてそんなにお高くないんだよ。学生のときから通ってるからもうかれこれ二十年になるかな。前職でうちの広告を担当するようになってからまた来るようになったんだけど、そのとき店主に相談してね。午前中、開店前の小一時間を打合せの席に使わせてよって。今日みたいに他の客がいない座敷で会議やって、そのまま早いお昼をいただいちゃう。一挙両得でしょってね。そしたらそのスタイルに、三木原さんが殊のほかハマってね。そ、うちの三木原さん。今は総務の部長やってるけど、その頃は彼、広報全般を担当してたんだ」
話しながら室長は、束の一番上の一枚を抜き取り、向きを変えて私に差し出しました。
「これ、今日のアジェンダ」
悪戯小僧のような笑顔で灰田室長が寄越したコピー用紙には、表題とその下に均等に配置された三行だけが書かれていました。
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第1回ブランド推進室全体会議
(1)灰田光陽のできること、できないこと
(2)波照間瑞稀のできること、できないこと
(3)ブランド推進室のやりたいこと、やるべきこと
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できること?!
なんですか、これは。
「正直言って、僕は瑞稀ちゃんのことをほとんど知らないし、瑞稀ちゃんも僕のことはまったくといっていいほど知らないと思う。まあ、栄からなにか聞いてるかも知れないけど、彼女が知ってるのは十五年以上も前の学生の頃だけだから」
「室長、灰田さんだって、栄さんから私のことをお聞きになったんじゃないですか」
あまりにも今まで経験した会議と違いすぎて、私はなんとなく非難するような口調になってしまいました。でも室長はこれっぽっちも動じません。
「うん、聞いた。きゃぴきゃぴしてなくて落ち着いてる。前に出るのは苦手にしてるみたいだけど、自分の基準はしっかり持ってる。恋愛体質じゃない。あと、小説を書いてる。そんな感じ」
うー、栄さん、恋愛体質じゃないってどうゆうことですか。たしかに間違っちゃいないけど……。
私の渋い表情など気にする様子もなく、室長は話を続けます。
「でもね。僕たちは今からお付き合いをするワケじゃないし、お友だちになろうってんでもない。同じ目標を達成するために業務上のパートナーとなるんだ。外向けには僕が上司できみが部下だけど、チームの中ではほぼ同格でいたいっていうのが僕の考えるパートナーシップだ。だからスタートする前に、お互いが持ち寄れる基本的なスキルを共有しておこうっていうこと。それが最初のミーティング」
わかるよねって顔の室長。私は頷く。頷くしかありません。だって、すごく真っ当なんですもの。
「幸いなことに今回の僕らはふたりだけという最小のチーム構成で始められるから、僕の考える理想のチームを一からつくっていけるんじゃないかな、って。あ、ここだけは同格じゃなくて僕の専権事項だな」
そう言って、室長は初めて普通に笑いました。
「『ウェルネスターミナル』ブランドの推進と拡散は、ぼくら二人が駆動して進めていくんだ」




