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ボクの名は  作者: 深海くじら
弥生

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五十一話 瑞稀、春分(二)

 資料室にファイリングされていた社内報アーカイブと株主様用決算報告書の束を借りてきました。本来持ち出しについては微妙らしいんですけど、限定的とはいえ発行された印刷物ですし、仕事の上でも必要なものだからと灰田課長が請け負ってくれました。おかげで今はお部屋着のスウェットでベッドに持たれ、ナッツチョコなんかつまみながら読んでます。らくちんらくちん。


 大学名は伏せますが、五年前に市内中程度の女子大を卒業した私が滑り込んだのは、墓石や仏具の取り扱いでは業界でもかなり名の知れた会社です。TVのCMなんかもやってますから一般でもご存じの方は多いんじゃないでしょうか。実際、私も名前だけなら前から聞いたことありましたし。

 意外にも福岡市に本社があるこの会社は、本社勤務の女子社員は地元の子を優先して採用するという伝統があり、そのおかげで私なんかも入れてもらえたワケで。

 お仕事としては仏壇・仏具の販売と、墓石の販売が二本柱で、その他に東京本社のみで葬儀場の案内もやっているようです。と言っても、入社以来ずっと同じ部署で営業補佐をやっていた私などは墓石の方はとんとわかりませんし、仏壇にしてもカタログそのままの知識しか身についていません。なので、こうして改めて会社の成り立ちや変遷を知るのはなかなか勉強になります。


 株式会社はしくら。

 大正十四年、1925年に仏具店として創業。終戦後は復員してきた職人の大量雇用を契機に、昭和二十九年より自社での仏壇製造を手掛けるようになった。世の中全体右肩上がりの波に乗り、戦災で喪われたご家庭の仏壇を新たに提案することで会社を大きくした。

 平成に入ってからも創業七十周年を機に墓石事業に参入し、業界での地位を盤石のものとした。

 ただ昨今では新規の仏壇販売も減少傾向が否めず、いくらかの震災需要はあったものの、全体としては墓石部門のシェア拡大でなんとか水準を保っている、というのが今世紀に入ってからの現在位置。


 確かに。マンション住まいのお友だちとかで部屋に仏壇置いてる子、見たことないもんね。


          *


「正直な話、落っことしてもらえる広告の年間予算も毎年二十(パー)ずつくらい減ってきててね。媒体やクリエイティブの所為ではないって言って貰えてはいても、やっぱり責任を感じちゃうよね」


 お話するのは、向かいの席で上手にTボーンを切り分ける灰田課長。この前と同じステーキハウスの窓際席でとろけるランプ肉を頬張りながら、私はただただ拝聴してます。

 金曜の午後、広報物の断片情報だけでは未来地図が見えませんと訴えに出向いたら、夕方以降は時間があるからレクチャーしようって話になって、気がついたらこんな感じに。なんなんですか、この流れるようなおもてなしは!? 涌井さんたちに見つかったら首絞められますよ、絶対。


「ちょうど暮らしの基盤を変えたいって考えてたとこでもあったんで、思い切って企画書つくって持ち込んだんだよ。俺を雇いませんかって」


 さっき手渡されたA4横サイズの分厚い綴のことです。

『株式会社はしくら 創業百周年リブランディング十カ年計画』と題されたその企画書を手土産に、灰田さんは四年前、出入り業者の担当者から中の人にジョブチェンジしたんですね。



「詳しくはあとでそっちを読んでくれればいいけど、要はこういうこと。生きてる人の亡くなってる方々への供養という従来のうちのビジネスを、生きてる人たち自身の終末デザインを提案するってとこまで広げましょって骨子の(もと)に、組織を再編成したり、今まで付き合いのなかった業種を開拓して協業(コラボレーション)したり、社内で新しい切り口を公募して実現させたり、新しい販売品目を加えたり。なんなら企業内起業なんかも促したりする。そういう考え方や行動原理を経営陣から末端の販売店アルバイトまで(あまね)く共有して、実際のサービスとともに外部に発信していく。『ウェルネスターミナル』と名付けたこのテーマを“はしくら”の新しい顔として広く世の中に浸透させる。まあ、そんな計画なんだ」


 ひと息ついた灰田さんは、喉を潤すようにグラスのハウスワインを飲み干しました。

 なるほど。私のような下々が、なぁんにも気にせずにただ日々の業務を追っかけてる間に、経営の方々はこういう方策を練って今後の生き残りを模索しておられたんですね。

 感心することしきりの私は、とりあえずキウイ味のシャーベットを口に放り込みます。あら美味(おい)し。


          *


 紳士の灰田さんは、お店の前に呼んだタクシーにおひとりで乗り込み帰っていかれました。私の分も呼ぼうかと聞かれましたが、さすがにそれはお断りしました。別にお酒飲んだわけでもないし。

 パークライフに寄ることも一瞬だけ頭によぎりましたが、今夜はやめときましょう。自分の中でもう少し整理してからでないと、ちゃんと説明できそうにない。


 彼の提案する『はしくら リブランディング十カ年計画』は企画全体の骨子をまとめる第一期が既に完了していて、六月に行われる次回の株主総会で承認される運びなんだそうです。



「今年四月から二カ年で予定されている第二期のミッションは、新ブランド『ウェルネスターミナル』を社内隅々まで共通認識として浸透させること。そのために設けられた精鋭によるプロジェクトチームが、この四月新たに産声を上げる。意味、わかるよね」


 帰り際、車の窓を下ろして顔を出した灰田課長の台詞が、脳内でリフレインしています。

 頭がくらくらしてきました。

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