表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクの名は  作者: 深海くじら
如月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/239

三十六話 笠司、雨水(三)

 御嶽(みたけ)さんからもらった手づくりのトリュフチョコをつまみにバーボンを飲みながらネットサーフィンする日曜の深夜。

 甘いのはあんまり得意じゃないから、貰ってから五日も経つのにまだ食べ切らない。とは言え、かなり苦味を強くしてあるこのチョコレートは、実際のところけっこうイケる。


「菅原さんとのやりとり、聞いてんだな、彼女」


 立ち上がって氷を追加しながら独り言を言ってみる。

 それにしても、僕のひとつ下で四歳の子がいるシングルマザーって、いったいどんな感じなんだろう? 拙い僕の経験の中で思い当たるのは、去年の冬の初めに一度だけ遭遇した母子しかいなかった。


「天津原さん、だっけ」


 僕は、がらんとした大学の食堂で会った美しく聡明な若い母親と、彼女の脚にしがみついて涙目でこちらを伺っている青い瞳の男の子を思い出した。ぱんぱんに張ったリュックは興醒めだったが、母子ともにお洒落な格好をしていたし、天使のように可愛らしい子どもも実におとなしかった。そしてなによりもあの人からは、幼子を持つ母親特有の生活臭がまるで感じられなかったのだ。後日ゆかりんに聞いた話によると、市内の大手企業で非常勤役員をしてるんだとか。言ってみれば、規格外のシンママだ。


「あの人とはだいぶ違うんだろうな」


 そんな御嶽さん(かのじょ)が、たぶん小さな台所でこのトリュフをつくったのだ。チョコレートの匂いで満ちた広くない部屋の片隅に子どもを寝かしつけたあと、母親が仕事から帰ってくるまでの短いくつろぎの時間を費やして。

 僕の想像力では、そのときの彼女の表情や想いまでは再現できなかった。ただ、日常では決してない時間の中でこのチョコレートの粒がつくり出されたということだけは、ちゃんと頭に刻み込んでおこう。結果なんかに関係なく、その時間が彼女にとって愉しいものであったらよかったんだけど。



 最後のひと粒を口に放り込んでツイッターのタイムラインを開くと、映画『ぼくらのよあけ』のサムネイルが目に飛び込んで来た。月波さんの引用RTだった。投稿時間は昨日の夜八時前。



月波 @tsukiandnami


終わったーー!

もんのすっっっっごく面白かったよ『ぼくらのよあけ』


狭い舞台を丁寧に描いためちゃくちゃ大きな物語。

推してくれた蔵六さんに大感謝だよ。

続編のシャナナ、やらないのかなぁ。


これって去年映画になってるのね。探してみよっと。

―――――午後7:54 · 2023年2月19日



 奥歯でかりっとトリュフを噛んで、僕は画面に前のめりになる。

 月波さん、あんなマイナーなマンガを読んでくれたんだ。嬉しい! あ、いやマイナーだなんて作者の今井哲也さんに失礼だった。でも、熱を込めて薦めた作品がこんな素敵な波紋を広げてくれるのを目の当たりにできるのは、推しの醍醐味だよな。



笠地蔵六 @kasajizorock


@tsukiandnami さん

面白かったでしょ。

月波さんになら絶対刺さるって思ってました。

―――――午前2:50 · 2023年2月20日



 速攻でリプライを送って、にやにやと笑う僕。

 逢ったこともないボクっ娘さんだけど、自分が大好きなものを同じように気に入ってくれて「好き」が共有できたって実感できるのは、こんなにも満足な気持ちになれるものなんだな。

 本棚ににじり寄って、僕もそのマンガを引っ張り出した。今夜はこれを読み返しながら寝るとしよう。


          *


 九時過ぎに目が覚めてスマホを見たら、月波さんからのリプが届いていた。



月波 @tsukiandnami


@kasajizorock さん

ナナちゃんにやられました!

―――――午前7:14 · 2023年2月20日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ