四十話 笠司、啓蟄(一)
連作小説の手が止まっている。
「クラウド型AIヒューマノイドの製品化直前モデルをモニターするβテストの三十日間」という設定で書いてる最中だが、試用モニターに選ばれた少年の義理の父親の人間像に行き詰まっているのだ。
義理の父親からのネグレクトを現在進行形で受けている小学校高学年の少年。その少年をマスターと呼ぶ美女の姿をした汎用ヒューマノイド。出会いは小雨が降る夕刻の児童公園。心を閉ざしている少年に、自分が何者かを語りかける美女という図式。そこまではいい。
問題は次の場面だ。少年が自分の命より大事に思っている「姉の木」と少年自体を守るために、女は少年の義父と対決しなければいけない。しかも試用期間の三十日を終えたあとにも禍根を残さないように。いや、ぶっちゃけ、単発ものなら禍根が残ってぐちゃぐちゃになってもそれはそれで有りなんだけど、あわよくば連作、と考えてる以上、今回のモニターテストは成功してもらわないと困る。第一話だし。でも義理の親父を殺しちゃうのは駄目だ。だってヒューマノイドには殺人が禁じられてる。
そもそもお義父ちゃんはなんでそんなに苛立ってるんだ? お姉ちゃんの木っていうけど、お姉ちゃんは実在するの? てか生きてるの? 死んでるの? 実のお母さんは小坊の息子が暴力に晒されてるときに何してるの? 何考えてるの?
そういう疑問を整合する解がうまく見つからないのだ。
僕には物語を紡ぎ出す才能がない。創作を始め出してからこっち、つくづくそう思う。
ネットでは多くの書き手が毎日新しい物語を紡いでいる。三月に入って、カクヨムではお題を出しての短編コンテストKAC2023を始めた。前に参加した匿名コンも、先月末から公募お題での短編コンを開催している。それらのサイトでは、開くたびに山ほどの新しい短編が追加されていて、しかもそのほとんどが面白いときている。どうなってるんだ、この国は。マジで一億総作家なのか?
それなのに僕ときたら、民家の玄関口から正面真っ直ぐの廊下で鋸を持ったおっさんとうら若い美少女ヒューマノイドを向かい合わせの立ちん坊にさせたまま、その先の演技を指示できないでいる。ホントに困った舞台監督だ。
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「ナボコフのロリータにすればいいんじゃね?」
LINE通話の向こうでカジ先生が言った。
「だからさ。ハンバート・ハンバートみたく、お姉ちゃん目当てで再婚したってことにすれば繋がるんじゃないのって」
先生のひと言で、僕の頭に天啓が下りてきた。
男は塾の講師。編入してきた女生徒に心を奪われた。まだ中学生のその子は、都合の良いことに片親だった。生活に疲れた母親の弱みに付け込み、優しげな顔で近づいたのだ。
めでたく再婚に漕ぎつけることができれば、後は男の思うまま。義父という立場を存分に使って、娘を我が物にする。誰にも相談できない娘は、義父に奉仕を強要される異常な日々を憂いて自ら命を絶ってしまう。母親はぼんやりと、だがお姉ちゃん子だった弟は、その原因をはっきりと理解している。
一方、せっかくの玩具を喪った男は、本性を隠さなくなって荒れ狂う。標的は、お姉ちゃんの面影を宿す小学生の弟。
できた。
「カジ先生。繋がったよ! マジで感謝ッス。流石は売れっ子同人作家!」
「んー。もっと褒めていいよ」
そのあと五分ほど褒めちぎった僕は、通話を終えるとすぐに続きに取り掛かった。止まっていた彼らの時間が動き出す。自己紹介。鋸を捨てて殴りかかる男と、それを簡単にいなして逆に抑え込む女。どうしたいかを少年に問いかける。奥でへたり込んでいる母親のモノローグ。
今週分の残り五話は、一時間そこそこで仕上がった。
ひとつ伸びをして、マグカップに残った冷めたコーヒーを飲み干した。テーブルに伏せていたスマートフォンを表に返すと、緑色のLINEのアイコンに着信バッジが付いていた。誰だ?
新着は家族グループ宛だった。開いてみると、差出人は母さん。
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お爺ちゃんの米寿祝いに親族総出で出掛けることになったヨ。
三月七日・八日の一泊二日だから、みんなもれなく参加してネ!
母より
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なんだよ。聞いてないよ。ま、とりあえず予定はないから別にいいけどさ。
そんなことを考えてたら、新たなコメントが流れてきた。それを見て僕は顔をしかめる。
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【重要】彼女連れ推奨!!!
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大きなお世話だ。リョウジじゃあるまいし。




