四十二話 笠司、啓蟄(二)
急な話ではあったが、実家に持って帰る本やらなんやらもあったので、七日の朝に僕は荷物満載のキャリヤーを引いて横浜に戻った。
八時前に実家に着いて仮眠をしてたら、昼前に弟がレンタカーに乗ってやってきた。さわさんも一緒だった。
「こんにちはー! ホントに私、お邪魔しちゃっていいんですか?」
玄関口でさわさんの声がする。話の相手はどうやらお袋らしい。
「もっちろん! さわちゃんなら大歓迎よ。いっつも龍児が迷惑かけてるんでしょ」
「こっちこそ迷惑かけっぱなしですよぉ」
女たちの声ってのは、なんでこんなに響くんだろう。ぼーっとした頭でそんなことを考えていたら、リョウジが覗き込んできた。
「ほら、リュウちゃんも、いつまでも寝てないでさっさと準備して。もう、すぐ出かけるよ」
炬燵の中からのろのろと身体を起こした僕に、リョウジは重ねて聞いてきた。
「リュウちゃん、運転できたよね?」
まあ免許ならあるけど、と答える僕。でも軽のボックスしか運転してないぞ。そんなんでいいのかな。
「どこまで行くんだっけ?」
「静岡。裾野に午後三時」
「裾野? 行ったことないよ。どの辺なのかな?」
僕も行ったことないけど、と前置きしてリョウジが返してきた。
「御殿場の向こうだって。こっからだと二時間かかんないくらい。てか、メール見たんだろ。それくらい調べてきなよ」
いや、おっしゃる通りで。
「グランピングって何が必要なんだろ?」
旗色が悪いので、起き上がってやる気を見せながら話の矛先をずらしてみる。だが、そんなのはポーズだと見透かされたらしい。これだから双子ってやつは。
「なんにも調べてないんだね。まったく。まあリュウちゃんらしいっちゃそうなんだけどさ」
「ホテルに泊まるくらいの準備でいいって聞きましたよ。温泉がくっついてて、タオルとかも用意してくれてるみたいで」
部屋に上がってきたさわさんが助け舟を出して、僕の疑問を引き取ってくれた。リョウジは呆れ顔で僕とさわさんを交互に見ている。
「さわはリュウちゃんに甘いなあ」
「だって、お兄さんの方がリョウちゃんより素直そうだもん。ねー」
いや。ねーって言われても。
にっこり笑うさわさんに、僕はどうリアクションすればいいのかわからなかった。
*
「それにしても笠司は、卒業までに就職決まってよかったねえ。母さん、ひと安心だよ、ほんとに。お父さんもずっと心配してたんだから」
さわさんと僕に挟まれたお袋は、ねえ、と言いながら助手席の父さんに同意を求めた。振り向いた顔のまま目を泳がせる親父。図星のようだ。運転席の後ろの僕が言葉を返しあぐねていたら、リョウジが声を上げた。
「富士山、でけえ!」
フロントガラスの向こうに、いつもよりずっと大きく見える富士山が真っ白の稜線を広げていた。さわさんが助手席の背に手を掛けて、隙間から顔を乗り出させている。
「わあっ、綺麗! うちの方だと『地球の丸く見える丘展望館』っていうのがあって、そこの展望台から見えるときがあるんですけど、水平線にボタンが付いてるみたいな感じだから。こんなに大きい富士山見るのは初めてかも」
「向こうに着いたらもっと大きく見えるかもね。なんたって裾野市っていうくらいだから」
リョウジの返しに歓声を上げるさわさんを見て、お袋が微笑んでいる。ごめんな。僕はそんな笑顔させてあげられなくて。今回はまあ、就職決定くらいで勘弁してやってくれ。
*
刻之栖というそのリゾートは、都会モノの感覚から言うとごった煮のようなところだった。ホテルあり、温泉あり、スポーツ施設あり、コテージあり、遊園地あり、水族館あり、地ビールあり、レストランあり、ステージあり、イルミネーションありで、そのどれもが出自はバラバラで一貫性が無く、規模もさほど大きくない。ホテルの廊下に並んで掛かっている絵の一群も、なぜか日本の河川の流域絵図だったりするし。それだけいろいろ放り込んでいるのだからさぞやぎゅう詰めかと思いきや、そんなことはなく、広い敷地の中に各エリアが散在し、歩き回るだけでもいい運動になりそうだった。
僕らの車は、そのリゾートの一番奥に比較的最近つくられたグランピングのエリアに到着した。
祖父、伯父夫婦、従姉夫婦とその子どもたち、それに僕ら五人。伯父が企画して総勢十二人が集った、祖父の米寿祝だ。
既に着いて各自のテントに荷物を移す作業の大人五人を前にしては、さすがのさわさんも緊張していた。
「はじめまして。野澤さわと言います。えと……、龍児さんとお付き合いさせていただいてます」
どうぞよろしくお願いしますというさわさんの台詞の最後を待たずに伯母が笑った。
「やっぱりねぇ。笠司くんじゃないとは思ったわ」
「お母さん、それ、失礼」
従姉の眞理子さんが窘めるが、そう言いながら彼女も笑っている。まったくもって、その通りですよ皆さん。ワタクシにはそんな甲斐性はございません。




