三十七話 瑞稀、雨水(四)
二月二十二日水曜日、朝から落ち込む。
昨日の夜、明日の朝の分もって勢い込んでたくさんつくった取り置きのパスタ、バタバタしてたらすっかり食べるの忘れちゃった。お皿に分けて蓋をしてはおいたけど、テーブルの上に出しっぱなし。今日は天気もいいから、夜までには悪くなっちゃうかな。せっかくベーコンとかきのことかいっぱい入れてしっかりつくったのに。
始業前の会社の席でしょんぼりツイートをして、暗い気持ちでいつもの入力作業を始めました。そしたら三十分もしないうちにスマートフォンが震えます。そうっと開くと、フォロワーさんからのリプライが来てました。
とらママ
@tsukiandnami さん
おはようございます。
どういう状態でしょう。台所のフライパンに蓋をして置いてあれば、私なら帰って火を通して食べます。まだ寒いからお勧めはしませんが。
お腹が弱ければ止めるかな。夫はお腹痛くなったら困るから食べない派です(笑)
―――――午前9:22 · 2023年2月22日
よく見に行くツイッター小説のところで、優しい気持ちになれるリレー小説を毎日のように書かれている方からでした。なんだか隣の席の先輩から肩叩かれてアドバイスをもらってる気分。
上司が不在なのをいいことに、状況説明を返します。
月波 @tsukiandnami
@とらママさん
お皿に移してレンチン用の蓋を置いてます。
食べたときに載せ忘れたパセリも散らしたのに(涙)
―――――午前9:24 · 2023年2月22日
さ、仕事再開。と思ったら、またすぐに新しいリプが届きました。専業主婦の方かしら。それとも、私と同じように、お仕事しながらの片手間かな?
とらママ
@tsukiandnami さん
パセリって抗菌作用があった気がします。それならばグッジョブ
蓋してあるから私ならば(強調!)絶対に食べます。だって美味しそうだから(笑)帰ったらクンクンしてください。
幸運を祈ります(祈)
―――――午前9:29 · 2023年2月22日
うれしい。なんか元気出た。
そうですよね。今の時期なら、きっと帰ってからでも食べられますよね。うんうん。今夜の一食が浮いたと考えればむしろラッキーなのかも。
「ボク、食べちゃう派かも」って返信したら、とらママさんからもすぐにリプが飛んできました。
とらママ
@tsukiandnami さん
ふふふ、私は絶対に食べる派♡
―――――午前9:36 · 2023年2月22日
いいねを押してありがとうのリプを返し終えると、私は顔を上げます。
よしっ! 仕事がんばるゾォ。
*
二月二十三日は祝日だから、午後から栄さんとボルダリングで汗を流します。もちろん、お腹も壊してません!
ホヤホヤにはもう四、五回通ってるのでそろそろ中級にランクアップを、と挑戦してるのですが、これがなかなか難物で。毎回九番のホールドが確保しきれず、落ちてしまいます。その度に栄さんとミチカズさんに笑われる。
私、指が短いのかな?
*
「瑞稀、今日がなんの日か知っとぉ?」
壁攀じり後の恒例となってるパークライフで、ビーフジャーキーを咥えてる栄さんが唐突に聞いてきました。仕事でスゲジュール表なんかもつくってる私は、当然答えられます。
「天皇誕生日ですよね」
「なぁんかしっくりこんよねぇ」
引き千切ったジャーキーをもしゃもしゃ噛みながら、栄さんが即座に返してきました。栄さん、もの食べながら喋るのは、女性としてどうよってと思いますよ、私。
「天皇誕生日っち言うたら、やっぱ十二月二十三日やろ」
「まあ、そうですよね。そっちの方が断然しっくりくる」
それには私も同感です。祝日なのは嬉しいけれど、栄さんの言う通りでぜんぜんピンときません。つきあって日の浅い彼氏の誕生日みたい。
「それやそれ。瑞稀うまいこと言うやん。ホント、令和さんとはまだつきあいが浅かとよ。おまけにコロナさんの所為で、休日感覚わやにされたし」
ハイボールの氷を指でかき混ぜながら栄さんは続けます。だから栄さん、そういうとこ!
「そういやぁ瑞稀は知っとぅ? 平成さんの誕生日、祝日から消されとぅとよ。昭和さんの四月二十九日は、しっかり『昭和の日』になって生き残っとぅとに」
たしかに。平成天皇の誕生日はカレンダーから消えています。だから十二月は祝日無し。なんだかなあ。
「平成さん、なんか影が薄かねぇ」
「それはそうとですね」
ここ数週間ずっと気になっていたことを私は切り出します。
「あれから灰田さんとは会ってないんですか?」
先月の取材のあとも栄さん、一度は連絡取ったことを匂わせてはいました。ですが私だってお年頃のそこそこ若い女子。神戸の一件もありますし、おふたりの仲に何か進展があるのではと興味津々なのです。
「逢うた。前の土曜日」
先週の土曜日っていったら、私と逢って話した翌日じゃないですか! 栄さん、動き早やっ。
「翔子だけん証言じゃ片手落ちやけん。ミツルにもいろんな考えがあったやろうし」
そこまで言って、栄さんは口を閉じました。まだ機が熟してはいないのでしょう。私も追及の手を諦めます。
「そうそう。瑞稀んことも話しといたと。面白か子ばぁおるとねって」
「なんですか、それ。面白いってどうゆうことですか?!」
栄さんはからからと笑って、ハイボールのジョッキを呷るのでした。




