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ボクの名は  作者: 深海くじら
弥生

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五十七話 瑞稀、春分(五)

 火曜の夜、ひさしぶりにパークライフに寄ってみたら、お店の中はなぜか大騒ぎになってました。いつもなら各々の会話で単なる雑踏に過ぎない店内なのに、今日は全てのお客さん、スタッフがひとつになって同じものを応援してるのです。

 ワールドベースボールクラシック。WBCって呼ばれてるアレです。一週間ほど前から始まっていたのは私も知ってました。二刀流の大谷さんやダルビッシュさん、我らがホークスの甲斐さん、牧原さん、佑京クンらが選ばれてできた侍ジャパン歴代最強チームだってことも、噂くらいで聞いてます。でも中継は見てませんでした。だって一次予選は、なんとなく勝って当たり前みたいな組み合わせだって云うから。

 そういえば週明けの朝礼で興奮気味の課長が、こっからが本番、とか言ってましたが、まさかこんな身近な場所でも盛り上がっていたなんて。


「おー瑞稀、よかタイミングやん。おいで。ここ()いとうとよ」


 見るとカウンターの端で(さかえ)さんがジョッキを持ち上げてます。どこがどういいタイミングなのかは知りませんが、私は呼ばれるままに栄さんの隣に座りました。生ビールを注文しながらカウンターを眺めると、よく見かける方々の後頭部が並んでいます。視線の先は、壁に吊るしてある大型TV。と、赤いユニフォームのひとが凄いスイング。ピッチャーのひとがやられたって(かお)で崩れ落ちて画面が切り替わり、外野のスタンドにボールが飛び込みました。ホームラン。


「ああああぁ」


 店内全体に悲嘆の叫びが広がります。頭を抱えるひと、天井を仰ぐひと、隣のひとを慰めるひと。勝手がわからない私は栄さんに助けを求めました。


佐々木朗希(ササキロウキ)がメキシコん選手にスリーラン打たれたっちゃ。さっきまでゼロゼロやったのに、いきなり三点も先制されたんよ」


 画面に大きく映し出されたスコアボードの真ん中で、上下二段に計六個並んだ「0」の右隣上段に、新しい「3」の字が白く光っています。

 うわ。たしかにこれはピンチかも。


「栄さん、これって今やってるんですか?」


 場の雰囲気に飲まれ、一緒になって焦りだしてる私の質問に栄さんは笑って手を振りました。


「やっとらんやっとらん。今みんなで観よぉとは、今朝RKBで放送しとったんの録画やし」


 時差あるけんと笑う栄さんに、私は憤慨してつっかります。


「待ってください。それってズルですよね。映画のスティングみたいじゃないですか。情報強者がだまくらかして客集めしたりして。ていうか、お客さん(みなさん)もしかして結果知ってる?」


「まあ知っとるんやなかかな。結果やったらネットで山ほど流れとったし、目ェも耳も塞いで仕事するわけにもいかんかったろうけん」


「そんなことありません! 現に、真面目に仕事してた私は結果はおろか、試合してたことも知りませんし」


 私の反証など、瑞樹はええ子やなあで軽く流した栄さんは、ご都合主義の営業トークを続けます。


「そしたらなおさらええやん。面白か試合とよ。観終わった頃には瑞稀も侍ジャパンのサポーターになっちょうけん」


 ほれ、と言って自分の皿のコロッケを奨めてくれるから、私も矛を収めて箸を伸ばすとしましょ。あれ? 今日のコロッケ、やけに丸くありません?


「んふん。気づいたごたぁね。今日明日のパークライフのコロッケは、いつもんとはひと味違うっちゃ。名付けて、ベースボールコロッケ!」


 腰溜めの握りこぶしでポーズを決める栄さんに惑わされることもなく、私はクールに打ち返す。


「まんまじゃないですか」


「しょんなかたい! うまかネーミングば思いつかんやったと」



 懸命につくった何度かのチャンスでも、我らが日本人選手たちが打ち返す大きな当たりの(ことごと)くは、メキシコのアロザレーナ外野手の見事な守備に阻まれてしまいます。一度など、近藤さんの放ったフェンスぎりぎりのホームランを掴み取ったあとに見せた、腕を組み胸を逸らせてのドヤ顔があまりにも憎らしくって。


「くやしーーーっ! おかわり!! あと、野球ボールもふたつ!」


 ホント、口惜しいくらいジョッキが進みます。このまま負けちゃったらフラストレーションで飲み過ぎて、明日は仕事にならなさそう。これってもしかして、オジサン化現象?



 だから七回裏に吉田選手の同点ホームランが飛び出したときには、店内全部がお祭りになりました。もちろん、私も。知ってる同志、知らない同志関係なく、あっちでもこっちでも大乾杯大会。

 いやホント栄さんの言った通り面白い試合でしたと称える私の感想を、栄さんは意味ありげな笑顔で返します。


「そげん喜んどってよかね、瑞稀。遠足と野球は、靴ば脱ぐまで終わらんで」



 まったくその通りでした。

 八回の表ワンアウトから、あの憎きアロザレーナが打ち返した二塁打を足掛かりに、メキシコ代表が二点取って突き放してきたのです。せっかくさっき追いついたばかりなのに。栗山監督、山本さんを引っ張り過ぎでしょ!


 ええ、勘違いしないでいただきたいのですが、こんなこと言ってるのは私だけではありません。ていうか、今お店にいるお客さん、スタッフは全員、日本代表監督になってます。それはもう、百花繚乱。みんなそれぞれの知識や経験を元に選手起用を唱え合い、当たった外れた、俺が正しい、君のは間違ってるを繰り広げています。

 私はほぼ真っさらのど素人なので、みなさんのご高説を聞きながら試合の行方を追っています。

 面白いのは、試合が動いてるときは、誰も飲んだり食べたりしてないってこと。八回裏の代打山川さんのときも好き勝手なことを言い合いながら、誰もグラスを口にしない。で、山川さんの犠牲フライで一点取り返したところで、思い出したかのようにそこここで乾杯が始まるのです。

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