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ボクの名は  作者: 深海くじら
卯月

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六十五話 瑞稀、清明(一)

 四月三日、月曜日の午後五時半。定時を過ぎて、取りこぼした何某かの作業を残業という名でお金に換えているはずのこの時間に、なぜか私はもつ鍋屋さんの広間、それも上座に座っています。

 総務部長以下、総勢十二名が全員参加するこの宴会の主賓は、総務課に新任して半年の男子課員と水野さん、それに私の三人。今月付けの私はわかるとして、あとふたりの歓迎会がなぜに半年遅れの今頃に? その答えは簡単明瞭。ご存じコロナの対策で、今年二月までの総務部は、四人を越える宴会の自粛を全社に推奨しなければいけない立場だったからです。だから今日は、三年ぶりの全体宴会。

 にしても、新年度初日の定時前に総務部全員が部屋を開けてもつ鍋屋の二階に集合してるっていうの、会社的にどうなんでしょう。


 隣に座って紹介を受けてる男の子、海江田(かいえだ)伴明(ともあき)さんは入社二年目の二十三歳と聞いてます。でも見た目はもっとずっと若い。背も低め(低いヒールを履いてる私より少し低いくらい)で肌艶も良い彼の容貌では、下手をすると高校生にすら見紛われます。


「初見のコンビニでは、まず間違いなくお酒は売ってくれません」


 笑顔を歪めてそう自己紹介する海江田さん。そういえば席に着いたときにも総務部長がお店の人に、此奴(こいつ)こう見えても成人してるからって言ってましたっけ。


 自己紹介とは言っても、海江田さんと水晶ちゃんは既に半年席を並べてるから正直今更って感じでみなさん聞いています。でも私はホントに真っさらなので、正真正銘の自己紹介。同じ社内だから見知ってる顔ばかりとはいえ、やっぱり緊張します。さらっと終われればいいな。

 今後ともよろしくお願いしまぁす、と元気よく告げてお辞儀する水晶ちゃんの後を受け、私も立ち上がりました。


「多くの皆さまは初めましてですよね。波照間(はてるま)瑞稀(みずき)です。先月までは営業部で、主に仏具販売の営業補佐を行なっていました。今月からは新設のブランド推進室の一員として頑張っていきたいと思います。入社五年目にして初めての異動でいろいろと勝手のわからないことだらけではありますが、ついていけるよう努力しますので、皆さまもご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします」


 屋根を打つ五月雨(さみだれ)のような拍手。

 うん。自分にしては上出来。噛まずに喋れたし。ちらっと灰田課長に眼をやると、軽く手を打ちながら頷いてくれてます。うんうん。よしよし。

 自己満足のまま腰を下ろそうとしたら、奥の方で手が上がりました。経理課のちょっと太ったふたりのうちの大きい方。たしか栗田(くりた)さん。


「波照間さんって彼氏いるの? みたいなのは置いといて、波照間って苗字は珍しいよね。やっぱり沖縄の出身なの?」


 おおっと、質問タイムですか?

 思わず灰田さんに顔を向けると、両掌を差し出して含み笑いしています。応えてやれ、ですか。でも彼氏云々はスルーしてもいいですよね。


「私自身の出身は東京です。福岡には高校の時に家族で越してきました。でも東京に住みだしたのは祖母の代からで、それまでは沖縄の西にある波照間島だったと聞いてます。おばぁ……曾祖母は今も存命で、島でユタをやってるはずです」


「ユタ直系じゃないスか! てことは波照間さん、実は魔法少女?」


 ファットメンの小さい方が被せてきました。(みの)さんでしたっけ。それにしてもなんですか、このコンビのノリは。


「ユタは魔女じゃありませんよ。口寄せみたいなもんだって聞いてます。それに私が御嶽(ウタキ)に行っても、そんな声ぜんぜん聴こえてこなかったし」


 村のよろず相談窓口みたいなもんだっておばぁが言ってた。いや正確には、おばぁの言葉をお祖母ちゃんが通訳してくれた。もう十年近く逢ってないな。



 ひと通り宴が(こな)れたのを見計らって、灰田課長の隣に出張(でば)りました。私の()ぐビールのお酌を受けながら、灰田さんは労ってくれます。


「自己紹介お疲れ様。経理のオタクコンビはすぐ調子に乗っちゃうから」


「なんか高校生みたいなノリですよね」


 返盃を烏龍茶だからと断ってから尋ね返す私。灰田さんは、あのふたりなぁと苦笑しつつ応じてくれました。


「まあ、ぞんざいだし口も悪いけど気は悪くない連中だから、あんまり意識することはないよ。波照間さんは、とにかく『ウェルネスターミナル』ブランドを全社に浸透させる方法を僕と一緒に考えて形にしてくれればいいから。他のことはなんにも気にしなくったっていい」


 灰田さんはそう言って、自分のビールグラスを私のグラスに当てました。少し酔ってらっしゃるのかな。

 なぁんて軽く考えてたら、背中に突き刺さるような視線を感じました。思わず振り向くと総務三人娘がこっちを睨んでます。慌てて灰田さんの席を辞して、彼女たちの方に飛んでいきました。



「やるねミズキっち、見事な抜け駆け」


 涌井さん、笑いを噛み殺しながら突っ込んできました。横のふたりの視線が痛い。


「抜け駆けなんてとんでもない! ちょっと上司に挨拶にいっただけですって」


「ホントにぃ? なぁんかいい感じになってなかったぁ? チーンとかやっちゃって」


 完全に面白がってる涌井さんは、さながら炎上インタビュアー。水晶ちゃんもどっちかっていうと面白がってるクチかも。そんな中でひとり、天童さん。目が座ってて怖いです。

 もう、勘弁してください。私、灰田課長のことなんかこれぽっちも意識してないんですから。

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