六十話 笠司、春分(六)
「お前さんがそんなテキトーな奴じゃなくて、本当に良かったと思うよ」
あの晩、最後にそう言ってくれたカジ先生の言葉に、僕は随分と救われた気がした。小学校教師であるにも関わらず幼女凌辱系マンガを好んで描く破壊的兼業同人作家の彼だが、現実に対するポリシーについては一貫して尊敬ができる。その彼の言葉だけに、僕は強いお墨付きを貰えた気がしたのだ。お前の選択は間違ってない、と。
月曜の朝方に先生の部屋を辞した僕は、部屋に戻ってひと眠りした。引っ越し用に積み重なった段ボール箱の壁を横目に、炬燵にシュラフを突っ込んだだけの寝床だが、ひさしぶりにぐっすりと深い眠りをとることができた。昨日までの胃がキリキリするような焦燥感は、もう無い。
夕方前の銭湯で数日分の汗を流し、帰り道のコンビニで弁当とビール、朝飯用のカップラーメンなどをまとめ買いしてきた僕は、炬燵の中でツイッター小説の続きを書き始める。
プロダクトアンドロイドちさとの製品としての特長を語るターン。同じタイミングで別々にテスト運用をしている百体のちさとが、どのように体験情報を共有化し、どの部分を秘匿するのか。ユーザーの生態に密着する生活サポートアンドロイドならでは超センシティブ情報をどう囲い込むかは、製品化するうえでの大きなポイントだと思う。今回の話でのオーナーは小学四年生だからそんな使い方はしないけど、性的パートナー、いわゆるセクサロイドとして活用するユーザーだって普通にいると想像してるから、そこでちさとが得る情報は機微も機微、絶対知られてはいけない性癖情報だったりするだろう。どこまでを一般扱いの体験情報として共有してちさと全体の機能向上に充てるのかの線引きは、学習型プロダクト製品開発の肝となるに違いない。
午後八時に今日の分をツイートして、そのまま翌日以降の分も書き溜めをはじめた。調子がよければ十分で一話書けるが、乗らないと半日、一日あっても続きが出てこない。だから書けるときにストックしておかないと、更新が途切れてしまうのだ。今週は、木曜には卒業式が控えてるし、そのあとの送別会も外せない。とてもじゃないがスマホをポチポチなんてしてられないだろう。少なくともあと三回分は溜めておかないと不安だ。
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火曜日朝七時。スマートフォンのアラームで起きた僕は、炬燵、冷蔵庫、電子レンジと並んで最後まで残してあるTVを点ける。チャンネルはIBC。ワールドベースボールクラシックの準決勝、日本-メキシコ戦だ。
正直言って、ここまでの試合は大味だった。が、それはしょうがない。東京ドームを舞台にしての一次ラウンド、準々決勝ラウンドで戦った代表チームはどこも野球先進国日本からすれば格下で、言ってみれば勝って当たり前の相手だった。むろん個々のトップ選手のポテンシャルはそれなりに高いだろうし、日本代表チームにかかる勝って当然のプレッシャーも相当だろう。でも控え選手、とくに投手のレベルの差は歴然だ。球数制限が厳格なこの大会では先発完投はあり得ない。最低でも三人、大抵はそれ以上の投手が必要なのだ。そんなだから、僕らはベスト4進出をこれぽっちも心配していなかったし、実際その通りになった。
でもここからは違う。ステージをフロリダに移して完全アウェイとなった侍ジャパンは、メジャーリーガーたちの本気チームと戦って勝たなければいけない。
決勝ラウンドに残ったのは日本、アメリカ、キューバ、メキシコの四代表。どこも優勝を狙える強豪だ。これはもう見られる試合は全部見るしかないでしょ。そうでなくても人生最後の春休みなんだし。
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カップラーメン買っといて正解だった。とてもじゃないけど中座なんかできない、最高の試合を見せられたのだ。
重苦しい前半戦、焦燥の中盤戦、加速する怒涛の終盤戦。追いつき、突き放され、にじり寄り、逆転する最終局面までの展開は、完璧に練り込まれたシナリオをこれまたプレイヤーたちが完璧に演じる野球映画を観てるようだった。ていうか、あまりにもベタ過ぎてマンガ原作だったら駄目出しされるだろうレベル。スマートフォンのツイッター画面を開きっぱなしで、僕は瞬きすら惜しみながら観戦し続けた。
栗山代表監督の勝利者インタビューを観ながらカップラーメンのできあがりを待つ僕は、気持ちの上ではすでにお腹いっぱいだった。決勝の相手はUSA代表。前日のキューバとの準決勝を大差で一蹴したディフェンディングチャンピオン。決勝戦のカードとしては最高の組み合わせだ。でも、今日の試合以上のドラマを望むのは不可能だと思う。もちろん、明日も観ちゃうけどね。




