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ボクの名は  作者: 深海くじら
弥生

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四十一話 瑞稀、啓蟄(二)

 月末締めの数字合わせに追われる今週後半は、大方の予想通り毎日残業です。といっても補佐の私たちはまだマシで、だいたい九時前には帰れます。というか、帰れって言われる。経理課の灯りはいつも明るいままだし、なんなら食べ物の匂いがしてたりもします。私、あれは嫌だな。だって会社で晩ご飯なんか食べちゃったら、もう根っこが生えちゃうじゃないですか。



 地下鉄の赤坂で地上に上がった私は、疲れた足取りで自宅に向かいます。それでも今日は金曜日。明日明後日はお休みだから、帰ったら好きなだけ寝られる。晩ご飯つくるの面倒だし、今夜はもう買い置きの冷凍パスタでいいことにしちゃおう。

 天神がビッグバンの所為で工事中ばっかりなので、うちの近所の飲み屋さんとかにもけっこう人が流れてきてるみたい。今夜ももう十時前だっていうのに、かなりの人がふらふらと歩きまわっています。もう春だからなあ。


「あんた可愛いかね、ひとり? なんしよぅと?」


 私より少し若い感じの二人組が、いきなり斜め後ろから声を掛けてきました。うわ、ナンパ来た。めんどくさ。


「なあなあ、飲みに行かん? 俺たちええ店知っとぅとよ」


 ちょ、今日の人たち、しつこい。無視して通り過ぎてるのに、まだついてきてるし。このまま家知られるのとか嫌だなあ。うーん、しょうがない。困ったときは栄さんだ。


「すいません。約束があるので」


 私はそう言って小走りに横断歩道を渡り、パークライフに飛び込んだ。やった。大当たり。カウンターの内側の栄さんが、こっち見て手を振ってくれてる。私は駆け寄って、小声で助けを求めます。


「そこでナンパされて困ってるの」


「なぁん。瑞稀もやるやん」


「やるやん、じゃないんです。迷惑してるんだから。ここにも入ってきちゃうかも」


 言ってる(そば)から、扉を引いてさっきの男たちが入ってきました。固くなる私を見て栄さんが、アレか、と口を開かずに聞いてきます。頷く私。


「俺、ここはじめて。なんかよか感じっちゃん」


 軽口を叩きながら私の隣に座ろうとする男に、カウンターの内側からマスクをずらした栄さんが一喝しました。


「おはんら、なに人ん彼女を口説いちょっと。よか根性しちょっじゃなかと」


 私の肩に手を掛けようとしてたもうひとりの方も動きを止めました。


「ちゃあんと落とし前ばつくっ覚悟(かっご)ばあるんやろうね。ああん?」


 明らかにびびってる男たちに、さらにドスの利いた声で栄さんは畳みかけます。


「なんやったら、ここらを歩けんごつしてんよかとどんね」


 そいでも続くっと? と念押しして嗤う栄さん。目線を外して下を向いたナンパ連中は、すいませんとだけ言って急いでお店を出ていきました。



「栄さん、すごーい。かっこいい!」


「あー、ひさびさに緊張したわ」


 マスクを戻した栄さんがおしぼりを差し出してくれました。さっきまでの切れ味鋭い表情から一転した柔らかい顔で、照れ笑いしてます。


「さっきのあれ、薩摩の言葉入ってました?」


「ん。うちな、高校まで鹿児島おったとよ。福岡は大学から。やけん言葉もぐちゃぐちゃや」


「迫力あったぁ。右の男の子とか涙目でしたよ」


 足元のかごにショルダーバッグとスプリングコートを収めて、栄さんの前の席に座りました。ま、いっか。週末だし、冷凍パスタよりはビールと揚げたてコロッケの方が百倍いいよね。見るとカウンターには、まだ何も頼んでないのにビールの小ジョッキが置かれています。


「コロッケでええやろ」


 手元を見ながらそう言った栄さんに私は、はい、と大きく頷きます。空気に馴染んでて心地いい。


          *


「そういえば栄さん、私今週、灰田課長にランチ連れてってもらっちゃいましたよ。ていうか、栄さん、私のことなんて話したんですか? いきなりヘッドハンティングとかされちゃったし」


 ハイボールに切り替えたところで、私は向かいの栄さんに先日の話をはじめました。さっき私が美味しいと言ったお通しの青菜浸しをもう一皿出してくれた栄さんは、こう切り返します。


「なんね。ヘッドハンティングて。あんたそんなに偉かったと?」


「そういうワケじゃないですけど、なんか新しい仕事を手伝って欲しいって」


「あーアレやろ。社史つくるとか広報がどうとかいう話」


 それそれ、と言いながら身を乗り出して、私はちょっと栄さんを睨む。


「栄さん、私が小説書いてることバラしたでしょ」


「ああ、あれね。見せただけや。垢とか教えて無いし」


「そんなん、見て憶えてあとでググれば一発じゃないですか」


 しれっと答えた栄さんに、私は噛みつきます。


「おかげで新しい仕事の話も来たワケやし。で、どうね。受けるとね?」


「そんな、一介の女子社員に選択の余地なんて無いですよ。それにまあ、今よりは面白そうな話ですし」


 栄さんにレールを引かれたかと思うとなんだか口惜しいけれど、確かに広報の仕事は面白そうな予感がします。手始めの社内コミュニケーションサイトも、全国の支社や営業所に取材に行ったりするのだそうで、けっこう楽しみにしてる自分がいたりするのです。

 それに、うまくいけば課長と栄さんのかすがいになれるかもしれないし。

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