六十一話 瑞稀、春分(七)
日本全国それ一色だった大谷翔平祭りも一昨日に幕を閉じ、男性陣の喧騒も元に戻った三月終盤のオフィスです。年度末の締めに向けて大小様々な伝票が積み重なってくるこの時期ですが、今年はそれに加えて四月からの異動に向けての引継ぎ資料づくりも被ってくるから忙しさが倍増。正直、猫の手でも借りたい気分です。来週は、それこそ本気で忙しいんだろうなぁ。
お昼休み、ランチでも買いに行こうと一階に下りたら、総務の涌井さんたちと出くわしました。
「ミズキっち、なんか買いに行くの? 私ら今からランチに出るんだけど、よかったら一緒に行かん?」
サンドイッチかなんかで適当に済ませながらデスクワークを続けるつもりではいたのですが、せっかくのお誘いをお断りするのもなんか感じ悪いですよね。ま、気分転換にもいっかな。
じゃあお言葉に甘えてと笑顔で応え、私も彼女たちのあとに続きました。それにしても涌井さん、いま私への呼び方変わってましたよね。なにか思うところがあったのでしょうか。彼女の中で、扱いのランクが上がったのかな? それとも下がったとか。
灰田課長御用達のステーキハウスのすぐ近くにある居酒屋さんで、奥のテーブル席を確保していた涌井さんたち。なんだか顔パスみたい。テーブルにも『予約席』って席札が置いてあったし。
「毎週金曜のランチはここって決まってるの。総務女子会お約束事項のひとつ。三峰さんの代からだから、始まったのはうちたちが入社するよりずっと前みたい。も、お店の方でも、こっちがなぁんにも言わなくてもちゃんと席取っといてくれてるんだ」
流石にコロナ全盛のときは丸一年くらい途切れてたけどね、と続ける涌井さんの談に被せるように、一番若い水野さんが口を開きます。
「最近はデザートもついてきますしね!」
この子はたしか、水晶ちゃんって呼ばれてたっけ。
「今日は客員枠だけど、ミズキっちも再来週からは正規メンバーなんだから、金曜お昼に私用入れてきちゃダメよ。たとえ彼氏からのお誘いでも!」
「まあそんなにガチガチの体育会系でも無いですけどね」
そう言ってウインクするのは天童桜子さん。ほんっとチームワークが取れてるわ、総務女子。
涌井さんは注文を取りに来た店員さん(たぶん店長さん)にも私を紹介してます。もう完全に絡め取られた感じ。こういうの、もしかしたら中学校以来かも。
「ミズキっちは聞いた? 新部署の名称」
四月からの私の仕事場として総務部内に新設される部署のことです。私のところにも水曜日に灰田課長からメールが届いていました。
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波照間瑞希様
異動の準備でご多忙とは思いますが、いくつかの事項が決定しましたので、取り急ぎ共有します。
【新部署名】
総務部ブランド推進室
【役職】
総務部ブランド推進室 チーフ 波照間瑞樹
【勤務場所】
総務部奥に新設のパーティションルーム(旧資料用ロッカーエリア)
まあ「チーフ」とは言っても、当面は室長の僕とふたりきりですので一兵卒扱いになるかとは思います。でも現時点でも増員申請を出しておりますので、上申が通った暁にはきっちりチーフのお仕事を担っていただきますから、ご安心を。
一年後には独立部署としてちゃんと壁に仕切られた部屋に移れるよう、二人三脚で頑張っていきましょう!
それでは、今後ともよろしく。
四月三日の朝に新しい席でお会いするのを楽しみにしております。
総務部ブランド推進室 灰田光陽
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「うちでカタカナ名称の部署が出来るの、なんか初めてみたいよ。部屋もパーテーションで隔離されるみたいだし」
「おかげで私たち、ここんとこ毎日、古い資料の箱詰めと地下倉庫往復をやらされてますよ。ほら、腕もこんなに立派に」
涌井さんの寸評に続けて、水晶ちゃんも力こぶを披露してきました。デザートのバニラアイスのスプーンを置いた私は、思わず恐縮します。あわてて両手を広げて否定する水晶ちゃん。
「波照間先輩、チーフに昇格されるんですよね。かっこいい!」
桜子さんの台詞を聞いて、またまた縮こまってしまう私。
「それよ。うちは『主任』なのにミズキっちは『チーフ』。なにこれちょっと艶つけて、って感じよね」
憤慨してみせる涌井さんには、私も苦笑いで応えるしかありません。
「なんか灰田課長らしいですよね。流石は広告代理店出身っていうか……」
うっとり顔の桜子さんが話をまぜっかえすと、涌井さんたちもやり返します。
「出た! 桜子の推し賛美。灰田さんのすることなら白が黒でも見境なしで」
「桜子先輩のそういうとこ、私も見習わなきゃって常々思います」
この総務部トリオにフィーチャリングされちゃったりして、私本当に大丈夫かしら。新部署のお仕事よりもそっちの方がよっぽど重要な課題じゃない? とさえ思えてくるのです。




