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ボクの名は  作者: 深海くじら
睦月
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三話 瑞稀、小寒(一)

 どこから話しましょうか。

 今週は三が日のお休みがあったから、お仕事は水木金の三日間だけ。このペースだと楽だなあ。ずっと週休四日が続けばいいのに。


 正月休み最終日の夕方には(さかえ)さんから新年のお誘いがありました。晩御飯を一緒に食べないかって。結局実家に帰らなかった私は今年最初の三日間を部屋から一歩も出ずに暮らしてたから、この誘いをお断りする理由は欠片もありません。お化粧もおざなりに、ダウンを羽織って出かけます。





 この前と同じお店。パークライフという屋号は、その日初めて知りました。


「ああ、ここの名前な。瑞稀、ブラーって知っとる? イギリスのロックバンドなんやけど、そこの三枚目のアルバム名から取ったんやって」


 洋楽に疎い私はそのバンドを知りません。


「まあ瑞稀くらいの歳やったら知らんが普通やろ。九十年代のバンドやから、うちもまだ小学生やったけんリアルタイムではいっちょん知らんし」


 栄さんの話によると、このお店『パークライフ』はラジオのディレクターをしていた店長さんが脱サラして一九九五年にはじめたそうで、その人脈から地元TVやFM局の人たちが常連だったんだとか。以前は福岡に来る内外のミュージシャンなんかもちょくちょく来店していたらしいのですが、今はわりと普通の客層だと。


「もしかして、そのブラーさんもここに来たりしたんですか?」


「来たげな。九十七年の福岡公演のときにリーダーのデーモン・アルバーンが。ちゅうかなんね、そのブラーさんって。バンド名やし」


 凄いですよね。好きなバンドのアルバムタイトルを店名にしたらそのバンドが訪ねて来ちゃったなんて。


「瑞稀は想像もつかんちゃろうけど、そん頃はSNSも無かったんやけんね。もう人伝(ひとづて)の口コミだけが命やし」


 栄さんの話は面白い。幅が広くて深みもあり、さらに饒舌。さすがはベテランのタウン誌ライターさんです。


「ちょっとばっかし長うやっとぉだけやけん。ほんの十五年ちょい」


 そうなのです。栄さん、最初ドンキで会ったときは三十前後の、私のちょっと上くらいに感じてたのですが、実際はひと回り上の三十八歳。ホント二十代でも通じる若々しさで、お歳を聞いてびっくりしました。


「単に大人になれとらんだけ。こん仕事やっとぅと年取るん忘れるけんね」


 それよりも、と栄さんは私に話を振ってきました。


「物語づくりはどうなったと?」


「一応、一昨日(おととい)から始めまして。って言ってもまだ二話ですけど」


「どんなんなん?」


 ビールを飲み干した栄さんが身を乗り出してくれてるし、私も少し酔ってきたから話してみようかなって思っちゃいます。


「転生モノ、なんです」


「電車にはねられて気ぃついたら幼女になっとった、みたいな?」


 それ。私も知ってる。


「まぁ、そんな感じです。死んじゃってそうなったのかはまだ決めてないんですけど。とにかく目が醒めるところからはじまるんです。でも、知らない部屋だしふわふわするし、おまけに身動きは取れないし」


「なになに? それ面白そうやん。で、どこにおりんしゃーと、そん子ぉは?」


 んふん、と私は含み笑いします。自分のお話に興味を持ってもらえるって、こんなに嬉しいものなんですね。


「そこはですね。宇宙ステーションなんですよ」


「うちゅうステーション?!」


 栄さんは本当に良い反応をしてくれます。話し上手で聞き上手。すごいなぁ。


「イメージとしては国際宇宙ステーション。未来のじゃなくて、今お空を飛んでる研究施設みたいなの。そこの居住エリアなのでふわふわしてるのは無重力、身動きできないのは寝袋だから……」


 そこまで話した私を、栄さんは両手を振って押し留めました。


「ちょい待ち。それ、まだ始まったとこなんやろ。ネタバレになるけんそこまでな。うちも読むけん」


 ツイ垢教えてと言いながらスマートフォンを取り出して、栄さんは私が告げたアドレスを打ち込んいく。


「ふーん。月波っていうんね、アカウント名。ミズキの月と波照間の波か。よか名前やなか」


 ふんふんと頷きながら画面を送った栄さんは、一分も掛からず読み終えてから畳みかけてきました。


「ようわかった。まだいっちょんわからんってことが。早う続き書きんしゃい。あん蓑虫はいったいなんなん? 貼りまくられた付箋に意味はあると?」


 それ言っちゃったらネタバレじゃないですか。そう答える私に、そりゃそうだと笑う栄さん。楽しい夜は、いい感じに流れていきます。





 週末の土日は筑紫野にある実家に帰りました。このままなしのつぶてでいるわけにもいかないし、栄さんのおかげで置かれた状況と自分の選択に多少の自信がついたので、こじれる前に伝えとこうと決めたのです。


 母は随分と残念がっていました。写真や動画だけでしか見せたことはなかったけれど、直人の顔と雰囲気は母のお眼鏡に(かな)っていたようでしたから。でも父の方は、なんとなくほっとしたような表情を浮かべていました。この人たちにとっての私は、昔も今も「うちの娘」なんだなって改めて思った。それはたぶん、これから先も。





 私が帰ってくるまで待っていたという初詣は、日曜日の午前中早めに行きました。福岡で人気の初詣先と言えば真っ先に愛宕神社や十日恵比寿様が挙がりますが、我が家は越してきてから毎年ずっと太宰府天満宮にお参りします。去年の破魔矢やお守りをお納めして新しいのを求めたり、おみくじひいたり梅が枝餅食べたり。やることはけっこういっぱいあるのです。母はしきりに私の良縁をお願いしていたようですが、道真さん、その辺は疎いんじゃなかったかな。

 私? 私は、気持ちの安定したひとになれますように、です。



 親子三人お茶屋さんで休んでいたら、私のスマートフォンが震えました。栄さんのメッセージです。覗き込もうとする母を制して、女の子の友だちと告げてから画面を開きます。



********************************************

 読んだよ。

 月波ちゃんも春海ちゃんもボクっ子なんだ。

 無重力、楽しそう!!!


 続きも楽しみにしてるからね。

 さかえ

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 意外なのは栄さん、テキストは博多弁じゃないんですね。

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